ドルーフィムーリド 1
視界の闇に真一文字の線が走る。その光の一線は、まるで侵食するかのように、近辺の闇を自らの色に染め上げてゆく。その様は新月の早朝における海岸線上の日の出のようであった。
目覚めた? 俺はそう思い、閉じていた目を開けた。
「気分はどうだ?」
話しかけられ、とっさに顔を上げる。そこには白いテーブルに座るトコマの姿があった。
「――ここ、は?」
俺は大きく大きく目を開けると、首を左右に動かしまわりの様子を見てみた。
巨大なガラスドームの中であった。外には青空と壮大にうねる真っ白な雲が浮かんでいる。半球状のガラス屋根と相まってか、まるでシャボン玉の中に入り浮かんでいるかのような妙な感覚を覚えた。
「ここはどこだ?」俺は呟くようにもう一度トコマに聞く。
「ドルーフィムーリド。小田留の見る夢の世界だ」
俺はゆっくりと席を立つと、後ろへと振り返った。足元はウッドデッキであり、その少し先には胸の高さほどの手すりがあった。察するにこの場所は、他よりも若干高い所に位置するようだ。
「見下ろしてみろ。結構凄いぞ」
トコマに促され、俺はよろよろと手すりの方へと歩を進めた。
思わず言葉を失った。眼前にはドーム球場を数倍、はたまた数十倍にしたかのような、広大な円形スペースが広がっていた。広場中央には巨大な中東風の尖塔が立っており、それが唯一頭上を覆うドーム状のガラス屋根を貫いている。その尖塔を中心に、放射状に何かが広がっているのが見て取れる。飛行機だ。古今東西様々な機種が整然と並べられている。古い物から現代の物まであることからも、それらは展示が目的ではないかと思われた。
度肝を抜かれてしまった俺は、そんな光景をただただ見つめ続けることしかできない。
「大体初めは、皆同じような反応をする」
隣にやってきたトコマが、口元に笑みを浮かべながら言った。
「……本当なのか? ここは本当に夢の中なのか?」
「そうだ」
「だって! だってこんなに現実的なんだぜ! 視界もはっきりしてるし、何て言うかこう、ボワーンとしてないし!」
「将陽は普段夢を見る時、この世界なんかボワーンとしているな、おかしいな、などと、思ったりするのか?」
「確かに思わないけど……。でもさ、あり得なくないか? 常識的に考えて」
「将陽の常識などしらんよ。それに、実際に目で見て、触れて、実感したものを信じられないというのならば、君はこの先一体何が信じられるというんだ?」
答えることができなかった。なにも反駁できないという事実こそが、トコマの正当性を暗に意味していたといえる。俺はこんな年下と思われる女の子に諭されてしまったのだろうか? と思うと、なんだか情けない気分になってきた。
「トコマってさ、今いくつなんだ?」俺は何となく聞いた。
「私か?」自分を指さす。「私は十六だぞ」
同い年かよー、と思い、さらに情けない気分が増大してしまったのは言うまでもないことだ。
その後俺たちは、ひとまずこの展望テラスのような場所から下へ、飛行機の並べられた広場へと下りるため、視界にあったエスカレーターへと向かった。
そのエスカレーターは物凄く長かった。終着地点は点になるほどに遠く、そして目が眩むほどの高低差があった。今までにこのようなエスカレーターを見たことも体験したこともなかったため、本当にこれはエスカレーターと呼ばれる設備なのだろうか? と、疑いが生じてしまった。
「私たちがここでしなければいけないことは大きく分けて三つだ。一つ目はまずマスターを、つまり高松小田留を見つけ出すこと。二つ目は出口を見つけ出すこと。そして三つ目はその出口からマスターと共に出ることだ」
ゆっくりとゆっくりと視界が下がって行く中で、トコマが俺にこのように説明した。
「出口出口って言うけどさ、それってどこにあるの? ていうかそれってどういったものなの? 扉とかそういうの?」
「ドルーフィムーリドにおける出口を、隠語で『エクジッターピニオン』と呼ぶ。通称エクジット。そのままだな。エクジットは各ドルーフィムーリドによって異なってくるし、幾らか例外があったりはするが、基本的にはなにかを通過するゲート的なものと考えてもらって構わない。それはドアノブのついた扉であったり、トンネルであったり、はたまた地面にあいた穴であったりだ」
「でもさ、そんなものそこら中にあるじゃん。その中からその特定のエクジットとやらを探すのって……可能なのか?」俺は若干の焦燥感を抱きながらも言う。
「ドルーフィムーリドにおいてエクジットは特別なものだ。故に自ずと表に出てくる。夢にはマスターのその時々の心理的要因が強く反映される。つまり何らかのコンセプトがあるんだよ。だからこの世界で起こっている問題、イベント的ななにかを解決する方向で行動して行けば、自ずとエクジットにたどり着ける」
「でもさっきトコマは言ったよな? 獏はマスターをこの世界から出さないために、エクジットを故意に隠すって」
「私の言う、隠す、というのは、そこにたどり着くのを困難にする、という意味だ。つまり獏は、エクジットにたどり着くまでの道のりに、マスターならびにチェイサーを邪魔する障害をいくつも作り上げている。逆説的に言えば、障害が高く高くそびえている方向にエクジットがあるわけだから、見つけ出すのはある意味容易といえる」
「随分と抽象的だな……。なんだか俺、不安になってきたぞ」
「不安になるのは将陽にとって全てが新しく未開であるからだ。その世界を知り、イメージできるようになれば、自ずとそれら不安は消える。私はもう何度も経験しているからな。何となくではあるがそのコンセプトやエクジットというものを感知できるんだよ」
そうこうする間にもエスカレーターの終着地点、整然と飛行機の並べられた広大な広場へと着いた。