ファティマ第3の預言
ファティマの予言。
それは1917年に起きた、聖母マリアがファティマに住む3人の子供たちへ託した予言のことである。1つ目、2つ目は既に発表されているが、残る3つ目の予言は未だ公開されていない。理由は定かではないが、当時のローマ教皇が卒倒してしまうほどの内容であったことから、想像を絶する恐ろしいことであると思われているーーー
気がつくと、見渡す限り地平線まで続く麦畑にいた。それは金色の海のような、息を呑む美しさがある。そして心地よい風が体を吹き抜けていく。ここは周りより少し小高い丘のようになっていて、立っている周りには麦は生えてない。〈〈あぁ、またこの夢か〉〉
神堂信はこの景色を知っていた。来たことがある訳では無い。だが、幼い頃からこの夢は幾度となく見てきた。この景色、匂い、風·····。どこか懐かしい気もする。何が起こるわけでもなく、ただ眺めているだけの夢。そうして今までは目を覚ますのだが、今回の夢では前回までと違う点があった。
〈〈人か?〉〉
そう、そこにひとがいるのだ。大きな木の木陰で寄りかかり眠っている少女。10歳くらいだろうか?長い黄金色の髪の毛に、少し褐色かかった肌。膝下まである真っ赤なスカートに、長袖の白いシャツを入れている。綺麗な服装で人形かと見間違うほどだった。顔を覗き込むと、とても可愛らしい顔をしている。しばらく見入っていると、突然パチリと少女の目が開いた。信はわぁと声を出して驚き、尻もちを着いてしまった。そんな彼をよそに少女は大きな欠伸をしたあと、彼をみながら、
「おはよう!やっと逢えたね、信。」
そう満面の笑みを浮かべながら少女は話しかけてきた。笑った少女はそこに綺麗な花でも咲いたかのような華やかさがあった。信は不覚にも心臓が大きな音を立てたことがなんだか恥ずかしくなった。と同時に、疑問が彼の中に湧き上がった。
「君は誰なんだ?なぜ俺の名前を知っている?」
「ふふっ、自己紹介がまだだったね。私の名前は·····ルシア!!!ずっと信の近くにいたからね。なんでも分かるよ。」
「ずっと?」
「そう。ずっと。私は信を選んだんだよ。」
そう言いながらルシアと名乗る少女は遠くを見ながら、どこか悲しそうな顔をしていた。信が何かを言おうとした瞬間、突然周りの景色が崩れ始めた。綺麗だった麦畑の風景がガラスが割れたようにばらばらになっていく。
「な、なんだこれ!?」
信は割れた地面に落ちていく。
「これから信には色々な困難が襲い掛かるけど、心配ないよ!私たちなら絶対この運命に打ち勝てる!」
「困難ってなんだよ?!まだ聞きたいことが山ほどあるぞ!おい!」
信は手を伸ばすがもう届かなかった。薄れていく意識の中で、ごめんね、という声がかすかに聞こえたような気がした。
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「ちょっと!起きなよ!もう授業終わったよ?!」
体を揺すられ、信は目を覚ました。ぼやけた頭が徐々に状況を理解し始めた。どうやら授業中に寝てしまっていたらしい。
「珍しいね、信が授業中に居眠りなんて。」
笑いながら真島優花は信に話しかけた。クラスが一緒になってから仲良くなったクラスメイトだ。
「うん。疲れてたのかも。」
「バイト頑張りすぎたんじゃない?」
「確かに。」
そういいながら、信は昨日のバイトのことを思い出した。
「昨日は結構キツかったからなぁ。でも、今日はバイトは休みだから、一緒に帰ろうか。」
「うん!」
2人の家はとても近く、(それがきっかけで仲良くなった。)高校から彼等の自宅までの帰り道は、優花が先に曲がる交差点までずっと一緒だった。いつも取り留めのない話をしながら家路に着く。この時間が信は好きだった。今日もいつもと同じように話しながら帰る。そう思っていた、、、。
「ほんとに、怖いよね!私たちが今生きている時代が終焉の世紀なんて呼ばれてるし!」
