ドルーフィムーリド 4
尖塔の中は仄暗く、どこかかび臭い、例えるならば貫禄のある博物館のような空気が漂っていた。天井は見上げるほどに高い。所々に設置された窓からは外の光がさし込んでいるため、頭上には交差する幾らかの光のオブジャが浮かび上がっている。奥には祭壇のような物があり、その目前には木でできたベンチが整然と、少し多過ぎるのではないかと思われるほど並べられていた。まあ言ってしまえば、伝統と格式の備わった伽藍堂といったところだ。
そんな厳格な空間を俺たちは、軽快な足音を響かせながら進む。特にトコマは木の下駄を履いているため、そのカランコロンという音は見事なまでにこだました。
エレベーターホールに到着する。そこは先ほど通り抜けた厳粛な空間とは打って変わり、非常に近代的な造りであった。流線を描いた金属のアーチ、そしてしっかりと手入れされた手垢一つないガラスの壁。足元の白い床は、てかてかと頭上の光を反射している。
「なんか随分と雰囲気が変わったな」俺は誰にではなく呟く。
「まあこれがこの世界の普通なんだろう。つまり先ほどまで我々のいた空間は、ゲストを楽しませるために作為的に作られた観光施設みたいな物だったというわけだ」トコマが推測を述べた。
エレベーターに乗り込むと、俺は思わず目を見張った。全面ガラス張りであったからだ。周囲はもちろんのこと、天上も、床も。ただその向こう側が真っ暗であったため、今のところは特に何かが見えるというわけではない。
「おい将陽よ、見てみろ」トコマがエレベーターの操作盤を指さす。「我々のいる階のボタンに『400』と書いてあるぞ」
「は? 四百? これって四百階ってことなのか?」
「あったりめーだろ。何言ってんだ? テメー」龍之介が答えた。
「え?! それってどれぐらいの高さがあるんだ??」
「知らねーよ。二千メートルぐらいじゃねーのか?」
こともなげに言う龍之介のその様子からは、この四百階という事実が全く特別なことではないというのが伝わってきた。いまだ外の様子は分かりかねるが、もしかしたらこの世界では超高層ビルというのが当たり前なのかもしれない。
俺は『1』と書かれたボタンを押す。というか『400』と『1』の二つのボタンしかなかったので、自然とそうなった。
エレベーターの扉が閉まると階数表示の数字が減り始める。どうやら動き出したようだ。音も振動も皆無であるため、その表示がなければ気が付かなかっただろう。
暗闇の空間を抜け、一気に視界が開けたのは、そのすぐ後であった。エレベーターが全面ガラス張りであるのと、どういう造りになっているのか、建物もしばらくは透明な材質の階層が続いたため、上下左右、三百六十度、全てが風景になった。
外は日没直後ぐらいであろうか。彼方に見える山の稜線には、地獄のような赤い空がかすかに滲んでいる。眼下、そして眼前には、人工的な光に輝く星の海が広がっていた。現実世界で見られるようなそこそこまあまあな夜景ではない。まさしく天の川だ。どこまでも途切れることなく続く、光の架け橋だ。
地上が近づくと同時に、町の様子も明らかになってきた。そこには映画やゲームでしかお目にかかれないような近未来都市が広がっていた。今俺たちのいるような超高層建築が、一つの場所に集中しているのではなく、地平の向こうまで連なっている。
俺はそんな光景を見つめながらトコマに話しかけた。
「外は夜なんだな。つまりさっき俺たちのいた場所は人工的に昼を演出したフェイクだったってことか」
返事がない。俺はとっさにトコマの方に顔を向ける。
彼女は俺の制服のわき腹付近を強く握るように持ち、うつむいていた。よく見ると足が少しだけ震えている。
「どうした? トイレ行きたいのか?」
「……わ、私はだね、高い所が、あまり、何と言うか、得意な方ではないんだよ」
どうやら高所恐怖症というやつらしい。俺はそんな怯えるトコマの肩を抱き、囁くように言う。
「大丈夫だ。目を閉じておけばいつの間にか地上だ」
「目を閉じてしまっては、問題を視認できんではないか」
小さな体に宿った強い意志、と、俺は心の中で思う。
一階に到着したのはそれからすぐであった。