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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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終末世界で色付く

作者: 伊藤猫
掲載日:2020/06/15


 灰色の世界。

 その言葉で何が思い浮かぶだろう。崩壊したコンクリートや鉄塔。その上に覆われた植物や繁殖を広げた動物たち。終末世界のその後。

 本当に自分の視界が白黒しか見えないというわけではなく、世界そのものに色を感じなかった。



 二百年前、この世界に大きな戦争が起きた。人類はそれで全ての資源を使い尽くし、地球上の全てを壊し、穢した。

 海は汚れ、草木は焼けただれてしまい、この世界にあった緑の九割は失った。

 当時シェルターの中で暮らしていた人間達はそのまま穴を深く掘り、穴と穴を繋げながら地下で暮らすこととなった。今は各国で多くの地下都市(コロニー)を築きあげて細々と暮らしている。


 そして戦争から二百年経った今、何度も失敗に終わっている探索の為、地上に上がることになったけれど、その前にポツポツと汚染物質に抗体を持つ子供が生まれてきていることがわかった。

 地下に流れ込んだ僅かな汚染物質を人間が取り込んでいくことで人間もそれに対応して生きることが出来るようになってきているらしい。

 その中でも多くの抗体の持つ子供は外に出る為の研究のため、幼い頃から地上へ上がるために訓練を受け、十五歳になった私たちは初めて外の世界に降り立った。


「……なんか、魔女の森みたいだ」

「変な動物が居てもおかしくなさそう」


 任務と言っても、やる事はこの世界をやり直すために、汚染物質を浄化する生き物を放し飼いしながらこの世界で他の仲間たちと生きていくだけ。

 汚染物質に抗体を持つ自分たちを参考に開発された生物がこの地上で適応できるか確かめたいらしい。

 『人口浄化生物』と言われているが、まん丸でぴょんぴょん跳ねるふかふかの毛皮に包まれたこの子たちを私たちは『毛玉』と呼んでいる。


「私は棄てられたんだって思ってる」

「どうしてそう思うの」


 茜の言葉に私は首を傾げる。

 他よりも強い抗体を持った子供達。私たちは汚染物質がよく溜まる比較的地上に近い街で棄てられていたのを政府に拾われた。

 世間はこの探索チームがまだ二十歳にもなってない子供達で組まれているだなんて知らない。そもそも政府が身寄りのない子供にこんな危険なことを課すための教育を施している事自体、国民は一切知らないのだ。


「政府は言わなかったけど、私たちは此処で生きろっていうことでしょ」


 確かに自分らはこの任務が終わった後のことを何も聞かされていない。

 このプロジェクトの主なメインはこの新種の生物たちが適応できるかどうかを確認することだけれど、二百年ぶりに人類が地上に立つのだ。それ以外にも調査したいことはたくさんあるはずなのに何も聞かされていない。

 空気の汚染濃度を計測器で測れば、普通の人間が生きていけるとは思えない数値になっているのだから、きっと全ての人間が地上で生きていけるなんてかなりだいぶ先の事だ。事実抗体を持った私たちも正直生きることは出来ない。


「私たちは任務を遂行するだけだよ」

「……そうね」


 毛玉たちが入っていたゲージを開ける。防護服を着ている私たちとは違い、彼らは生身で外に出る。

 主食はコンクリートそのもので、そのふわふわした見た目とは反対に瓦礫になっているコンクリートを大きな口でむしゃむしゃと食べていく。その強靭な歯はサメのごとくすぐに生え変わるため大量のカルシウムを欲するらしい。

