第五話。地味ながら、とても勝利の遠い勝負。
「飛び込み方だ。まずはあの黒マスに入る時の
飛び込み方を考える必要がある」
「ほうほう」
「ディアーレ」
「ん?」
「孔を塞ぐのはお前の意志か?」
「さぁねぇ。教えてあーげない」
駄目か。流石に攻略のヒントはくれないらしい。
「楽しそうだな……」
実は、考えることは飛び込み方以外にもまだある。
それは、移動中のマスの周りだ。
ダイスを振った結果が出るより前には、自分のマスから出られない。
けどダイスの目が出た後なら、出た目の範囲内ではあるものの
マスを自由に移動できる。
そうなると移動の途中で止まった場合、マスとマスの間はどうなるのか。
落とし穴が塞がるためには、孔から落ちる必要がある。
でも、俺はこの後、その落とし穴を突破しなければならない。
中途半端な状態になった時、このフィールドが
どんな動きを見せるのか。それが読めない。
読めない場合、俺はどう想定して動けばいい?
「飛び込み方だけで、はたして落とし穴を突破できるかしら?」
「半端な状態で、このフィールドがどうなるのかによるな」
「半端な状態?」
「ああ。移動中、移動地点が確定するまでどうなってるのか、だ」
「なるほどね。そこに注目したか。
ほんと、本気で落とし穴を攻略する気なのね、少年は。
いいわ、それぐらいは教えてあげる」
「そいつはありがたいな。教えてもらえるか?」
それじゃ、そう言ってヒントをくれるディアーレ。
「到達点に足を置いてから手番がかわるまでの間、
フィールドはがら空きよ。って言っても、移動の最大マスの一個先と
それぞれの端のマスの外側には、壁みたいに結界魔法が展開されてるから、
止まらずに駆け抜けようとしても、それは不可能になってるわ」
「なるほど?」
「ちなみに、到達点よりゴールに近い側は、
幻覚魔法でぼやけて見えるようにしてあるけど、
ぼやけて見えるだけで、普通の無害なマスになってるわ」
「そうなってるのか、なるほどな」
よし。それなら、落とし穴に落ちる心配はないな。
ある程度の時間なら、だけど。
「それで、たとえば
落とし穴に落ちなかったとしたらどうなる?」
「落ちなかったとしたら? ううん、
その質問の意図はわかんないけど……そうねぇ」
なにを言う? どんな答えを出して来る。
「気分次第、かしら」
「くっっ、一番安心できねえのが来たか……」
「これまでのあたしの言動を考えると、答えが出るかもねー」
「……いい処置を期待しています」
こう言うしかない。
ただ、ディアーレは、俺とナビーエを大層気に入ってる。
そうなれば、俺の作戦が成功する可能性を、
少しは高く見てもいいかもしれないな。
到達点、黒いマスを改めて見る。
そして、願いを込めてディアーレの目を、
真っ直ぐに見据える。
「よし。いくぞっ!」
三歩跳ねるような助走で進み、そして。
「だりゃーっ!」
オニズリー戦で体力が削られた後の現状で、
更に全力で地面を蹴った。
俺の身体能力じゃ、ナビーエみたいに
進行可能マスを、いっきに跳び進むのはむり。
その上で疲労してるから、この位置からの跳躍にしたのだ。
目で着地点を確認する。
よし、計算通りだ!
「くっっ!」
「腕を前に出した、変な構えで飛んだなぁ、
と思ったらなるほど。体が落ち切る前に、
手を先のマスにひっかけたかー」
「床が手でつかめる厚さで助かったー」
が、問題はここからだ。
落とし穴に、直接落ちなかったところまでは
計算通り。でも、この状態 長くはもたないぞ。
と言うか。
かろうじて、首の皮一枚繋がっただけなんだよな。
こんな宙ぶらりんの状態で、
はたして俺に、この状況を打破……つまり、
手と腕の力だけで、自らの体を跳ね上げて、
他のマスに着地する、なんて芸当が
できるんだろうか?
