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ドルーフィムーリド 10

「――な……」俺は思わずその場に立ち上がった。「何を、言ってるんだ? 小田留が殺人犯?」

「知人かなんかをめった刺しにしたらしいじゃん。で、確か今は捕まって、刑務所に入れられてるんじゃなかったっけ? 終身刑とかで」

「あり得ない。だって小田留は、虫も殺せないほどにいい子なんだぞ」

「何? テメーは高松小田留と知り合いなのか?」

「ああ、……とても大切な人だ」


 叫びたい気持ちを抑え、俺はその場に腰を下ろす。何も現実の出来事じゃない。あくまでも夢の世界での出来事だ、と、何度も何度も頭の中で唱え、自分自身を納得させる。


「やられたな」


 トコマが呟いた。その顔には苦渋の色が滲んでいるようにも見える。


「何がだよ?」

「獏だよ。おそらくこれは獏のしわざだ」

「どういうこと?」

「獏はマスターがドルーフィムーリドから出られないようにエクジットを隠す。だがこの世界の獏は、それ以前に退路すらも断ったんだ。終身刑で刑務所に入れられてしまえば、エクジットに向かうどころか、そもそも探すことができない」

「そんなことまで、できるのか?」

「できる」トコマは頷くと、説明を始めた。「説明は不要だろうと思い言っていなかったが、ドルーフィムーリドには固定率というものがある。獏がフィールドを形成し、二十四時間経った時点で固定率1だ。そこから一日経つごとに、2、3、4、5と増えて行く。ちなみに1になった時点でドルーフィムーリドと定義され、本人の中では現実世界と完全に取って代わる。つまり現実の意識が介入するといった明晰夢の可能性は完全になくなる」

「あっ、何となく分かったかも」

「ほう、聞かせてもらおうか」挑戦的な眼差しを向けてくる。

「ドルーフィムーリドが形成され固定率が発生するまでの間、この期間ならドルーフィムーリドに手を加えることが可能ってことじゃないのか?」

「理解が早くて助かる。その通りだ。ゼロから固定率1の間、大体二十四時間ぐらいは常識の範囲内において改変することができるんだ。常識の範囲内というのは現実において実現可能かどうかということだ」

「なるほど。その夢世界がまだ柔軟な時期に、小田留が殺人犯という設定を加えたってことか」


 俺は納得と同時に腹が立ってきた。夢の世界とはいえ、小田留が穢された思いだ。


「ちなみに数字が増えていくのって、なにか意味があるの?」

「固定率はドルーフィムーリドの固有化、差別化のレベルを表している。数字が増えるごとにフィールドは徐々にその規模を拡大してゆき、夢世界の住人も自我を持ち始める」

「つまり」俺は手を額に当て、恐る恐る言う。「数字は患者の症状のレベルを表し、そして同時に攻略難易度を示している、ってこと?」

「そういうことだ」

「ちなみに小田留の固定率は?」

「31だ。重症といえる」


 正直俺は『31』という数字を聞いてもピンとこなかった。これは単に他のレベルのドルーフィムーリドを知らないというだけのことなのだろう。


「話は逸れたが、正直かなりやっかいなことになった。なんせ我々は、囚われの姫を監獄から救出しなければならないんだからな」

「正規の手順を踏んで、出してもらうことはできないのか? 例えば小田留の無実を証明するとか」

「タイムリミットはあとどれだけある?」


 携帯電話を取り出しタイマーを確認する。


「あと残り六十一時間」

「無理だ。時間がなさ過ぎる」小さく首を振る。「それにだ、小田留は無実ではないんだ。残念ながらこの世界では、小田留は殺人を犯した、というのが、事実として組み込まれてしまっている。それが世界を改変するということなんだ」

「そんな……」歯を食いしばる。「だったらやっぱり、脱獄させるしかないか」

「それ以外には、選べる手段はない」

「だけど、刑務所ってセキュリティーガッチガチなんだろ? 脱獄させるとかって、普通に無理っぽくないか? 現実でできないことは、夢世界でもできないだろ」

「勘違いするな。ドルーフィムーリドなんてものは出てしまえば後はどうなったって構わないんだ。後先考えず、取り返しのつかない過ちさえも恐れないのならば、できる範囲なんてものは爆発的に拡大する」


 カランと、氷の当たる音が響いた。それは龍之介がグラスをテーブルに置いた音であった。そして彼は俺たちに顔を向けると、おもむろに言った。


「つーかテメーら、もしかして小田留を脱獄させるつもりなのか?」


 しまった、と俺は思った。この話は龍之介にとっての現実、つまりドルーフィムーリド云々とは違い、聞かれると都合の悪いものであった。

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