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此岸 4

「で、話を戻すが、君は高松小田留を救いたい、そうだな?」

「救いたいさ。だけど……駄目なんだよ。小田留はもう……」

「救えるぞ。今日私は、そのために彼女に会いにきたんだからな」

「は? 何を言ってるんだ?」


 冗談を言っているのだと思った。俺を慰めるために。


「だから、高松小田留の命を、この私ならば救うことができるぞ、と言っている」


 はっきりと言われ、ここで初めて怒りの感情が湧いてくる。


「命を救える? お前がか? 悪いが笑えない」

「確かに突然こんなことを言われても意味が分からないかもしれない。君の気持ちは何となく想像がつく。だがな、とりあえずは私の話を聞いてみないか?」

「何なんだ? 宗教の勧誘か何かなのか? 弱った人の心につけ込むなんて、やり方がかなりあくどいぞ」俺は語気が少しだけ強くなった。


 少女はやれやれといった表情を浮かべ小さく首を振る。


「あのだね、あと三日しか時間がないんだろ? では君はこの三日という限られた時間の中で彼女のために何ができる? 何もできないだろ? 何もできなければ彼女は確実に死んでしまうんだ。死んでしまったらお終いだ。完全にお終いなんだ」

「分かってるよ」

「他に何か当てでもあるのか? 手立てがあると? ないだろ。だったら少しでも、ほんの数パーセントでも可能性があるのならば、やってみるのが、心からそれを願う者としての当然の行動だろ」


 間違いではない、と思った。俺は心を落ち着かせるためにも一度深呼吸をした。


「分かったよ。疑ってわるかった。話を聞かせてくれ」

「うむ」少女は一度小さく頷く。「私の名前は伊加瀬斗コ魔だ。トコマとでも呼んでくれ」

「俺は稲澤将陽。将陽でいいよ」

「それでだ将陽、疑り深い君に一つ約束してほしいことがある」

「ああ、何だ?」

「これから話すことは若干常軌を逸している。この世の常識に囚われてしまった者にとってはとても信じることのできないような内容だ。だからな、いちいち疑い、突っかからないでほしいんだ。そのたびに話が中断されてはたまったもんじゃないからな」

「つまり、トコマの言うことをすっかり全部、完全に信じればいいってことだよな?」

「そういうことだ。私の言うことをすっかり全部、完全に信じてくれればいい」

「分かった。話してくれ」

「単刀直入に言おう。小田留が目覚めないのは夢の世界に閉じ込められているからだ」


 意味不明であった。やはりなにか悪い冗談を言っているんじゃないのかと、再び勘ぐった。

 トコマはそんな俺の怪訝そうな顔を見ながら話を続ける。


「『獏』というのを知っているだろ? 人の夢を食らうという、まあ一般的には伝説上の生物だ。だが彼らは実際に存在している。今もこの世界で人の夢を糧に生活しているんだ」

「ちょっと待てよ。一体何を言い出すんだ?」


 俺はさっそく約束を破り突っ込んだ。そうせざるを得なかったのは言うまでもない。


「まあ最後まで話を聞け」トコマは立てた人差し指をすーっと自分の口に当てる。「本来彼らは夜、ひっそりと人々の夢を食らい、そして朝、その者の目覚めと共に静かに去るのが当たり前であった。だがな、ここ最近奇異な事例が報告され始めたんだ。それはな、獏が人の夢の中に巣食い、眠っている人がいつまでたっても目覚めないというものだ」

「いや、だからそれは一体何の設定だって……」


 トコマは俺の唇にその立てた人差し指を押し当てた。柔らかい指の感触が唇より伝わり、俺は鳥肌の立つような妙な感覚と共に口をつぐんだ。


「一部の獏たちが気付いたんだ。効率よく夢を摂取する方法を。人間の皆が皆夢を見るというわけではないし、毎晩毎晩良質な夢を見る者を探し回るのは骨の折れる作業のはずだ。だから彼らは夢の世界に常駐することにした。夢の出口を故意に隠し、目覚めないようにしたんだ」


 トコマは俺の唇から指をはなすと、そのまま手を組み膝の上に置いた。唇に触れていた部分を服で拭うとか、そういったことはしなかった。俺に気を使っているような素振りも見せないし、もしかしたら本当に気にしていないのかもしれない。


「分かった。信じるよ。いや、完全には信じてはいないんだけど。とりあえず言葉をそのまま理解するよ」

「それでいいぞ」トコマはこれを聞くとにっこりと微笑む。「まあ実際夢の中に入れば、否応無く信じることになるわけだからな」

「ん? 夢の中に入る?」


 残念ながら、言葉をそのまま理解することすらも、ちょっと危うくなってきた。


「つまりだ、小田留が目覚めないのは事故による後遺症ではなく、獏により夢の世界に閉じ込められてしまっているからだ。だから私と将陽で一緒に彼女の夢の中へと行き、彼女を出口へと導くんだよ」

「あーちょっと待ってくれ。俺はそれになんてコメントすればいいんだ?」


 俺は視線を床に落とし、指で眉間の辺りをぐりぐりする。


「コメントはいらん。一緒にきてくれるかきてくれないかの返事だけでいい」

「分かった、分かった分かった。行くよ。それで小田留を助けることができるのならば」


 このように答えたが、もちろん半信半疑であった。トコマの表情があまりにも本気であったため、何となくそのように返事をしてしまっただけだ。


「本当にいいんだな? 先に言っておくが、命にかかわるぞ」

「命にかかわる?」

「そうだな……。これには少し説明がいるかもしれんな」そう言うとトコマは居住まいを正し、説明を始めた。

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