帰り道、優花が声を大きくして、興奮しながら信に向かって話す。
〈〈終焉の世紀…。〉〉
そう呼ばれるようになったのは、いまから20年ほど前に発表された、ファティマ第3の予言に関係する。長い間、公開されてこなかったこともあり、公開日にはヴァチカンに数万人が駆けつけ、テレビの中継も、ほとんど世界各国で生中継されていた。そんな中、ローマ教皇が読み上げた預言の文は世界を震撼させた。
ーーー悪魔を従えた12人の使徒達が救世主を蘇らせるだろう。それは終わりの始まりでもあり、新しい世界の始まりでもある。古き民たちは新しい世界を見ることは出来ないーーー
この預言が発表された後、世界の終わりが来ると叫びながら狂ったように騒ぎ立てる者、涙を流しながら神に祈る者、様々な反応があったが、大半は馬鹿馬鹿しいと罵りながら鼻で笑った者達だった。無理もない。何千年と続けてきた人類の営みがそうやすやすと終わるはずがないし、第一、こんな都市伝説じみた預言など誰が信じるのか。好奇心でその預言の公開を見ていた人がほとんどであった。しかし、その認識は一瞬で覆ることになった。預言が公開されて、1年が過ぎ、人々が忘れかけていた頃に"それ"がやってきたのだ。
ーーーそう、悪魔。
そいつは突然、インド洋沖に出現し、中国軍、インド軍主体の多国籍軍が対峙した。その悪魔は黒い体に長い首を持った龍のような形をしていた。顔はヤギのような顔をしており、頭からは2本の角が生え、少し短い手のようなものが生えていた。(信自身、インターネット上に投稿された中国軍の撮影した動画で確認しただけなのであまり良く見えなかった。)結果的に、多国籍軍がその龍のような悪魔を撃退し世界はなんとか終焉の危機を乗り越えた。しかし、その代償は凄まじく、援軍として後から加わった兵士たちも合わせると、全体の7割が死亡、行方不明といった具合であった。この軍の主体であった中国は大打撃を受け、一時的にアメリカ、イギリス、ロシア、日本から支援を受ける形になった。この未曾有の事態に対して疑う者も居たが、国際連合とヴァチカンの公式発表により現実に起こったものと世界が認識したのだった。絶滅の危機に瀕した人類の行動は清々しい程に迅速であった。世界各地で対悪魔統一戦線が組織され、世界中で起きていた戦争は一時的に休戦条約を締結。さらに、宗教を超え共通の敵を前にキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教の指導者達が共同で声明を発表し、人類の結束は人類史の中で類を見ない程になった。国際連合では、新たに"聖十字軍"として悪魔に対抗しうる特殊部隊を創設した。その特殊部隊には世界各国から選りすぐりの兵士、科学者が集結し人類の叡智を結集した部隊となったのだった。
「だけど、もし悪魔達が攻めてきても聖十字軍がなんとかするだろ。」
信は興奮した優花を落ち着かせるようにゆっくり話した。しかし、彼女の興奮は冷めず、寧ろさらに、声のトーンを上げた。
「聖十字軍じゃなくて、"スペリオル聖十字騎士団"ね!」
「あー、はいはい。そうでしたね。」
〈〈たしか、聖十字軍は国際連合から独立してそんな名前になったんだったな…。〉〉
「絶対興味無いでしょ!そんなんじゃ悪魔達が攻めてきた時生き延びれないよ??」
先を歩いていた、彼女がくるりと振り返り信に言う。
「悪魔の侵攻は過去5回あって、その中でも始まりの悪魔"ヴィネ"はまだ対悪魔兵器が開発される前に現れたもんだから、とんでもない程の被害を人類にもたらしたのよ!?」
「分かってるよ。授業で習ったし。」
〈〈忘れてた…。優花は無類の騎士団信者だった。こうなると優花は止まらなくなるんだよな…。〉〉
「でも、その"ヴィネ"の体から人類は悪魔に対抗できる武器を開発してそれを使うことで被害を最小限に抑えて戦えるようになったんだよ!」
「はいはい、それはすご…」