 慣れてきたその食事風景は今でも怖いが、元々人懐っこいのでしつけをすればこの土地の開拓の一助にはなるはずだ。


 私たちは汚染物質に対して抗体を持っているとはいえ、防護服を着て外に出られる程度に身体が頑丈っていうだけで、今着ている防護服を脱げる訳ではない。

 ある程度時間が来たら増援としてまた歳の近い子供達が来るというが、茜の言う通りこの計画は子供たちを間引いているようだった。

 だがここに出された以上、生きる為にはこの地を開拓しなければならない。

 自分達が地下へ帰れる日が来るのだろうか。


「今はこの子達に地上を綺麗にしてもらわないと」


 茜は持っているゲージを見てそう言う。

 茜と夜半。大人達が付けた名前は、どちらも地上にしか見られないものらしい。

 昔の画像や、遠隔で動かしている人工衛星が撮影した写真を見た事があるけど、真っ青な空や、黒地に様々な色のスプレーをかけたような宇宙空間を先人たちは尊んだらしい。


「……防護服、脱げるの何時になることやら」

「この子達次第だね」


 現在進行形で汚染物質まみれの瓦礫を食べている毛玉達を見送り、私たちはAIロボですら確認出来なかった場所へ調査を始めた。

 昔は何百メートルもあったという高い建築物も今は風化して跡形もなく崩れてしまっている。

 中には昔の形を保ったままの建物もあったが、崩れたら危険という理由で入る事はしなかった。

 草木を掻き分け、ようやくジャングルから抜け出すと、ようやく開けた場所に辿り着いた。



「本当に、天井が無いんだ……」

「すげえな……!全然迫っ苦しくない!!」


 防護服のヘルメット越しから見える空は曇で一面覆われていた。

 照明も無いのに明るく広い世界に驚きを隠せない私たちは、ひたすらみんなで写真を撮った。


 数時間の調査の後、昔使われていたシェルターの跡地を活用。そして一緒に掃除をしてくれた毛玉達のおかげで、拠点が出来上がり、お風呂もその数日後には入れるようになった。


