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その日は倒れるように眠った――。

ミーナの大声を合図に、屋敷から使用人だけでなく…お父様とお母様も迎えに来てくれたのだ。こんな夜遅くまでいったいどこに。質問と心配の嵐に巻き込まれそうになったが、きっと疲れているだろうから…とお母様の一声でその日は解放してもらえた。


「と、父さんは、まだナタリーの結婚は早いと思っているからな!いやずっと独身だって父さんは――」

「はいはい、あなた…行きますよ」


そんな一幕もありながら。ミーナには寝る前に、涙露草の件と汚れた外套をお願いした。王子から受け取ったペンダントは、壊れるといけないので…引き出しの中へ。


「わかりました!」


彼女のキラキラ光る視線から、質問したくて仕方ない――という欲求を必死に抑えていそうなことは分かった。しかし疲れが勝り、そのままフカフカのベッドへ吸い込まれていったのだ。


◇◆◇


再び起きたら、実はすべて夢だった――なんてことはなく。死んでから目覚めた日をきちんと更新した。引き出しを見れば、ペンダントは入っているし。ミーナからは「“誰か”のお洋服、きちんと綺麗にしましたよ!」と強調して報告を受けた。


「そ、そう。ありがとうね」

「ええ!お嬢様が急にお出かけしたいだなんて、変だなと思っていましたが…大丈夫です!ミーナは応援しておりますからね!」

「あ、あはは…」

「きっと旦那様に報告したら、大変なことになりそうだったので…うまく存在をごまかしておきました!」


ミーナはナタリーの侍女として、とても優秀である。頼んでいないことも、察して行動してくれるのだから。ただ、引き出しに対する視線と外套に関して聞きたい欲をもっと隠してくれれば…。


(…ミーナがどうしてか嬉しそうだし、まあ、いいかしら)


説明が面倒になったナタリーによって、きっとややこしくなっている気はするが。ナタリーとしても頭が痛いので、いつか解決しようと心に決めた。


◇◆◇


お父様には、帰りが遅くなって“親切な騎士たちが送ってくれた”と言った。盗賊に襲われたなんて言った日には、この過保護な父は暴走してしまう。ナタリーにはわかるのだ。


「…ま、まあ、親切はありがたいがっ…絶対ナタリーに邪な目を向けた奴がいるはずだ…!そいつらの目をふさいでやりたかったっ」

「はあ…ナタリーは、もう18歳ですよ…恋の一つや二つくらい…」

「恋の一つや二つ!?…やだ~父さんはやだよう~」


お母様の大きなため息が聞こえた。ナタリーは訂正しようか迷ったが、微妙に合ってる部分があるから…し辛いのだ。邪な目の副団長とか。あまり詳細な話をすると藪蛇が出てきそうなので、嘆いている父に笑顔を向けてやり過ごした――。


外出後の朝が明けたペティグリュー家は、昼まで「ナタリー騒動」に関して話が紛糾していたのだとか。


◇◆◇


「涙露草は、白い花を持つところが特徴だからね。この図鑑もぜひ、採取する方に渡しておいてちょうだい」

「はい。承知しました」

「いつも、お願いを聞いてくれてありがとうね。あ、あと採取した後のことは覚えているかしら」

「はいっ!もちろんです。地図のここ…僻地のところにいるお医者様に、お渡しすればいいんですよね」


騒ぎが収まった午後から、ナタリーはミーナと薬草採取について打ち合わせをした。太陽が傾くまで、お父様がなかなか解放してくれなくて困っていたが。フランツに届けるまでの過程はこうだ。


ペティグリュー家の山に採取班を向かわせ、涙露草を採る。そして籠一杯になったらミーナと合流。その後ナタリーの代わりとして…ミーナがフランツへ届けるという算段だ。


「それにしても、涙露草が必要だなんて…本当に珍しいですよね」

「そうね…でもお母様の薬の材料として大切なものだから…任せたわね」

「はいっ!」


ミーナと笑顔を見せ合う。あとは、薬の到着を待つだけだ。ふと暦を見れば――来月に王家主催の舞踏会が迫っていることに気づく。死ぬ前の自分も参加した行事に、今度は違って見えるものがあるのかもしれないと期待を抱いた。


◇◆◇


ペティグリュー家での暮らしは、ナタリーを安心させてくれる。嫁いだ後は、掃除やら洗濯といったすべてを自分が担っていたので――忙しなかったことを強く覚えている。


ただ、実際に自分でやることで作業の大変さを知り、使用人たちの大切さを改めて思った。本当にありがとうと伝えられる機会を作ってくれたことには――あの家に感謝してもいいかもしれない。


「ふう…どうかしら」

「ええ、素晴らしいですわ。ターンもステップも完璧です!」


自分のことに使える時間ができた今。舞踏会に向けて、先生を雇い――復習を行っていた。舞踏会は自国の貴族を始め、他国からも身分の高い参加者が来る。エドワード王子はもちろん、ユリウス公爵もいたことを覚えているから――悪目立ちは良くないため、今こうして学び直すのだ。


私は礼を失した覚えはないけど、「男に取り入るだけの女」として見られるのは嫌だ。ナタリーは、あの義母からの言葉を忘れず…むしろ怒りを力に変えて、前向きにダンスや礼儀の勉強に励んでいく。


ペンダントや外套は相変わらず、ペティグリュー家に保管されたままであった。きっと舞踏会や同盟国に行く機会がなければ、返せないのだ。早く返したいと思いながらも、頭の片隅に覚えておくにとどまっていた。


◇◆◇


「本日は、オレンジを使ったケーキでございます。シェフが腕によりをかけたそうですよ!」

「あら…それは楽しみね」

「ふふん!ミーナもちゃんと味見をしましたから!」


天気の昼下がり。特に問題という問題は起こらず、平穏無事に過ごせている。涙露草も採取できていると報告を受けているので…ミーナから「舞踏会よりも私、届けに行きます!」と志願されているくらいだ。


せっかくの舞踏会で美味しいものを食べられたり…ミーナの恋の出会いがあるかもと勧めれば、「それとこれとは、別なのです!」と言われた。ナタリーにとって、ミーナの乙女心を理解するのが一番難しいのかもしれない。


そして舞踏会まで一週間を切った今日――テラスでゆっくりとティータイムを過ごしていた。


「あ!紅茶が切れてしまったので、私取ってきますね!」

「ありがとう…せっかくだから、帰ってきたらミーナも一緒に座って食べましょう?」

「え!いいのですか…!ありがとうございます!」


ミーナは嬉しそうに、厨房へと小走りでいく。ケーキが本当に好きなんだな、本当に今日は穏やかな一日になりそう―――。


「おじょおおさまぁぁ!」


(…ならなそうね)


「どうしたのミーナ。帰ってくるのが早かったわね」

「あ!まだ、紅茶のおかわりは淹れられてなくて…ってそれよりも!旦那様が!ドレスが…!」

「え?お父様がドレスを作ってくれたのかしら…」

「ちが…見に行った方が早いですね…!玄関へ行きましょう!」

「そうなの?」


空のティーポットを置くのも忘れ、ミーナはナタリーを玄関まで案内する。辿り着いて見てみれば、そこには震えるお父様と残念そうなものを見るお母様。そして。


豪華な装飾が施された二つのドレスが、トルソーに着せられて置かれていた。どちらも色が違うようだ。


「ふふ、ナタリーはどこで射止めたのかしらね。差出人不明のドレスが二つも届くなんて」


お母様が楽し気に笑う。そんなお母様とは反対に、問題を増やしてきそうなドレスの存在を見て、ナタリーは現実逃避をしたくなった。


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