信が言いかけた瞬間、けたたましいサイレンが街に響いた。続いて、すぐさまアナウンスが流れる。
「「この街付近に悪魔の出現が確認されました。住民の皆様は近くのシェルターまでお逃げください。スペリオル聖十字騎士団が到着するまで勝手に外へ出ないでください。大変危険です。繰り返します。」」
「やばいって!どうしよう!」
優花が息を荒らげ、信に叫んだ。彼女は涙目で今すぐにでも泣きだしそうだった。
「落ち着け!走ってシェルターまでいくぞ!」
信は優花の手を握って一緒に走り出した。
〈〈ここから1番近いのシェルターは三森公園の近くだったはず、、、。〉〉
シェルターは聖十字騎士団が配備した民間人が悪魔出現時に避難するための場所だ。日頃から避難訓練が行われており、比較的スムーズに移動できた。
〈〈ここを曲がればすぐだ!〉〉
「優花、もうすぐ着くぞ!」
「…うん。」
優花の声を聞く限り、もう泣いているようだったが、確認する暇もなく曲がり角を曲がった。
「…う…うそだろ。」
曲がった道で目にしたのは、半分に引き裂かれた男の血をすすっている"悪魔"だった。初めて直接みる悪魔は強い不快感を信に与えた。大きな2つの目の下には大きな口があり、角がおでこから1本生えている。背丈は3mほどで全身から毛が生えており、黒く、大きな羽を持っていた。いわゆる、異形の形をしており直視し続けるのも困難なほど醜い姿をしていた。
「…う、うぉえ…。」
後ろでは、優花が耐えきれず嘔吐していた。これは恐怖のせいもあるのだろう。信も酷い吐き気と震えを感じていた。ギロッとこちらをにらみつけ、彼らに気づいた悪魔が歩いてくる。逃げなくてはならないことは頭では分かっているのだが、体が動かない。心臓が大きな音を立てる。次第に加速していく鼓動に息も荒くなる。優花の手を握っている右手に力が入る。1歩、1歩近づいてくる悪魔に信はただただ震えることしか出来なかった。
「…助けて。」
はっと、我に返った。後ろで、震えながら右手を強く握り返す優花が信を見ながら言った。
「…死にたくないよぉ。」
泣きながら嗚咽混じりで話す優花を見た信は、不思議と震えが止まった。
「優花!逃げろ!俺がどうにかして時間稼ぐから!」
「どーやって?!無理だよ!死ぬよ!?」
「二人ともここにいて死ぬよりマシだろ!早く助けを呼んできてくれ!」
「…怖くないの?!」
見ると優花は震えていた。
「…怖いけど、優花を失う方が怖いんだよ。」
信は振り返り、優花の震える肩に手を置きながら言った。
「…え?」
「…ずっと好きだった。だから、逃げて生き延びて…。早く行って!」
信のすぐ近くまで近づいていた悪魔が、大きな手を振り上げて、彼の頭上へ振り下ろした。
〈〈死ぬのか…。でも、後悔はない。ちゃんと伝えれたから…。〉〉
死を覚悟し、目を閉じた信は不意に後ろに引っ張られ、それと同時に優花の体が悪魔の前に出た。
悪魔の腕が右肩から左足の付け根に向かい振り下ろされた。辺り一面に血がしぶきあげて飛び散った。弱々しく、血を流しながら倒れる体は赤い血でまみれていた。
〈〈…え?なんだこれ?何が起こった?〉〉
信は一瞬何が起こっているのか理解できず、目の前の非日常の景色を眺めた。だが、彼の前に倒れた優花の顔を見た瞬間、全てを理解した。
「どうして!?なにしてんだよ!?」
「……わ…私…も……すき…。」
「……え?」
「…すき……な人…に…生きてて…ほし…い…。」
そう言った彼女はまるで電池が切れたようにカクンと力なく首が折れた。
「…なんでだよ。俺はお前に生きて欲しかったんだよ!!!」
信は声を荒らげて泣きわめいた。動かない彼女を、血まみれになりながら抱きしめた。
〈〈優花を守れなかった…。〉〉
信はひどい吐き気を感じて、優花が死んだという事実に頭の中が真っ白になり、もう何も考えられなかった。悪魔はもう一度腕を振り上げ、信に向け振り下ろした。信には逃げる気も起きなかった。全てを諦め、ただ確実な死を受け入れた。