「近くに湧水地点があったのは救いだったな」

「それでもすぐには飲めないけどね」

「あの毛玉に任せればなんとでもなるさ」


 毛玉達の唾液には汚染物質を除去する作用を持つ酵素を持っている。

 小さい頃から身近にいたけれど、主食がコンクリートで、汚染物質を除去するなんて本当にこの世界を元に戻す為に生まれた生物なのだと実感する。


「やめてくれよ!考えたくなかったのに!!」


 蒼穹(そうきゅう)晴夜(せいや)が笑い合う。

 私たちは幼い頃から顔見知りであるけど、お互いを兄弟と呼ぶには遠い。

 中には本当の兄弟ではないだろうかと思うくらい私とそっくりな子もいるが、自分の血縁について伝えられた事はないし、おそらく一生知ることは無いのだろう。


「その前に大きな毛玉を量産できるようにならなきゃ」

「茜の言う通りだな」


 茜の言葉に蒼穹も同意した。

 このチームは私も含めて五人いる。夜半(よわ)(あかね)蒼穹(そうきゅう)晴夜(せいや)黎明(れいめい)だ。

 政府に育てられた私たちは皆、空にまつわる名前を付けられている。きっとコードネームのようなものだけど、私たちにとってはそれが名前だ。


「いつか、僕らの功績が認められるのかな」

「初めて開拓した人って?」

「それならいいなぁ」


 まだら模様の鳥類や頭の形が歪んでしまった哺乳類などの生物がいた。見慣れない私達は思わず目を逸らしながらも記録を取った。

 人懐っこかったはずの生物は野生化し、群れをなして生活し、人間が飼い慣らしていた外来種がいた影響か雑種が増え、生態系ががらりと変わり果てていた。

 そんな調査の傍らで毛玉達はむしゃむしゃとゴミを食べ尽くす。


 そんな生活が二週間続いたある日。


「……クソっ」


 蒼穹が通信機を投げつけると、簡易ベッドにぼふんと大きく跳ねた。

 まだ気が収まらないのか壁に向かって大きく振りかぶり、その拳を黎明が止めた。


「おいやめろよ」

「やってられるかよ!何やってんだアイツらは!俺たちで解決しろって!!どんな症状なのかも知りたがらねえ!!……死ぬかもしれないんだぞ」


 昨晩から、晴夜の体調が悪い。

 最初は体に違和感を感じる程度だったらしい。だがその晩には発熱し、筋肉痛も訴えている。

 私たちは地上の汚染物質全てに抗体を持っている訳では無い。特に放射能は地下に住んでいてもその影響を受ける時があるくらいだ。

 汚染対策は厳重にしていたのに、調査の前から危惧していたことが今現れてしまった。


「……僕が見てるから、みんなは調査を続けて」

「こんな時に晴夜を見捨てろっていうのか!?」

「君たちがここにいても意味がないからだよ。……蒼穹もいい加減冷静になった方がいい」

「……クソ」


 私、茜、蒼穹は拠点であるシェルターを後にする。

 五層もの厳重な扉を開き、外に出れば防護服のヘルメットがあっという間に水によって濡れた。


「……雨だ」

「昨日も降ってたでしょう」

「雨季ってヤツだろ。でも毎日これは面倒だな」

「本当に、空って青いのかな」


 私たちは一度も雲の隙間を見たことが無い。

 この雲の上には青い空が広がっているということは知識として知っているけど、透明な空気に包まれているだけの世界に映し出される色が青くなる理由はよく分からないし、『空』と言う言葉を知る人はもう地下に住む人の中にはほとんどいないだろう。

 しばらく続いた調査の過程で、汚染されていない湧水があることが分かった私たちは、湧水に直接ポンプを入れて貯水槽にしようと計画していた。

 だがしばらく雨が続くとその作業も難航し、結局私たちは周辺の解体作業などを進めていた。


「二人は、もしこの地上にいる人間が俺たちだけになったら、どうする」


 しばらく大人しかった蒼穹は、私と茜を見つめた。

 足元には人懐っこい毛玉たちは不思議そうに蒼穹の足元をうろついているけど、蒼穹は見向きもしない。


「今地上にいるのは私たちだけだよね。大人達に見限られたらっていう例え話?」

「それならもうとっくに捨てられてるじゃん。私たち」

「……茜」

「間違いじゃないでしょ」


 茜はここに来たばかりの時と同じことを言うが、その言葉を私は否定できずに黙る。

 蒼穹はヘルメット越しに頭をかきながら、そういう意味じゃねえ。……いやどっちでもいいのか。なんて少しだけ悩んではまた私たちに向き直った。


「その……どんな理由、形でもいいんだ。もしこの地上の人間が俺たちだけになったら、俺は、…………お前らに子供を産ませると思う」


 大きな雨音が静寂を包む。

 きっと蒼穹は私たちを情もなく抱くと言っている。他人の意思を無視した考え方。そういうところが蒼穹の指揮官の素質なのだろう。

 もし地球にいる人間がこの三人と拠点にいる二人の五人だけになったら。この五人だけで生きて行かなければいけなくなったら私は何を決断すればいいの。

 長く感じたその間の後、雨音以外で聞こえたのはざりと地面を擦った茜の足音だった。


「人類が衰退しても蒼穹は繁栄を望むんだね。人間らしいわ」

「茜……!」

「夜半は、どう思う?」


 私は戸惑い、茜の方を見た。茜も私を見ているがその表情はヘルメットが反射しているせいで読み取れない。

 本気である蒼穹の問いに、私は結局分からないとしか言えなかった。



―――



「……いつまでいるの。もうとっくに夕食の時間過ぎてる」


 拠点にある自分に宛てられたベッドの上で毛玉達のブラッシングをしているところを茜に見られる。

 実技も筆記も平均的だった私がこのチームに採用された理由は、動物を使役する才能があるからだった。

 汚染されていない湧水が近くにあるこの拠点は、貯水槽ができるまで滞在することになっており、その間私は拠点内で飼育している毛玉達をブラッシングしたり、人間の言うことを聞かせるための訓練に勤しんでいる。

