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第三話。戦いたくないが……戦うしかないっ!

「うおっ、びっくりしたぁ。

床が勝手に動くだけでも驚くってのに、

いきなりすげー音するから、何事かと思ったぜ。

止まったのか。と……言うことは、だぞ?」

 

 下とかわらない明るさ……いや、ちょっと明るいか。

 そんな、広々とした空間。ここで戦わなくちゃいけないらしい。

 

 ぐるっと見回したところ、障害物の一切ない、ただの広い部屋

 ……って言うには広いけど、そういう場所だ。

 

 

「おいおい、もう来るのかよ? 心の準備も覚悟も身構えも、

なんにも整ってねえんだぞこっちは!」

 重苦しい足音に、思わず吐き出してた嘆きの叫びだ。

 相手のゆっくりとした歩調のその音は、

 ズシン ズシンと、聞くからにデカブツ。

 

 

「こっちは丸腰大魔神だぞ、こんなでかいのと

素手でやり合えってのか? 冗談だろ!

殴ったら拳が砕けるからね!?」

 

 誰への説得なのか説教なのか、

 自分でもわかんねえけど、

 なんか諭すような言い方になっちまったが、

 何を言おうが俺の現状は、どうあっても勝利とは程遠い。

 

 

『ここがなんだかわかってるかなー少年?』

「うおわっ? 部屋全体に悪魔の声が?」

 辺りを見回す。

 

 相も変わらず、楽しげな色を乗っけたディアーレの声だけど、

 本人の姿はない。

 いったいどこから喋りかけてんだ?

 

 

『その部屋には、あたしの声を拡散する装置がいっぱいあってね。

魔力を通すことで起動するようになってるんだ。

だから、こうやって階層が違っても声が届けられるの』

「なるほど、それでお前がいなくても声が聴けるのか」

 

『そ。さっき、カノジョちゃんの様子、聞こえてたでしょ?

あれと同じことよ』

「なるほどねぇ。プラクトもそうだけど、

魔力って、いろんなことに使われてんだなぁ。

で? ここがなにか、だっけか?」

 

『うん。あなたたちは、そっちの事情はどうあれ、

ここに踏み入った段階で賊よ。

ここは、それを排除するための空間。

勝たせるつもりなんて、甚だないってことよ』

 

「楽しそうに言うんじゃねえ!」

 俺は心底絶望した。トラブルが聞いて呆れる。

 トラブルもトラップもいっきに飛び越えて、こんなのは最早死刑だ。

『で、も?』

「なんだよ、その含みのある言い方は?」

 

 

『君たちの面白さに、ちょーっとだけ免じてあげる。

お腹よじれるほど笑ったことなんて、

こうしてここに、番人として呼び出されてから

今までなかったもん』

 

「そう……なのか? なんにしても、

サービスしてくれるのはありがたいけどよ」

 あっさりと言われたものの、さっきみたいに大笑いしたことが

 一度もないって言うディアーレの言葉に、

 俺は、少なからず動揺を覚えている。

 

 

「で? いったいなにを免じてくれるんだ?」

『そうねぇ。敵の硬さと動き、かな?』

「硬さと動きか。どの程度の弱体化なのかはわかんねえけど、

そこに手を加えてもらえるならありがたいぜ」

 

『あら? これだけでわかるんだ。

なんだそりゃ? って反応すると思ったのに』

 意外そうな声だ。

 

「残念だったな、その用語はプラクト業界じゃ常識だ。

かなり気が楽になったぜ。よし、来い!」

『フフフ、調子がいいこと。なんかカノジョちゃんが、

プラクト関係ないって吼えてるわね。ほんと、面白い』

 微笑の乗ったディアーレの声。

 

 部屋中に響くその声に、

「ぐ……?」

 俺の意識は、一瞬ふらついた。

 

 

『それじゃ、あたしたちは見守り 聞き守ってるわね』

 ディアーレがそう言うと、ブーンって言う低い音がした。

 おそらくだけど、魔力の供給を止めたんだろうな。

 

「ん、く」

 くと同時に、右腕を強く振る。

 今の一瞬のふらつきを、掻き消すつもりで。

 よし、大丈夫だ。

 

「動きと硬さは、手心あり。けど、攻撃力には、手心なし、だろう。

さて、いったいなにが出て来る?」

 意識を戦いへと切り替える。

 あれだけの会話をしても、敵さんの存在は

 音しか認識できない。

 

 おそらく、ディアーレが動きを制限してたんだろう。

 

 

『それではー? 敵さんの登場でーっす!』

 

 

「おわっっ!」

 今度は意識じゃなくて、体がグラっとなった。

 

「いきなりでかい声出すな!