「よし少年。我慢比べしましょう」
「なんだよ、突然?」
「その根性に免じて、あたしがいいって言うまで
その状態を保てれば、落とし穴突破したってことにして、
フィールドに戻してあげる」
「ほんとかっ?!」
「ええ。耐えきれなければそのまま落ちて、
あなたとしては大失敗。命は助かるけれどね」
「そうかわかった。いいぜ。
いつまでなのかはわかんねえけどな」
「よし、交渉成立。後悔しても遅いわよ」
そう言って、楽しそうにパチリとウィンクした。
「いいさ。どっちにしたって、落ちれば同じだ。
やってやるぜ!」
ここから俺とディアーレの、地味ーな根比べが始まった。
*****
「ぐ、うぅっ。やばい……!」
どれぐらい掴まってるんだろうか。
手汗で滑ると予感したら、ちょっと手をずらす
と言う技を使って、なんとか時間を繋いでる俺だ。
力を入れてるのと、宙ぶらりんな状態で
前身がじわじわ汗ばんでて、そろそろ床すら
俺の汗で滑り始めそうな気がする。
「ん~。そろそろかな?」
意味深に呟くディアーレ。
それは根比べ終了の意味なのか、俺の我慢が限界を迎える
って意味なのか?
絶対に落ちるもんか。俺は、戦わない権利を得るんだ!
「よし。それまで!」
「よっしゃ あっ?!」
気が抜けちまったのか? 手を滑らせちまったっ!
ふわっと浮かんだ感覚。
……終わりだ。俺は。負けた。
ディアーレとの勝負に。
なにより自分に。
「ん? 体が止まって、おわっ?!」
落ちてたと思ったら、まるで赤マス踏んだ時みたいに、
上に持ち上げて持っていかれるっ。
「おぐっ!」
一個前のマスと思しきところに、俺は全身を叩きつけられた。
「もどって……きた、のか?」
状況が理解できない。
ただ……どうも俺は。
フィールドに……戻ってきているらしい?
状況はいまいち飲み込めないが、
とりあえず立ち上がっておこう。
「はい、おめでと。合格よ、少年」
「お前……」
「それまで、ってあたしが言い終えたところまで掴まってたじゃない。
だから、君はあたしとの根比べに勝ったのよ」
「いい……のか?」
「うん。あたしが終了宣言したから大丈夫よ。
だって、あたしが作ったルールだもの、
あたしに、どうするかの権利があるわ」
「そうか。まあ、俺は有言実行できたから、よしとするぜ」
「うんうん、それでいいのよ。さ、後2マス。
今度はダイスで踊ってもらいましょっか」
「なに?」
「すぐにわかるわよ。さ、投げますよ~」
なんとか状況についていけたところで、
ディアーレが、有無を言わせずダイスを投げやがった。
「出目は3。さて問題です」(
「なんだよ、いきなり?」
「この場合、少年の移動先は、どうなるでしょうか?」
また、楽しそうにいいやがって……。
「ゴールで止まれるんじゃ、ねえのか?」
「せーかいは?」
「腹立つな、その言い方……」
「フッフッフ。残念、ゴール一歩手前になりま~っす」
「なんだと!?」
「と、言うわけで。次は1の目が出ないとゴールできません」
「ダイスで踊れ、って。そういうことかっ!」
まさか、最強の敵が……運になるとはっ!
こうして今度は、俺とダイスとの根比べが始まってしまうのであった。
くっ。この疲弊も、盗賊排除の手段かっ!
けど。負けねえぞ!
***
「くそ。まだか。まだぴったりな目は出ねえのか~!」
ぐったりしている俺の声である。
振れども振れども、ダイスの目は俺をゴールに到着させてくれない。
1余計なのは勿論、3多いのが出た直後に2が出て、
1足りないなんてのもあった。
「なかなか出ないわねぇ」
「よく、その楽しそうな調子が崩れねえな。すげーよ」
「あなたがダイスに一喜一憂するのが面白いんだもの」
「いい性格してるぜ、まったく」
「さて。次のダイスの目はいくつ~っと」
「届けよ。届けよ。2だぞ、2だ。頼むぞ……!」
宙を舞うダイスを、睨むように見つめて
呪文のように、もう何度目かわからない
祈りの言葉をこぼす。
コロッ コロコロコロッ
出た。頼むぞ。もう、体力がカスカスなんだよこっちは!
