12
元義母から視線を外し――彼女のことは頭の片隅に置いておく。そのまま、両親と共に会場の中でも比較的空いているスペースへ移動する。
そうして一息つけば、ふと本日持ってきた荷物、現在は母が持っているナタリーのポーチを思い出す。ユリウスの外套は、お父様が騒ぎ出しそうであったため諦めた。そのため、王家の模様が刻まれたペンダントをポーチの中に入れてあるのだ。
(タイミングを見て返そう…)
そんなナタリーの思惑をよそに、あっという間に王家の挨拶の時間に。現国王が上階からゆっくりと移動してくる。その後ろからエドワード王子が。そして王妃に連れられて、幼い第三王子が現れる。王子はみな、王妃の子であるため血のつながりがあり――結束があるように感じるが。
しかし、王家の面々の表情は少し暗く。それは第一王子が参加していないことが、関わっているのかもしれない。そこまで彼の病状は悪化しているようで。ナタリーの知る未来では、戦争が始まる少し前に倒れた。
「皆の者、集まってくれたことを嬉しく思う。今宵は、楽しんでいってくれ」
白い髭を生やし、威厳を持つ国王が挨拶をすれば…その場に集まった貴族たちは一斉に敬意を表する。また視線を動かせば、王族付きの家臣たちがごっそりと減っている気がした。それは宰相とその周辺にいた面々だったような――と思った瞬間。
エドワード王子の瞳とバチッと合った。彼は、はじめナタリーのドレスあたりに視線を向け――不敵にニコリと笑みを向けてきたのだ。ナタリーの心臓がビクッと跳ねる。
(…なぜ笑顔なのかしら、不愉快になってもおかしくないのに)
彼はとても面白いものを見つけたかのように笑い。第三王子から「お兄様、どうしたの?」と疑問を向けられている。そんな中、国王の挨拶も終わり。ダンスや食事の時間が幕をあける。
皆、思い思いの時間を過ごし始めていく――そんな時、スタスタとこちらへしっかりと歩いてくるエドワード王子が見える。それに気づかないナタリーの父は、「ナタリー、一緒に…」と声をかけてくるのだが。その声に重なるように。
「美しいご令嬢…僕と踊ってくださいませんか」
「…えっと」
ナタリーの背中に冷や汗が流れる。なんで来たのか…という疑問と、問答無用の王子。そして周りの視線が――特に舞踏会に参加している令嬢たちの視線が突き刺さっている。かなりの注目と鋭い視線だ。ちなみに、お父様は目が点になっていた。
手をこちらに向けるエドワード王子は、優雅で。
「ぜ、ぜひ…お願いしますわ」
断るのも問題、断らないのも問題なナタリーは、一番マシそうな選択に決めた。前回は壁の花だったため、こんな展開は予想してなかったのだ。そのまま、エドワードに手を引かれ会場の中央でゆったりとしたリズムに身を任せる。
「ふふ、誘いを受けてくださり…ありがとうございます」
「…拒否されない自信があるように、思えましたわ」
「おや…そんなことはありませんよ。僕はとても小心者ですから…。緑のドレスを着ていないあなたを見て、胸がすごく痛みましたよ」
そんなに胸が痛んだのなら、誘わないはずなのだが。この王子の気持ちを理解するのは、本当に難しい。
「綺麗なドレスを贈ってくださり、とても感謝していますわ」
「本当かい?でも、今日ナタリーが着ているドレスもとても…素敵ですね。まるで天使が地上に現れたようで」
「…お、お口がお上手なのですね。ああ、そういえばペンダントを返し――」
「次も舞踏会の前には…ナタリーにドレスを贈りたいと思っていますよ…今度はきちんと僕が持っていきますね」
この王子…本当に手ごわい。ペンダントを返す時間をもらおうと思ったのに、気が付けばエドワードのペースに飲み込まれているような気がする。ナタリーは知らないが、会場の中心で踊る二人の姿は衆目をかっさらっていて。
太陽の光を受ける可憐な白い花のようだ――と思われているとは。
◆◇◆
ダンスのリードは完璧でかつ、話も隙がなかったエドワード。そんな彼からやっと解放されたナタリーは、飲み物や食べ物の場所へ。少し休もうと、移動したのだ。エドワードはあれから、貴族たちと話をしている。
またお父様は、お母様に慰められながら…ダンスを踊っているようだ。そんな時だった。ガラスが大きな衝撃を受けて、パリンと割れる音が会場に響いた。
「…ちょっと!あなた!今、何をしたのか…わかっていますの!?」
「…ひ、ひっ…ご、ごめんなさい…」
元義母が自分より身分の低い令嬢に、大きな怒鳴り声をあげたのだ。元義母のドレスには、赤ワインの大きなシミが広がっていて。令嬢がどうやら、不注意で彼女にグラスを傾けてこぼしてしまったようだ。
本当は、元義母の腕が令嬢に強くぶつかってかかっただけなのだが。死ぬ前と現在のナタリーは、その場面をしっかりと見ている。このままだと、騒ぎが広がり――可哀想な令嬢は国外追放という酷い扱いを受けてしまう。
「あの…」
問題の二人に声をかける。前と同じように…黙って見ていることなんて――ナタリーにはできなかった。
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