見守ってるんじゃなかったのか!?」

 なんとか踏みとどまって抗議する。

『だって、こうしないと、敵さん出てこないし~』

 

「出てこない? やっぱりディアーレが動きを、

って! 出てこないってそういうことかよ!」

 なにが起きたのか。

 黒い人型が目の前に現れたかと思うと、

 それがみるみる、姿を変化させたのだ。

 

 色の付いたそれは、オニズリー。

 平たく言えば、頭に真っ直ぐ上に伸びる二本の角を生やした

 でっかい熊である。

 熊の形をしたモンスターの中でも強いとされる、

 俺達の暮らす、このプロギャム国では見かけない種類だ。

 

 

 似た形の獣とモンスターの違いは、その目付きと見た目と、

 なにより殺意が違うから、区別はしやすい。

 個人的な感覚で言うと、モンスターに目を付けられたら、

 その瞬間に全身がピリってなる。

 

 あんな連中と、正面切ってやりあわなきゃならないから、

 冒険者とか騎士団とかってのは、やりたくないんだ。

 精神が壊れるぞ、あんなんと命取り合うとかさ。

 

 ナビーエは、

 冒険者に来る依頼にはさまざまあるから、そんなこと気にする必要ない

 って言うんだけどさ。

 出くわす可能性がある、ってだけでもいやだってのに、

 わかってくれねえんだよなぁあいつ。

 

 戦うことになったら、わたしが守ってあげるから大丈夫、だってよ。

 そこまでして、俺を同行させてえんかなぁ?

 あいつの考えは、ほんとわからん。

 

 

 で。今俺は、幻影のように現れたモンスターに、

 真正面に立たれてるわけだ。

 

「おいおい。素手でオニズリー殺しをしろってのか?

手心ありだろうと、この衝撃は

並大抵の、精神ダメージじゃないぞ」

 愚痴る。愚痴るしかねえ。

 ただ、俺の心には余裕がある。

 

 なんでかって言えば、ピリっと来ないからだ。

 それだけで、こいつが作られた存在ってわかる。

 手心を加えたって言ってるところから、

 作ったのは、ディアーレで間違いないだろう。

 

 それでも敵さんの攻撃力は、喰らえば一撃必殺

 の心構えで行くべきだろうな。

 

 

 くっ、体が熱い、鼓動が早まった。

 緊張感からか? それとも、体が……生存本能が、

 動きやすくなるために、体をあっためてんのか?

 

『じゃ、覚悟はいいかなー? 試合開始!』

「殺試合ってか? 面白え冗句だなぁおい!」

 叩きつけるように言いつつ、しっかりと相手を見据える。

 まずは様子を見る。

 

 とりあえず間合いを詰めて、相手がどうするか癖を見るんだ。

 プラクトではこうやって、相手の戦い方や動きの癖を見て来た。

 戦闘訓練の代用としてプラクトがあるなら、

 この方法は有効なはず。

 

 ただ、疲労のせいか、既に動きが少し重たい。

 プラクトじゃレバーを動かせば連動してた動きだが、

 俺の体じゃ、思うように動いてくれないだろう。

 プラクトの人物は体力が無尽蔵だけど、俺じゃそうはいかないからな。

 

 プラクトでも、動きが鈍重なタイプはいるし、

 そういう奴は扱いが難しい。

 けどそのかわり、接近戦にはめっぽう強い。

 そうやって欠点を補ってるが、俺は実戦経験皆無でゴツくもない。

 ただただ、動きが鈍いだけだ。

 

 ならこの鈍い動きは、的になりに行くのと同じことだけど、

 俺の戦い方はプラクトしかねえ。

 だから、これしかねえんだ。

 

 

「腕を振りかぶった。なら、横に逃げるっ!」

 走る、跳ねるように走る。

 ブオンって言う、鈍い風切り音が背後で鳴る。

 制動がうまくできなかったゆえの、惰性移動を利用して、

 反動でオニズリーに向き直る。

 

「あぶねえ!」

 全部全力で動かないと、たぶん遅すぎて話にならないはず。

 剣を構えて、相手と向かい合ったことなんて

 まともにはないから、自分の身体能力の具合がわからない。

 自分のことながら、目測、予測、勘で動くしかないのだ。

 

 剣と魔法があたりまえに存在するこの世界で、

 ろくに戦ったことがないってのは、

 たぶんよっぽどの希少生物だろう。

 

 害獣を撃退する畑仕事してる人ほどにも、

 きっと俺は戦ったことがない。

 それだけ治安がいいってことでもあるんだろうけど。

 

 

「焦るな。まだ一発攻撃してきただけだ。

チャンスを把握するまでは、攻撃を考えるな。

迂闊は死、だ」

 落ち着ける。

 気持ちと体を落ち着けるために、自らに言い聞かせる。

 

 俺は素人もいいところなんだと。

 

 焦って突っ込めば、手痛い一撃が来るだろう。

 それをもらえば、ただではすまない。

 プラクトで学んだことだし、

 相手にお見舞いしてやったことだって何度かある。

 

 けど俺自身では、ビビるぐらいの早目で動くようにしねえとまずい。

 逃げ腰上等っ。攻めるも守るも、全力で逃げ腰だ。

 ギリギリ回避して反撃しよう、なんてプラクトの感覚で考えてると、

 確実に死ぬからな。

 俺は、プラクトの登場人物じゃねえんだからよ。

 

 

 って! ……あぁくそっ!

 

 

 戦わない権利を得るためにここにいるのに、

 なんで今俺は戦ってんだ……!

 それも命がけでっ!

 

 納得いかねえ。納得はいかねえけど、攻略しなきゃならねえ。

 

 

 

 下で待ってる奴がいるからな!

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