「ん~っと。お? おお? おお!」
なんか、ディアーレの調子が狂ったな。
「おめでとう! 出たわよ2! ほら!」
「ほ」と同時に、ダイスを持った手を、
ダイスが見えるように突き出して来た。
ものすげー嬉しそうだな……」
あまりの喜びっぷりに苦笑する。そしてから、しっかりと
ディアーレの、俺よりちょっとちっちゃい手の、
その上に乗る四角い、運命の運び手を見た。
「お?
一度見た。一度見たが、その目が信じられず
もう一回、今度はしっっかりと、
ディアーレの掌の上の四角を凝視した。
「おおお! 出たな! 出たんだな!
ついに。ついに2の目がっ!」
思わず右手で握り拳を作ってた。
そして、思いっきり振り上げてしまった。
「いや~、やーっと出たわねぇ。よかった良かった~」
心底喜んでるな、こいつ。
……気のせいか? 表情に、どことなく疲れがあるような?
「ああ。やっとだぜー!」
全身から力が抜けた。ようやくだ。ようやく突破だ。
「よし。いくぞ」
一歩。二歩……!
「はいっ、お疲れ様、少年。無事、あなたの目的達成ね」
「ああ。これで。戦わなくて済む」
「安心安堵な顔してるなぁ。おめでと。
宝物庫の番人としても、最終的になにも取られてないから
喜ばしいところだしね」
「そうだろうな。さて。出口は後ろだっけ?」
「慌てん坊だなぁ。余韻を味わう時間ぐらいちょうだいな」
「ん。まあ……いろいろサービスしてもらってたようだしな」
「さっすが少年、やっさしぃ~」
「元気な奴だな、ほんと」
力のない苦笑い顔になっちまった。
「寂しいのよね。楽しかった時ほどさ」
薄く笑った後、ディアーレは急にまじめな様子で、
ほんとに寂しそうな調子で、しんみりと溜息交じりに言ってきた。
突然の変化にどうしたらいいのかわからなくって、俺はなにも言えない。
「でも、少年の落とし穴突破を見てて、思ったんだ。
定めに準じるばっかりじゃなくてもいいんだな、って」
「ディアーレ。なに言ってんだ、お前?」
「このフィールドの管理者として呼び出されて、
こうして一時的にこの世界に出現する。
そうじゃないといけないんだって、そう思ってたのよ。
でも。あたしには、この役割以外のこともできる力がある。
それを今まで、どうして使わなかったんだろうって、
思わされたのよね。定めを捻じ曲げる少年に」
「おおげさだなぁ。俺はただ、意地になってただけだぜ」
「その意地が、こうして定めをあたしに崩させた。
そして、あたしに新たな路を示してくれたの。
ありがとね、少年」
「なにもしてねえぞ、俺は」
「いいのよ、それで。
『やってやろう』でやるのは、見返りを求める者。
そんな恩着せがましいのなんかじゃ、人の心は動かない。
少年でなくっちゃ、あたしは気付けなかったのよ。
あなたたちが、好ましいって言うのもあったかもしれないけどね」
そう言って、ウフフと、またディアーレは微笑んだ。
「なんか……くすぐったいな」
「フフフ。そういう素直なとこ、かわいくて好きよ」
そう言って、ウィンクするディアーレ。
だけど、今回はつぶった目が、これまでとは反対だった。
「さ、祭りはおしまい。出口はあちら、よ」
ゆっくりと俺の後ろを指差すディアーレだけど、
その手の動きがゆっくりで、まるで別れを惜しんでるように感じて、
ちょっと……声が詰まった。
俺の足取りは重い。
疲労よりも、名残惜しさが理由なんだけどな。