第97話 佳麗なるカレー大佐は下隷を使い華麗に家令っぽく
――放課後。
俺と鈴守は、ゆっくりと買い物しながら帰ることになった。
もちろん、メインの目的は、今晩鈴守が作ってくれる夕食の食材を買うためだけど……。
せっかくなんで、ちょっとしたデートも兼ねている。
あ、あと……母さんからも、ついでに頼むって、買い物メモがメールで届いてたっけ。
調味料とかかな――って見てみたら……。
お米10kg×2って! ガチすぎるだろ!
彼女と帰り道デートしてる息子に頼むなよこんなもん!
いやまあ、事実として、俺なら問題なく持ち運べるわけだけど……とりあえず、米屋は最後の最後だな……。
「……それで、赤宮くん、なにが食べたいん?」
――駅から商店街へと向かう道すがら……。
楽しそうな鈴守の問いに、そう言えば考えてなかったな、と思う俺。
買い物については、大っきなスーパーの方に向かう手もあったんだけど……俺たちが選んだのは、地元の商店街の方だった。
うちも銭湯って商売やってる分、商店街の方が結び付きが強いので、やっぱり買い物はそっちを選んでしまうのだ……昔っからの馴染みでもあるし。
ちなみに亜里奈なんて、商店街のおっちゃんおばちゃんにアイドルみたいに可愛がられてるから、いろいろオマケしてもらって、ビックリするほど効率的に買い物してくる。
ああ、あとアガシーも最近じゃすっかり人気者で……亜里奈と二人でお使いに行くと、相乗効果でお得度がさらに跳ね上がるようだ。
アガシーだけだと、それはそれでマスコット扱いっていうか……色んなお店で色んなものもらって帰ってくるし。
まあ、これについては、「ちょっと遠慮しろ」って亜里奈に怒られてたりするけど。
――いや、っていうか、今はそんなことはどうでもいいか。
ん〜…………食べたいもの、ねえ……。
「鈴守が作ってくれるってだけで、正直なんでもいいんだけど……」
「――もう~。
『なんでもいい』が一番困るって、言われへんかった?」
う……ごめんなさい、言われます。母さんにも亜里奈にも。
呆れたように笑う鈴守に、バツが悪い俺はつい頭を掻く。
「……そう言えば、亜里奈ちゃんたちは今日キャンプでなに作るん?」
「ん? ああ、定番のアレだよ。カレー」
「やっぱりそうなんや。キャンプで食べるカレー、おいしいもんね。
……んー、なんやったらいっしょの献立……とか思ったけど、おキヌちゃんからもらったお豆腐もあるし……カレー違う方がええかなあ……」
……そう、実は俺たちの手には、すでに一つ食材がある。
今日のことを知っていたおキヌさんが、「これでも食らえ!」と、ご丁寧にちゃんと家庭科室の冷蔵庫で保存していた、実家の絹ごし豆腐を寄付してくれたのだ。
しかし――。
今の会話で、俺の心は……鈴守の考えとは逆の方向に定まっていた。
「いや――カレーがいいな。鈴守のカレーが食べたくなった」
「え……カレーでええの?
ウチ、スパイス配合とかまでは出来へんから、市販のカレールーのブレンドやけど……」
「うちだってそうだよ。だから全然オッケー。
……でもっておキヌさんトコの豆腐は、味噌汁にしてくれれば嬉しいかな」
「……ん、分かった。
ほんなら、今日の晩ご飯はそれでいこっか!」
* * *
「……よーし、では――クソ虫どもっ!
これより、我らがカレー番長より訓示を賜る! 心して拝聴せよ!」
「なんでそこは『番長』なの……」
はあ、と息をつく。
そんなあたしの前には……うちのクラスのみんなが、ずらりと整列していた。
――よく見るとなんと、端っこには喜多嶋先生まで。
「……せんせー?」
「ご、ゴメンねー、赤宮さ~ん。
センセ、コブシ利かせるのは得意でも、カツオブシの扱いはニガテって言うか……あっはは~」
……なんですかソレ。ウマいこと言ったつもりですか。
「い、いやいや、センセも大人ですから!? 自炊ぐらいするよ!? 料理ぐらい出来るよ一応!
でもなあ……まず間違いなく、赤宮さんの方が上手いと思うんだよね……うん」
……そう。
あたしたちはこれから、班ごとに夕食の、ダイコンとナスも入った野菜カレーを作るわけだけど……。
なんか、クラスで一番料理が出来るってことらしく、あたしがカレー作り総監督みたいな地位に推されてしまったのだ――満場一致で。
「……では、よろしくお願いします、番長!」
いつの間にか、あたしのかたわらに立って副官みたいなツラしてるアガシーが、ムチに見立ててるのか、適当な長さの木の枝を手の平でペシペシやりながらあたしを振り返る。
「番長言うな」
「ハッ、失礼いたしました!
……では、えー……カレー大佐っ!」
「……それはそれで悪の組織のヘボ幹部みたい……」
まあ、もうなんでもいいか……。
あたしは、食材が入っていた木箱の上に乗ると、大きく息を吸って胸を張り――声を上げる。
「――いいか! カレーなんてものは、長いこと、色んな人が研究してきた定番料理だ!
その甲斐あって生まれた定番レシピは、それだけで充分おいしいカレーが出来るよう、すでに計算され尽くしている!
ゆえに! ここにはっきりと言っておく!
