ドルーフィムーリド 11
「いや、違うんだ。これは、何と言うか……」
なんとかごまかそうと、とにかく俺は否定の言葉を口にする。だがトコマは、そんな俺の狼狽などどこ吹く風といったていで次のように言った。
「そうだが、なにか問題でも?」
龍之介は難しい顔で黙り込む。
トコマはゆっくりとその場に立ち上がると、手に持った和傘の先端部分を彼に対し突きつける。
「この話を聞いて、君は今後どうする?」
「つーかとりあえずその傘下ろしてくれねーか? ほら、先尖ってるし、刺さったらあぶねーだろ?」
「この傘はな、実は銃なんだよ。引き金を引けばお前は蜂の巣になる。死にたくなければ私の質問に答えるんだ」チラッと、俺の方に視線を送る。「将陽よ、取り返しのつかない過ちさえも、というのだが、今ここで目の当たりにできるやもしれんぞ」
銃?! 過ち?! と、いろいろと突っ込みたい部分はあったが、とてもじゃないがそういう状況ではないのだろう。彼女の放つ気迫から、俺はそのように悟った。
「どーするもこうするも……」
龍之介はトコマから目を逸らすと、言葉を選ぶようにゆっくりと答える。
「ふつーの奴だったら、そりゃ警察に言うわな。でも俺はそんなことしねーぜ」
「しなくて、それからどうする」トコマが迫る。
「なんつーか、協力する」
「は?」予想外の返事に、俺は思わず声が出た。「協力するって、お前それがどういう意味か分かってんのか?」
「まあ、共犯になるっつーことだわな」
「そうだ。つまりお前は犯罪者になるんだぞ。場合によっては、もう日のあたる場所を歩けなくなるかもしれないんだぞ」
「別に、もうどうだっていいんだよ」眉間にしわを寄せる。「俺はよー、この腐った世界が大っ嫌いなんだよ! さっさと滅びろよとか、そんな風に本気で思ってんだよ! こんなクソみたいな世界でずっと生きていかなきゃならねーっつんなら、はっきり言って死んだ方がましなんだよ」
「龍之介、お前一体何を言って……」俺は呆気にとられてしまう。
「この世界はよー、俺を裏切ったんだ。俺から夢も希望も全て奪っていきやがった。だからもうどーでもいいんだよ。俺は既に死んでんだよ。精神的に死んでんだよ。おかしなこと言ってると思うかもしれねーけどよ、もうなんとかなりたいとか、なんとかしたいとか、そういう風にも思えねーんだよ」
「龍之介、お前もしかして過去になにかあったのか?」
質問すると、龍之介は据わったような目を俺に向けた。そして深い溜息をつき、倦怠したような口調で事の顛末を話し始めた。
「俺はよー、以前飛行士をやってたんだよ。飛行士になるのは子供の頃からの夢だったからな。だから俺はたくさんのことを犠牲にして頑張った。努力した。そんでやっとのこさその資格を手に入れたんだ。だけどよ、ある時マザーコンピュータのバカヤローがこんな決定を下しやがった。『兵器、銃火器になり得る物の項目に、飛行可能な乗り物も含める』ってな。何を意味するか分かるか? この世から有人飛行が消えるってことさ。全ての飛行機は各セクションのマザーコンピュータが管理、運用するだってよ。おかげさまで俺はめでたく無職だ。無職になって初めて気付いたよ。誰が何と言おうと俺には飛行機しかなくて、他に何もやりたいことがないんだってな。この命があっても、飛行機に乗れないんだったら、な――――――んのっ、意味もねーんだよ! クソが!」
思いっきりテーブルを叩いた。はずみでグラスが倒れ、溶けた氷がテーブルの上に小さく広がった。
「世界が俺を勝手に作って、世界が俺を勝手に殺しやがったんだ。だから俺は世界に復讐してやる。目一杯迷惑かけて、ざまーみろクソが! って、高笑いしてやる」
言い終えると、言動とは裏腹に頭を抱えてその場にうなだれる。
「自暴自棄だな」
和傘を下ろしたトコマが、小さく俺の耳元で囁いた。
「犯罪者に無職が多いのは、こういうことだ」
何と言えばいいのか分からなかった俺は、仕方なく微苦笑を浮かべる。
「そして私は、ここで彼に正当性を与える」
かすかにほくそ笑むと、再び立ち上がり、見下ろす格好で龍之介に言った。
「一つ正さなければならない点がある。それは、小田留はそもそも被害者であるということだ。殺人は完全に彼女の意思ではない。言ってしまえば、情状酌量どころか無実といっても過言ではないほどに、救済されるべき人物なんだ。龍之介の言う通りこの世界は間違っている。だから今回小田留を脱獄させるという行為は、その間違った世界に対し、圧倒的少数の我々が立ち向かうという、言うなれば真理なる正義の行使だ」
「真理なる正義の行使……」龍之介は復唱する。
「そうだ。犠牲をもってしても、誰かがやらなければならない、裁きの鉄槌だ」
「犠牲をもってしても……」今度は言葉の前部を復唱した。
これを聞いたトコマはここぞと言わんばかりに龍之介に対し手を差し出す。
「我々は君が必要だ。小田留を救い出すためには、君の協力が必要不可欠なんだ。どうだ? 我々の仲間になってくれるか?」
すると龍之介はすっとその場に立ち上がり、躊躇することなくトコマの手を握った。気のせいだろうか。彼の目に光が戻ったようにも見えなくはない。
「今から俺はトコマの下僕だ。俺にやれることなら何だって言ってくれ。必ずや完遂してやるよ」
「うむ、期待しているぞ」