此岸 5
「獏により固定化された夢世界を、隠語でドルーフィムーリドと呼ぶんだ。ドルーフィムーリドは、入る、のは簡単だが、出る、のが難しい。獏により出口が隠されてしまっているからだ。そしてその出口から出ない限り、眠りから目覚めることは決してできない。裏を返せば、夢を見ている本人がなんとかその出口にたどり着き、ドルーフィムーリドから出ることさえできれば、その者は覚醒することができるというわけだ。故にその時点でドルーフィムーリド自体が消滅する。私が何を言いたいのか分かるか?」
「何が言いたいかって……」
俺は少し考えてみる。そして頭に浮かんだ嫌なイメージをそのまま言語化してみた。
「消滅する世界に残されたら、怖いよな。だからそうならないためにも、最悪でも夢を見ている本人と一緒に出口から出なければならない、とかか?」
「ご名答。では次の問題だ」
問題形式はいいから普通に教えてくれよ、と思ったが、ここは気持ちよさそうに話すトコマに合わせておこうと考え、とりあえずはその問題とやらを聞くことにする。
「ドルーフィムーリドにおいての将陽の命と現実世界においての将陽の命、それらがリンクしているとしたら、現実で死ぬのはどういった場合があると思う? ちなみにパターンは四つだ」
命がリンクしている、というのを聞き、俺は背筋に冷たいものが走った。別に本気で信じているわけではないのだが、もしも本当だったらと考えると、普通に洒落にならないからだ。
「まずは単純に、向こうの世界で死ぬこと。例えばナイフで刺されるとか、銃で撃たれるとか、高い場所から落下するとか。あとは、さっき世界の消滅について説明してくれたからそれに関係してるんだよな?」
トコマは続きを促すように小さく頷く。
「多分世界の消滅に巻き込まれると死ぬんだ。だから夢を見る本人が俺をおいて先に出口から出ていってしまった場合だ。あとは……、あっ、そっか、なにも命がリンクしているのは俺だけじゃない。夢を見ている本人、その人もだ。だから夢を見る本人が夢の世界で死んでしまった場合、現実の体も死ぬ。すると夢世界が消滅するわけだから、俺はそれに巻き込まれて死ぬ」
俺はスッキリした表情を浮かべ、トコマを見た。
「あと一つだ」トコマはニッと口角を上げる。
「あと一つ……」
これに関してはいくら考えても分からなかった。俺は仕方なくトコマに対し白旗をあげ、答えを求めた。
「現実で、夢を見ている本人が死んだ場合だ」
「ああ、なるほど、そういうことか」
「だがな、今回はこの部分が一番のネックなんだ。小田留はあと三日、週明けの月曜日には臓器の摘出手術が執行されるんだろ? つまり制限時間は大体五十五時間程度。それまでにもしもドルーフィムーリドから出られなかった場合は……」
「小田留だけでなく、俺たちも死ぬってことか?」
「つまりそういうことだ。夢の世界に行って小田留を連れ戻してくるから手術はもう少しだけ待ってほしい、と言っても、誰も信じてはくれんだろうからな」
「間違いなく」
と、ここで、トコマはその顔に真剣な表情を浮かべる。そしてどこか厳かな雰囲気を醸し出しつつ聞いた。
「では今一度問う。私と一緒にドルーフィムーリドにきてくれるか?」
「ああ、行くよ」
俺は即答する。いや、正直に言ってしまえば、この時点でもなお、俺はトコマの言うことの大半を信じてはいなかった。