ドルーフィムーリド 7
トコマは先ほどと同じ場所、橋の隅にうずくまっており、まるで待ってくれと言わんばかりにこちらに手を伸ばしている。
それを見た俺はすぐに駆け寄った。
「おい、どうした? 疲れたのか?」
「実はだね……」
トコマはうつむく。その仕草はまるで俺から表情を隠すようであった。
「どうやら腰が抜けてしまったようなんだ。足に力が入らない」
「腰が抜けた? 何で急に?」
「わ、私は……」
言葉を詰まらせる。そしてその後、プルプルと肩を震わせ、声を荒らげるように言った。
「高い所が苦手なんだっ!」
どうやら、欄干のそばにしゃがみ込んだのは、隙間から下をのぞくためではなく、単に立てなくなっていただけだったようだ。
俺はどうしようかと考えたが、迷っている暇はないとすぐに判断し、トコマの前に背を向けてうずくまった。
「さあ、おぶってやるから俺の背中に乗れ」
トコマは無言で、若干躊躇するようにゆっくりと、俺の背中に寄りかかってきた。
「傘を、持ってくれるか?」
俺は頷き片方の手を後ろへと差し出す。そしてトコマが肌身離さず大切そうに持っていたその和傘を受け取った。しかし次の瞬間、予想外の感覚が俺を襲う。
――重い?!
その和傘は、傘らしからぬ重みがあった。ずっしりとした、金属っぽい重厚な重みだ。取っ手の部分から中をのぞくと、そこには何か機械のような物が見えた。
「なあトコマ、この傘超重いんだけど。おもりでもつけてんの? 腕力とか鍛えるかなんか?」
「いや、その傘はいろいろ細工があるんだよ。あまり気にしなくていい」
ここで正気を取り戻したであろう龍之介が駆け寄ってくる。
「おいおいトコマ! 大丈夫かよ? とりあえずどこかで休むか?」
「ああ、すまないがそうしてくれるとありがたい。できれば個室とか、あまり人の目のない所がいいんだが、可能か?」
「おうよ、任せとけって。いい場所知ってんぜー。美味いもん食えて、しかものんびりできる所だ」
「あと」トコマは疲れたような声で付け加える。「できれば太平洋に出現したという大陸について調べたい。なにか情報を受信できる物は持っているか?」
「タブレット持ってるから、ネットにはいつでも繋がるぜ」
「完璧だ」
龍之介が歩き始めると、俺はトコマを背負った状態でその後に従った。
「でも意外だな」
「何がだ?」トコマの声が耳元で聞こえる。
「トコマにも苦手なものがあるんだなって。なんかお前、何もかもをそつなくこなしちゃうって印象があったからさ」
「……誰にでも、苦手なものはあるだろ? 将陽にも、小田留にも。だから獏なんてものに取り憑かれるんだ」
トコマは手に力を込めた。
俺はそれを肩に感じつつも、無言で頷く。
「最近増えているんだよ。獏による被害が。だがそれは一概に全て獏が悪いというわけではないんだ。眠りに、そして夢に逃げる人が増えたというのも一因といえる。ドルーフィムーリド形成には相互同意、つまりマスターがそれをどこかで求めているという節が少なからずあるからな。心の闇とでもいうのかな? そういうものに苛まれる人が増えたのかもしれない。でもそればかりはどうしようもない。心の闇は他の誰にも理解されるものではないし、さらに言えば自分でさえも根本までは理解できないものだからだ」
「ああ」一言だけ、小さく返事をした。
「誰にも分かってもらえず、自分でもなんともできない、そんな心の闇は、一体どのようにすれば消すことができるんだろうな」
それは俺に対する質問ではなかったのだろうが、例えそうであったとしても、俺はおそらく、いや絶対に、答えることはできなかったと思う。