レシピを守れ! 書いてある通りにやれ! 『目分量』なんて分量はない、『これぐらい』なんて時間もない! ちゃんと分量を計れ! 時計を見ろ!
レシピ通りにやる、それだけでいい!
それだけで失敗もないし、間違いなく最高においしいカレーが出来る!
……いいな!?
くれぐれも余計なコトはするな! ヘタな茶目っ気を出すな!
料理ベタなヤツの一番の失敗は、レシピを守らないことだ!
分量やら時間を感覚頼みにするのはもちろん、隠し味だのアレンジだのは、レシピ通りにマトモなものを作れるようになってからやれ!! キサマらにはまだ早いっ!!」
ちら、と先生の方を見ると――。
あ、微妙に目を逸らした。
やっぱり、これ系の失敗やらかしてる人だったか……。
「もう一度繰り返すぞ? レシピ通りにやれ!
難しいことはなにもない、ただそれだけでいい!
――いいな? 分かったかッ!!!」
「「「「「 イエシュ、マムッ!!! 」」」」」
「……よし、では各班に分かれて状況開始! かかれッ!!」
あたしの号令一下、クラスのみんなは敬礼を返して散らばっていく。
……っていうか、このヘンなまとまりっぷりはどーゆーことなんだ……。
そもそもわりとノリのいいクラスとはいえ、明らかに揃いすぎてる。
あらかじめ示し合わせてたような……。
あ〜、うん……でも、思い当たるフシはあるね。
そう、あたしが知らないうちに話をまとめてたとすれば――。
「……軍曹」
あたしは、みんなと同じく行動を開始しようとしていた金色のポニーテールを引っつかまえる。
「あれか。この妙なノリ……みんなでバスの中で打ち合わせたな?」
「な、なんのことでありますか大佐! 自分には心当たりがありませんが!」
引きつった笑みを返すアガシー。――図星だ。
まあ、別に怒るようなことじゃないんだけどね……。
「……まあいいや。
とりあえずアガシー、あたしはクラスみんなの様子を見て回る必要がありそうだから、うちの班はあなたが中心になって進めておいて」
「……わたしがですか!?」
「あたしやママの料理手伝ってるんだから、基本的なことは分かるし出来るでしょ? あなたは覚えもいいんだし。
だいたい、朝岡や真殿くんが料理すると思う?」
ちら、とあたしが二人の方を振り返ると……。
「料理? カップラーメンならいけるぜ!」
自慢げにタワケたことを抜かす朝岡。問題外。
「二八でなら打てる。蕎麦」
そば、って……また真殿くんが謎な部分を出してきたよ……。
いや、そば打ち出来るってスゴいけど――にしても、真っ先に出てくるのがそれって時点で、やっぱり任せられない。
ちなみに、『二八』っていうのはだいたいの場合、そばを打つとき、そば粉8に対して小麦粉2を混ぜることを言う。
そば粉だけだとちぎれやすくなっちゃうから、小麦粉をつなぎに使うポピュラーなやり方だ。
「……とにかく、分かった?
アガシー、あなたしかいないの」
「ふむ……わっかりました!
大船――それも豪華客船に乗って、バミューダトライアングルへ航行するつもりでいて下さい!」
「イヤな方向に進化したお約束で不安を煽るな! すぐに沈む泥船の方がまだマシだ!
……まったくもう……。
いい、アガシー? あなたがマジメにやれば出来るって分かってるんだよ?
なのに、ヘンなコトして晩ご飯台無しにしたら――」
あたしは電光石火で、アガシーのジャージのポケットから、〈レーション〉という名の謎物質を奪い取る。
「……コレを、ちょっとずつ……延々と食わせ続けるからね……?」
「い、いいイエシュ、マムっ!
不肖、このゴールド軍曹、誠心誠意、陣頭指揮を努めさせていただくでありますっ!!」
「――よろしい。ではかかれ」
あたしに大ゲサな敬礼を返し、朝岡と真殿くんを引き連れて行動を開始するアガシー。
まあ、これでうちの班は大丈夫だろう。……たぶん。
「あ、あの~、赤宮さん? センセは、どうしよっか……?」
あたしの視界の隅で、小さくなりながら手を挙げる先生。
「先生も見回って下さい。レシピ通りかどうかの確認ぐらい出来るでしょう?
あとは――」
あたしは、ぐるっと野外調理場を見渡し……。
すぐ近場で、危惧していたものを見つけて注意する。
「――ほらアキちゃん!
それじゃ危ないよ、包丁使うときは手はネコさんだよ!」
「あ、そっか! ごめん、ありがと亜里奈!」
あたしが、指を丸め込んだ左手を見せると、アキちゃんもまな板の上の左手を同じような形に直した。
「……って感じで、包丁を危ない使い方してないか、ぐらいも分かるでしょう?」
「う、うん、そうだね!
よし、じゃ、センセも見回ってくるね!」
シュタッと手を挙げ、颯爽と駆け出していく先生。
ちょっとだけ不安だけど……まあ、大丈夫だよね……。
だいたい、こうやって総監督(っぽいの)に祭り上げられたのはあたしだけど、他にもちゃんと料理出来る子は何人もいるんだから。
ほら、見晴ちゃんなんかも、お菓子作るのすっごい上手だし――。
「ねえねえ亜里奈ちゃ~ん、カレー粉、これだとすっごく多くないかなあ~?」
「…………。
見晴ちゃん、それ秤の単位間違えてるよ……」