ドルーフィムーリド 5
エレベーターから出ると正面には物凄く広大なロビーが広がっていた。現実世界で例えるならば空港のロビーが近しいといえる。紙や液晶パネル、電光掲示板といった物は一切なく、全てが空間に浮かび上がるホログラムであった。
眼前には人が、まるで川のように流れている。人種は様々で、白人、黒人、黄色人が、大体均等といったところだ。
「そういえばさ、言語ってどうなるんだ?」俺はそんな光景を見ながら聞いた。
トコマは俺の制服から手をはなすと、息を整え言う。
「通貨と同じだ。基本的にはマスターの母国語に準ずる」
「なるほど、それは助かるな」
それから俺たちは、とりあえずは外に出てみようということになり、近くにあったエントランスから屋外へと出た。しかし目の前に広がる光景を目の当たりにし、俺は思わず首を傾げてしまう。
「ん? ここってまだ一階じゃないよな?」
「は? 何言ってんだテメー。ちゃんと書いてあるじゃねーか」
龍之介は壁際に浮かぶホログラム看板を指さす。確かにそこには『1F』と表示されている。
「いや、でも……」
俺は目を凝らし周囲を見回した。
外壁に沿って設けられたオープンデッキが、まるで歩道のように隣のビルから隣のビルへと続いている。正面のビルに対してはアーチ状の橋が、連絡通路としてかかっていた。
誰がどう見てもここは、まだ一階ではなかった。
「いや、だってまだ下に階が続いてるし」
「だから、こっから下は地下だろ? 頭大丈夫か?」
「地下? え? じゃあ地上はどこだよ?」
すると龍之介から予想外の言葉が返ってくる。
「は? チジョウってなんだ?」
「地上は地上だよ」
「どこかの店の名前か?」
「いや、そうじゃなくって……」
ここでトコマが俺たちの会話に割り入る。
「この建物の一番下に行きたいんだが」
「一番下に? どうして?」
「……最深部には何があるんだ?」言葉を選びながら聞く。
「なんもないんじゃねーの? 地下十階以下は立ち入り禁止になってて、誰も入れないようになってるし」
「……なにも、ない?」
そう言うとトコマは、ふらふらと連絡通路の方へと歩を進めた。そして橋の隅、欄干のそばにうずくまると、恐る恐る下をのぞき込んだ。
「おそらく、この世界には地上がないのだろう」
「地上がない?」
聞きながら、俺もトコマ同様下をのぞき込む。だがそこに最深部を見定めることはできない。下へ下へとビルの外壁が続いており、ある地点で闇に飲まれ見えなくなっていた。
「つまりだ、この世界にとってはここ一階というのが、我々現実世界にとっての地上という認識なんだよ」
「えーっと、何て言うか、『地上』って概念が存在しないってこと?」
トコマは強く口を結び、コクリと首肯した。
「道路は? 道路がないと車とか走れないじゃん」
「おそらくは、あれじゃないか?」上を指さす。「先ほどエレベーターから確認した」
見上げると、そこにはウォータースライダーのような物が何本も走っていた。中層ビルの屋上辺りだろうか。とにかく高い位置だ。
「なるほどね。地上がないから、道路を空中に造ったってわけか。高速道路みたいに」
――と、その時だった。ビルに設置された巨大なホログラムディスプレイに、なにやら慌ただしげな映像が映し出された。付近を歩いていた大勢の人たちは、その映像を見るために自ずと立ち止まった。
『緊急速報をお伝えいたします』