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ドルーフィムーリド 8

 地下は地上と比べ酷くみすぼらしい雰囲気が漂っていた。天井は配線や水道管がむき出しになっており、狭い通路の壁には何かをぶつけたような黒い擦傷が延々と続いている。ホームレスとかそういった人たちはいなかったが、どこか柄の悪そうな連中がたむろい、ジュースか酒のような物を飲みながら騒いでいる。トコマを背負った俺を見ると、ヒューヒューとか、そんな風にはやし立ててきた。

 その店は地下五階にあった。出入り口は素っ気ない鉄の扉であり、看板には『海底の創作料理屋 ヘブンリー・ブルー』と書かれている。

 俺はトコマを背負い直すと言った。


「と、いうことは、海の幸が食べられるってわけか。つか陸を知らない人が海を知ってんのか?」

「まあ、先ほどのニュースでも太平洋という言葉は出ていたしな。ただ、知っているが見たことはないという人は多いのかもしれん。かく言う私も、海には一度も行ったことがない」

「え? トコマ一度も海に行ったことがないの? マジで? 十六年も生きてて?」

「……一度だけ、あるのかな? よく覚えてはいないが。いやあれはカウントするようなものではないか」

「じゃあ俺が今度連れて行ってやるよ。本物の海にさ。今回のお礼も兼ねて」

「将陽がか? ……楽しみにしておくよ」


 トコマは囁くように返事をした。


 店内は想像以上に広く、そして薄暗かった。青の間接照明にごつごつとしたさんご礁の壁は、この空間自体を海中に見立てるためだろう。天井付近には薄い布のような物が大量に張り巡らされており、光と風をうまく使い絶妙に海面を演出している。


「個室はあるか? なるべく人目につかない席で頼む」


 龍之介は店員に対しこのように言った。


「こちらへどうぞ」


 寡黙そうな男性店員は小さく頷くと、手を進行方向へと伸ばしながら歩き始める。

 案内されたのは吹き抜けの空間を見下ろせる三階個室席であった。天上が近いためか、どこか屋根裏部屋にでも上がり込んだような印象を受ける。

 俺はトコマを掘りごたつに座らせると、乱れた服を整えてやった。トコマは俺のこの行為に対しお礼の言葉を言わず、ただ「ごくろう」とだけ言った。

 適当に腹の膨れそうな物を注文し、一通り料理が揃ったところで、俺は口を開いた。


「トコマ、俺たちはこれから一体どうすればいいんだ?」

「小田留をこの世界から捜し出さなければならないのは重々承知していると思うが、その前に将陽には話しておくべきことがある。それは将陽がこの世界でなら発揮できる特別な力についてだ」

「あっ、ちょっと待って」トコマの話を遮ると、軽く龍之介の方に視線を送る。「龍之介に聞かれるのはまずいんじゃないのか? あいつはドルーフィムーリドの住人だぞ」

「大丈夫だ。では将陽、君は現実世界で、ここは誰かの見る夢の世界なんだ、仮想現実なんだ、なんて話している人がいたらどう思う? 信じるか?」

「頭がおかしいと思う」

「つまりそういうことだ。龍之介がこの話を聞いたところで所詮、妄想の好きな人たちなんだなーと思うだけだ」

「あー、確かにそうだわ」


 俺は納得した。どうせ夢の中だ。誰に何と思われようが知ったことではない。

 ここでトコマはポケットから懐中時計を取り出し俺に渡した。それはこの世界に入る前に見せてくれた物であった。

 何となしに上部のボタンを押し、蓋を開けてみる。するとその蓋の面にも、何らかの仕掛けが施されていることに気付く。それは温度計のようなメーターであった。ちなみに目盛りは『0』から『V』までの六段階であり、現在は『II』を少し越えた辺りを示している。


「これは?」

「それは『パーレベル』と呼ばれるものだ。現実世界ではできないが、ドルーフィムーリド内であればできることを数値で表している。ドルーフィムーリドにはそれぞれ独自のパーレベルが存在する」

「よく分からないな。もっと分かりやすく言ってくれ」

「メモリの最低は0だ。0というのは現実世界と同じレベルだ。つまり現実世界で五十メートル走が八秒だったならば、ドルーフィムーリド内でも八秒。現実世界で握力が四十キロだったならば、ドルーフィムーリド内でも同じく四十キロだ」

「じゃあ0でなくIとかだったら、現実世界と比べて若干足が速くなるとか、そんな感じか?」

「そうだ。普段の夢とかでもあるだろ? 現実では全くモテないくせに、夢の中だと異性が寄ってきたりとか。そういう現実ではできないが夢の世界だからこそできる、という誤差の程度を、数値として示しているんだ」

「その例えやめてくれー。なんか死にたくなってくる」俺はげっそりとした表情をする。「どのレベルでどんなことが可能になるのか教えてくれよ」


 トコマは温かい麦茶を両手で、まるで手を温めるように取ると、ズルズルと年寄り臭い音を立てて飲んだ。そしてもう一度俺の方に顔を向けると、人差し指を立て話し始める。


「レベルIは先ほど将陽が言った通り若干足が速くなったりだ。レベルIIはバイクや車に乗れない者が乗れるようになったりする。レベルIIIはさらにできることが増え、より専門的になってくる。難しいプログラミングが組めたり、薬を作ったりとかもできるようになる。そしてレベルIV。このレベルになると人知を越え始める。水中で息ができるとか、常識の範囲内においての超能力が使えるようになる」

「レベルIVでそれって、じゃあレベルVとかだとどうなっちゃうんだ?」

「正直この先は私も体験したことがないんだが、レベルVだと手からビームが出たり、テレポーテーションが使えるようになるらしいぞ。ちなみにレベルVは設定はされているものの、今までに出現したケースはほとんどないらしい」

「この世界は」メーターに視線を落とす。「レベルIIだから、俺たちはそこそこできることが増えてるってわけか」

「そういうことだ。ドルーフィムーリドの九割近くがレベル0からIなので、やはりこの世界は若干特殊といえるかもしれない。ちなみにいえば、これが適用されるのはあくまでもマスターとチェイサーのみであり、ドルーフィムーリド内の住人には適用されない。つまりレベルIIIまでは周囲から普通の人間として見られるだろうが、それを越えると超人として見られるということだ」

「なあ」龍之介が話に割り入る。「一体何の話してんだよ? ゲームか?」


 俺はそんな彼に対し、「こっちの話だ。先に食べててくれ」と言い、料理を勧めた。

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