「…まだ、死ぬ時じゃあないよ。」
その言葉が信の心の体の中で響く。すると、体が強い光を放った。その光に驚いた悪魔はたじろぎ、2、3歩後ずさりした。しかし、1番に驚いていたのは信自身だった。
「な、なんで体が光ったんだ?!」
「君の力さ。」
気がつくと見覚えのある少女の姿が見えた。
「お前は、確かルシア?」
「そう!覚えててくれたんだね、信。」
「それより、力って何の話だよ!?」
「あの光は君が能力に目覚めた証さ。君には悪魔を倒せる力がある!」
「無理だろ?!相手は、悪魔だぞ?!」
「できる。君が持つ力は悪魔に勝る。…それに、彼女の仇だろう?」
ズキッと信の心にその言葉が刺さった。
〈〈…そうだ。あいつが優花を…。〉〉
「どうすればアイツを倒せる?」
信は静かに言った。
「いい顔になったね。…イメージするんだ。答えは君の中にある。」
「俺の…中?」
1度、深い深呼吸をした後に目を閉じて集中する。信は彼自身の中にある、"なにか"を探した。
気がつくと、またいつもの夢の中にいた。一面の麦畑に、吹き抜ける風が気持ちいい。ふと、大きな木の根本付近に目をやると、いつもの夢にはない"ラッパ"がそこに置いてあった。信は直感した。これが己の中にある"なにか"だと。信はそれを手に取ると、目いっぱい息を吸い込んでそのラッパを鳴らした。すると、そのラッパの響きに呼応したように、また夢の中の景色が崩れ始めた。その現象に信はもう驚くことは無かった。信は静かに目を閉じた。
静かに目を開けた信は、悪魔を前に少しも動揺していなかった。何も考えていない、という方が正しいかもしれない。しかし、心の片隅にあったのは、〈〈優花の仇をとる〉〉という感情だった。
「私の名はルシア。聖母マリアより預言と能力を授かった者。私の選定者である神堂信、君の能力の名は…」
「「【第1のラッパ 神の体】!」」
信は、体に漲る力を感じていた。
「この能力は【神の体】。今、君の体の身体能力は悪魔をも凌駕する。今の君は、何よりも早く、堅く、そして強い。」
信は自分の拳を見ながら言った
「これなら、お前も倒せそうだ。」
信が悪魔を睨みつけると、悪魔は両手を前に出し、掴みかかった。信も両手を前に出し、受け止めた。力は拮抗しているらしく、両者は両手で掴みあったまま動かなくなった。だが、若干信の方が勝った。
「…ウォラ!!!」
両手で悪魔を投げ飛ばし、さらに距離を詰め追撃を仕掛けるが、悪魔の蹴りが信の体に入った。
「かっ…」
数メートルほど吹っ飛ばされたが、すぐに体勢を立て直す。その間に近づいていた悪魔は右手で信へ攻撃するが、それを避けた信の拳が悪魔に1発、2発、3発入った。悪魔はよろめきながら距離を取る。
「ウォゴォォアアアア!」
叫びながら、悪魔は四つん這いになりながら信めがけて突進してくる。
「来いよ。化け物。」
信は姿勢を低くし、構えて、右手に力を込めた。すると、右手は眩い光を放ち始めた。悪魔は構わず突進し、飛びかかった。
「【聖浄の拳】!!」
力を溜めた、信の右ストレートが悪魔の腹に風穴を開ける。
「……ガァ。」
悪魔はその場に血を流して、倒れた。もはや、ピクリとも動かなかった。
「…はぁ、はぁ…はぁ。」
信はひどい疲労感に襲われた。体が重く、意識が遠のいていた。
「…優花……。」
そう呟き、信もその場に倒れ、意識を失った。
「…力が解放されたね。でも、この世界の破滅を止める為にも、もっと強くならないといけない…。」
ルシアもそう言い、消えるように姿を消した。
「……ガ…ガ。」
ゆっくりと、信に倒されたはずの悪魔が起き上がった。完全には倒せていなかったらしい。よろめきながらも信の方へ歩み寄り、右足を上げ、彼を踏みつけようとした。だが、次の瞬間、人影が悪魔の後ろに写った。
「…【黒一式宵ノ太刀】!」
悪魔はバターのように簡単に真っ二つになり、その場に崩れた。
「……っしょと。」
悪魔を斬った人影が信を抱え、その場を後にした。