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【妻と通販】

作者: 藻ノ かたり
掲載日:2022/04/12



ピンポーン、お届け物でーす。


玄関のチャイムが鳴る。


あぁ、また妻が通販で何か

買ったな。


僕はそう思う。


そして案の定、妻の自慢げな

表情とともに、買ったものの

講釈がはじまった。


彼女の機嫌を損なわないよう、

真面目に聞いているフリをする。


でも実際には上の空だ。


そんな事が、もう何年続いて

いるだろう。


しかし子供がおらず、専業主婦

でもある妻の道楽を僕は甘受して

いる。


僕が”なるほど、なるほど”と

相槌を打つと、妻は”ほんと?

ちゃんと聞いてる?”


と返してくる。


”もちろんさ、もちろん”


僕はウソをつく。


ぎこちなくではあるけれど、ささ

やかな幸せを覚える日々。そんな

日常が、いつまでも続いていくん

だろうなと思っていた。


けれど、妻は突然逝ってしまった。


本当に突然に。


悲しみに暮れる間もなく、目まぐる

しい日々が過ぎていく。


人が死ぬというのは、こんなにも

手続きが大変なのかと初めて知った。


僕が先に死んでしまったら、妻が同じ

苦労をしたんだろうなと考えると、

彼女がそんな思いをしなくてすんで

良かったと、少しは慰めになった。


妻の死を実感できる余裕が出来た頃、

玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン、お届け物でーす。


心当たりはなかったが荷物を受け

取ると、宛先には妻の名前があった。


中を開けてみると、紺色の防寒着が

入っている。


あぁ、そういえば中々手に入らない

防寒着を先行予約で買ったと言って

たっけ。


これは僕のためのものだ。寒さの

苦手な僕が、いつも愚痴をこぼして

いるのを妻はしっかりと聞いていた

のだ。


もし、妻が生きていたら、


”どう、いいでしょ? あなたは私が

通販で物を買う事に呆れているよう

だけど、私はあなたのことをいつも

考えているのよ”


と自慢げに言うだろう。


涙があふれ出た。妻の臨終のとき

以来、初めて声をあげて泣いた。

自分がどれだけの存在を失ったの

かを初めて理解した。


それから僕は、時々、妻の名前で

通販を頼むようになった。


ピンポーン、お届け物でーす。


この声を聞くたびに、妻が変わらず

生きているかのような錯覚におちいった。


愚かなことだとわかっている。


でもそれが、僕の生きる支えになった。


三回忌が過ぎ、ようやく遺品の

整理にとりかかる。あの時から、

ほとんど何も手を付けてはいない。


引き出しの中から妻のノートが

見つかった。購入した通販商品の

感想が事細かく書いてある。


長所、短所、こうしたらもっと

良くなるのではないかという意見。

僕の反応もたくさん書いてある。


中身をよく読むと成程と思うもの

ばかりであり、妻にとって、通販

とはこれほど大切なものだったの

かと改めて知った。


妻のいない空虚な時間を埋めるため、

僕は彼女が遺した指示の元、自分で

グッズを作り始めるようになった。


そうしていると、妻と共同作業を

しているかのような気になれたからだ。


最初はほんの趣味の範囲だったが、

ひょんなことからメーカーの目にとまり、

大々的に売り出した。


僕の、いや、僕と妻の考えた商品は

世間に知られるようになり、やがて

僕は会社を辞めて起業した。


ふふっ、妻はあの世でこれを見ている

だろうか。


”私のおかげよ。感謝しなさい?”


彼女の自慢げな声が聞こえてくる

ようだ。


会社は成長を続け、いまや押しも

推されもせぬ大企業となった。


その間も僕は、変わらず妻の名前で

品物を取り寄せる。届く時間は家に

いて、家政婦さんではなく必ず僕が

受け取った。


だって、これは妻への届けものだもの。


僕と妻をつなぐ唯一のキズナだもの。


そんな日々の続くなか、いつしか

僕にも死の影が忍びよってきた。


僕は会社を売却し、妻と暮らしたのと

同じ家を作らせる。


そこには僕のもの、妻のもの、二人の

もの、全てのものを運び入れ、出来る

だけ二人が暮らしていた たたずまいを

再現した。


そして遺言状を作成し、信頼できる

弁護士へ、財産と共にすべてを託す。



数ヶ月後、僕は静かに息を引き取った。




ピンポーン、お届け物でーす。



玄関のチャイムが鳴る。


この家には時々、宅配業者がやって

来る。その手に、妻あての通販商品を

携えて。



”ほら、どう?あなた。これ、

とっても素敵でしょ”


”えっと、今度は何を買ったん

だい?”


”ねぇ、ちゃんと聞いてる?

ほんとに聞いてる?”


”あぁ、もしろんさ、もちろん”



僕と妻の心は、今でもこの家で生き

ている。ぎごちない愛をはぐくみながら、

仲むつまじく暮らしている。


通販が届かなくなる、その日まで。


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