 政府への定期報告の際、犬などの動物を見つけたら使役できるか試して欲しいとも言われたが、人間のいない世界に生きている動物が人間に心を開くのだろうか。


「毛玉をの世話をするのはいいけど、世話に熱中しないでちゃんと自分のご飯くらい食べな」

「……ごめん」

「蒼穹の言ったこと、そんなに気にしてる?」


 ストレートに聞いてくる茜はずるい。

 私の膝の上にいる毛玉はきょとんとした顔で見上げており、私はそのふかふかな毛並みを撫でると気持ちよさそうにくりくりした目を細めた。


「蒼穹は、晴夜がああなって混乱してるだけだと思う」

「確かにそうね」

「でも、もし本当に人類が私たちだけってなった時、私は運命の人(決められた相手)以外の人を決められないよ……」


 私たちは運命の人が生まれた時から決まっている。厳密には遺伝子の相性が良いとされる人だが、どんなに恋愛に興味を持てない人でもその相手と仲良くなれるらしい。

 その相手は十八歳になるまで分からないため、まだ顔を見たことが無いものの、この前夫婦になった先輩は別々のコロニー出身の人で初対面だったのにこの前会った時にはもう既に妊娠したという。

 だが二百年前は誰とでも夫婦になれる世界で、中には『同性愛』なんて言葉もあったらしい。

 そんな不合理なことですら有り得たのなら、きっと二百年前はどんなことも可能にするくらいに想像を絶するカオスな世界だったんだと私は思う。


「自分では決められない、か」

「……そういう茜は、どう思ってるの。蒼穹が言ったことに対して」


 茜は私の隣に座り、同い年とは思えないその長い足を組んだ。

 茜は初めて出会った時から既に大人びていた。正直あの男子三人よりも彼女の方が魅力的に思える。


「私はこのまま人類滅亡を望むよ。世界がこうなったのは先祖達の所為だし。このまま人類が居なくなれば地球にとって万々歳じゃない?」


 今の生活は人間たちの悪足搔きにしか思えないと茜は言う。

 確かに、人類は地球の生命体に影響を与え過ぎたと誰かが言っていた。あの末路が奇形の生物たちなのだろう。

 茜の言葉にどうしてか私の胸にあった重たいものが消えた気がした。


「……ねえ茜」

「なに?」

「運命の人って、女の人もそれに当てはまるのかな」

「有り得ない……」


 茜は思いもしなかったような顔をしてこちらを見る。女と女で子供は生まれないのだから、そんなの有り得ないことは分かってる。

 でもこんな世界はおかしいと叫ぶことは出来るだろう。


「……でも、良いね。そういうの」


 お互いの額がこつんとぶつかり、視線が交差する。冗談で言ったのに、茜の本気にしているような態度に胸が跳ねた。

 密閉された空間でお互いの吐息だけが聞こえる。このまま目を閉じたらどうなるのだろう。

 知識だけは知ってるけれど、どんな感覚を覚えるのか、どんな気分になるのかなんて知らない。


 この先に何があるのか分からなくて、不安で、怖くて、思わず私は目を閉じた。余裕ぶっていたはずの茜も手が少しだけ震えている。

 だけど後には戻れなくて、お互いの顔が上がった。


 こつんと自分の唇に柔らかい感覚と共に硬い感触がした。


「……」


 先に唇を離したのはどちらだっただろうか。

 目を開ければすぐ目の前に茜がいてすぐに気まずくなり、目を逸らす。

 それは茜も同じようで、チラリと茜の方を見れば私と同じ様に目を逸らしていた。


「そう……だね……ごめん」

「何で夜半が謝るの」

「だって……」


 いたたまれないのか、食事が冷めるわよと誤魔化して茜は部屋から出て行ってしまった。

 そっとさっきまで触れていた唇に手を添える。まだあの時の感覚が残っていた。



―――



「はぁ?ストレス!?嘘だろ!?」


 早朝。晴夜の容態を黎明が確認しそれを報告すると、蒼穹が黎明に近づき問い詰めた。茜が近すぎだと二人の距離を離す。

 黎明は咳ばらいをして気を取り直し、説明を始める。


「そ。今は珍しいけど、昔は一般的な病気だったらしいよ?それでも処置を誤ったり、放置すれば本人が何らかの形で死んだり、後遺症が残ったり後戻り出来ないこともある」

「なんかの感染症だったらどうしようかと思ったじゃねえかよ」

「それだと結構私たち危なくない!?」

「……悪い。こんなに心配かけて」


 簡易的に付けられた飛沫防止のビニールシート越しに晴夜は横になった状態で陳謝する。

 地下で暮らしていた私たちにとって、密封した空間で風邪を引いてしまえば、すぐにそのコロニーが大規模なクラスターとなってしまう危ないものだ。

 ウイルスや細菌の研究も二百年前はどうだったのかは知らないが、その研究所はコロニーから隔離された場所に設置してあり、いつでも切り離せられるようになっているくらい厳重に管理されている。


「すまない……!俺の管理不足で……晴夜に、皆に働かせ過ぎた」


 蒼穹は皆の前で深く頭を下げた。人一倍正義感が強い蒼穹に関心する。

 黎明はポンと持っていたファイルで蒼穹の頭を当てて擦り付けた。


「ちょっ、静電気……!」

「まぁ、拠点内の衛生管理はしっかりしてたし、持ってきてた薬で晴夜も回復してるから。もうしばらく安静にすれば大丈夫。それに蒼穹もイライラするくらい疲れていたみたいだし」


 だからお咎めなし。と黎明は私の頭からファイルを離した。

 上げた頭を触れば、バチバチと静電気の音がなり、普段はぺたんとしている蒼穹の髪は逆立っていた。


「あー、ホント心配した……」

「全く、蒼穹が変な心配するから私たちも……変なこと考えたじゃない」

「変なことを考えた?」


 蒼穹が茜の言葉を復唱する。

 私は茜と目が合う。昨夜のことを脳裏に浮かんでしまい思わず目を逸らした。


「お前ら、何があったんだ?」

「……蒼穹のせいだ」

「え、なんで?」


 蒼穹が私たちに子供を産ませるなんて言ったせいだ。こんなのセクハラにも程がある。

 だがなんの事か分からない蒼穹は私と茜を交互に見て困惑している。

 何かを察した黎明は咳払いをした。


「そういえば、外の天気はどうなってる?」

「あ、あぁ、……昨日は雨だったけど」


 きっと今日も雲が覆いかぶさっているのだろう。

 一面の青い空は資料で見たことがあるけれど、地上に上がってからというもの、私たちは一度もその空を見たことがない。


「二週間もずっと空が開けないなんて……」

「もしかして私達が曇りって思っていたのが晴れだったりして」

「やめろよ俺たちはちゃんとVRで」

「所詮偽物でしょ。私たちの見たものが本物と同じな訳ない」

「ごほっ……違う、これは雨季なんかじゃない」


 晴夜は咳き込みながらも自分の端末を覚束無い手で弄り始める。

 近辺を飛んでいるAIロボットが観測している気象情報を晴夜は見せた。

 空を見上げる必要もなくなった今は気象観測する人工衛星の必要性を失い、今では地上にいるAIによる気温や湿度。地下に影響が及ばないよう水流の観測することが主流だ。


「ここは、日本だ。二百年前はかなり荒れていた気候も、ここ十年くらい寒暖差は落ち着いてきている。つまり今の季節は『梅雨』」


 私たちが地上から降りた時からの気象の変化がその端末によって一目で分かった。確かに南の方から徐々に雲が無くなってきている。

 だが晴夜は力尽きたのか端末を持っていた手が下がっていく。


「だから……もう……晴れる……」

「晴夜!」

「寝かせてあげなよ。昨日はちょっと魘されてたし」


 蒼穹を止める黎明の言う通り、晴夜は規則正しく呼吸をし始める。本当に回復傾向にあるらしい。

 蒼穹は深呼吸して、晴夜の周辺を囲っていたビニールシートを外しはじめた。感染症の疑いも晴れたから確かに必要ないけども。

 そして外したシートを床に放り投げたかと思えば大の字になって床で寝っ転がった。

 周辺にいた毛玉たちがなんだなんだと蒼穹の上に飛び乗るも蒼穹はされるがままである。


「あー、もう!今日はみんな休みだ!休み!!ゲームしようぜ!!」

「もう、でたよ蒼穹の気が緩むと一気にだらけるやつ」

「政府には今日の日の分はなんて報告するわけ?」


 黎明と茜が叱っても蒼穹は子供みたいに駄々をこねる。

 なんでこんな人間がこのチームのリーダーなのかとたまに疑問に思う。さっきの関心を取り消したくなった。


「そんなこと知ったことじゃねえよ。こんな汚ねえ場所で俺たちを容赦なく働かせる政府が悪い」

「でも、出てみようよ。外へ」


 ふんだと蒼穹はそのままの体勢で威張るが、私はどうしても空が見たかった。

 青空だけではない。たくさんの資料で見た果ての無い蒼穹、茜色の空、晴夜の星空、夜半にかける流れ星、夜が開ける白じんだ黎明。

 あの大きな天球からどんな色が見えるのか私はこの目に焼き付けたかった。


「あぁ?そんなの明日でも見れるだろ。」

「でも」

「夜半やめといた方が良い。この状態の蒼穹は何も聞かないから。夕方ごろはどうだろう?それまでは休憩って事にしようよ」


 今日の報告も夜間の調査ってことでと黎明はわざとらしく人差し指を口の前に立ててウインクした。男子がよくそんな仕草が出来るな。


「そんなに、空に憧れてたの」

「あ、憧れなんて……うん、そうかも」

「……そう」


 空に関心のある私とは違い、茜はどうでもいいような素振りをしたので少しだけ寂しかった。

 蒼穹は私と茜のやり取りを見て、決心したかのように起き上がった。


「分かった。十七時に出よう。調査内容は夜間の毛玉達の生態及び拠点周辺の汚染濃度の調査。それまで皆は準備と休息をする様に」

「「了解!」」



―――



 夕暮れ時からの調査は実の所初めてだったりする。

 獣避けの薪に、自分達を知らせるための鈴。昔は公園か何かだったのだろう小高い丘まで登り、すでに周辺の草木を刈り取っている場所までたどり着いた。

 初めて開けた空を見た感想は、私含めた四人とも特に大きな反応はなく、無言で空を眺めていた。


「私たちの名前って、空にちなんだものって聞いたことあるよね」

「そんなことも言ってたっけ。意味は知らないけど」


 茜は薄水色の空を眺める。初めて浴びる日光は私たちの目を刺す。

 もうじき日が沈むのだろう。西側の空は徐々に赤く染まり、東側の空は多くの流れ星がかけていた。


「今日って流星群の日だったか?」

「ううん。次の流星群はもうちょっと先だよ」

「じゃあこれは一体……」


 晴夜から借りた端末には流星群の時期が乗っていたが今日ではない。ならなぜこんな明るい時間帯でもきれいな軌跡が流れているのだろう。

 それは蒼穹も同じで、一緒に首を傾げていると黎明が空を見上げたまま呟いた。


宇宙のゴミ(デブリ)だ。昔宇宙に飛ばしてた探査機とかの残骸だよ」

「……綺麗ね」


 そうつぶやく茜の空に見惚れたその横顔はとても新鮮だった。

 今はもう人工衛星を飛ばしている国はどこにもいない。その理由はこの流れ星たちが物語っている。

 流れ星に三回願い事を唱えると叶うって昔聞いたことがあるけれど、この偽物の流星たちはきっと願い事をしても叶わない。人類の罪だと誰かが言ったけれど、なんて綺麗な罪なのだろう。


「それで、私の名前はどんな空なの」


 茜が視線をこちらに向けたので思わず逸らした。

 西側に向けば茜も同じように振り向く。そのヘルメット越しに見える茜の瞳にはっきりとその色がキラキラと映し出された。

 また茜に見とれてしまうのを堪えながら私は太陽が沈む空を指さした。


「これが茜色」


終末後の空が色づいた。

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