第96話 楽しもう、満喫しよう、林間キャンプ
――予定通り、お昼前に到着した葉月山のキャンプ場は、森の中の開けた場所で……少し歩けば見晴らしのいい展望台もある、風がすごく気持ちの良いところだった。
まあ、すぐ側に、お風呂やトイレが完備されてるちゃんとした施設が建ってるし、夜間照明もあるみたいだし、駐車場や道路も近いから、大自然の真っただ中ってわけじゃないけど……。
そこはそれ。逆に言えば便利ってことでもあるしね。
あたしたち小学生が、一泊二日のキャンプをするには充分だと思う。
ちなみに、どうしようもないぐらい眠かったあたしだけど、アガシーが眠りの魔法をかけてくれたらしくて……結局、バス移動中の3時間ほどぐっすり眠れて、朝より元気になっていた。
アガシーは魔法の副作用の頭痛を心配してたけど、それも寝起きのちょっとぐらいで、すぐになんでもなくなった。
むしろ、しっかり寝られてすがすがしい、って気分の方が大きい。
それはさておき……いよいよキャンプの始まり。
ひとまず荷物を施設に預けたあたしたちは、体操服に着替えて、歩いてすぐの渓流に向かった。
放流されたニジマスをこの手で獲って――お昼ご飯になってもらうのだ!
班として順番が回ってくると、あたし、アガシー、朝岡に真殿くんの4人は、膝下ぐらいまでの浅瀬に颯爽と突撃し――。
冷たくて気持ち良い水をバシャバシャと蹴り立てながら、ニジマスを追い回す。
「――ん。赤宮さん、そっち。追い込んだ」
「おっけー!……てぃっ!」
のんびりしてるようで、でも着実な動きで真殿くんが追い込んでくれたニジマスを、あたしはクマのサケ獲りみたいに、川をさらう低軌道の一撃で岸へと跳ね飛ばす。
「うひょー、さっすがアリーナー!
足下すくう低軌道のイヤな動きはカンペキだぜ!」
「うっさい! ムダ口叩いてないでお前も働け朝岡!」
「ほーれほれほれ…………っしゃー、釣れたー!」
「アガシー、これ、つかみ捕りの体験! ポニーテールで釣るな!」
……なんて、騒々しくしながらも、施設の係の人があわてて止めに入るぐらい、ハイペースで乱獲したあたしたち。
その後、クラスのみんなで分け合ったニジマスを串に刺し、塩焼きにして、施設の人が差し入れてくれたおにぎりといっしょに、河原で食べた。
「……う、う――ウぅマいぞおおおおッッッ!!!
なんなんですかコレ! なんでまた、焼いて塩振っただけのサカナとおにぎりだけでこれほどまでにウマいんですか! 魔法か!」
「もちろん、もともとがおいしいってのはあるけど、やっぱり、こうやってワイワイみんなで獲って、みんなで食べて――だから、余計においしく感じるんだよ。
……あと、いつも言ってるでしょ?
ちゃんと口の中のものごっくんしてからしゃべりなさい。お行儀悪い」
どこぞの料理アニメよろしく大騒ぎするアガシーをなだめながら……。
あたしも、自分でもビックリするぐらいのペースで焼き魚とおにぎりを平らげた。
それも、いつもならおにぎりなんて1つ食べれば充分なのに、なんと3つも。
アガシーには、分かったような口を利いたけど……。
あたしだって、本当においしくって驚いてたんだよね。
こんなに違うものなんだ――って。
――みんな大満足の昼食後は、木工体験。
杉の板をバーナーを使って焼いて、絵を描いたりして、オリジナルのルームプレートを作る。
みんなはそれぞれ、自分の部屋用とか、家の玄関用とかを作るみたいだけど……あたしとアガシーは部屋が同じなわけだから、一つはお兄にあげることにした。
屋外の、木造のテーブルと椅子が並ぶ作業場で、絵付け用の道具を前に、どういうデザインにするか相談するあたしたち。
「アリナ、わたしたちの部屋のぶんに描くのは、『愛の巣』でいいですよね? ね?」
「いいわけあるか」
「ちぇ~……。
じゃ、兄サマの方は……『勇者在中』ぐらいでいいですかね?」
「せめて『滞在中』ぐらいに――いや、うん、そっちの方が面白くていっか」
そうしてあたしとアガシーが丁寧に作業している向かいで、朝岡が早すぎる歓声を上げる。
「ぃよっしゃー、出来たぁっ!」
高々とプレートを掲げる朝岡。
でもそれは……デザインセンスのカケラもなく、ベタベタと色が塗りたくられているだけに見えた。
……っていうか、全面に色塗ってどうすんの、せっかくの焼き杉板の雰囲気が台無しでしょーが……。
一方で、朝岡の隣の真殿くんは……。
「……ん」
まったく絵とか描かず、そのままのプレートを持って、満足げに(表情が乏しいけど、多分)うなずいている。
「マリーン、それ、なーんにも描いてないんじゃないですか?」
さすがのアガシーまでもそうツッコむと――真殿くんは「ん」と、プレートの表面をこちらに向ける。
どういうことかと目を凝らすと……。
なんか、焼き目の加減が、場所によって違うような……?
「……飛び出て見える」
「――ウソっ!?」
……え? マジで!?
焼き目の微妙な加減だけで、あの錯視を利用した、飛び出る3D画像みたいなの作ったっていうの!?
………………………………。
……………………。
…………。
「……アリナぁ、どうしたってわたしには見えないんですが〜……」
「うん……あたしもだよ……」
真殿くんは「カンペキ」と言わんばかりに得意気だけど……。
結局、穴が空くほど見続けても、あたしもアガシーも、そこに焼き目以上のなにかを見つけることは出来なかったのだった……。
「おらー! もっとシャキッとせんかー!
ジジイのハックの方がまだ気合い入ってンぞー!」
「気合い入った老ハッカーってなんだ。
……まあ、そこは間違えたままでいいけど」
――続いては、付近の散策も兼ねたオリエンテーリング。
山道だからちょっと大変だけど、今日は天気も良いし、森の中は空気もすっごくキレイでおいしいし、風もさわやかでとても気持ちいい。
そう――
「そーれ、ハ〜ミコン坊〜主が出っるぞ〜!」
これを山中行軍訓練とでも考えてるのか、ムダに元気にぐるぐる走り回ってる金髪のウザさがなければ、だけど。
「ほれほれ、どうした! 声が出とらんぞ!
これじゃジジイのファッ――」
――パァンッ!
「そこは間違えたままでいいの! 都合良く正解すんな!」
あたしは、暑いからとさっき沢で濡らしていたタオルによるアッパーで、アガシーのアブないセリフをかろうじて食い止めた。
「……まったく……」
これでさわやかな空気が守れた、とホッとするのもつかの間――。
「「 ……ハ〜ミコン坊主が出っるぞ〜! 」」
「――なっ!?」
今度は男子2名が、ジョギング状態になりながら、アガシー愛唱の替え歌を元気に歌い出していた。
……え!? 朝岡はまあ分かるけど、真殿くんまで!?
しかもなに、なんで相変わらずの無表情でそんなノリがいいわけ!?
「ぃよーし、クソ虫どもにしてはまあまあだ!
だがまだ足りん! もっと気合いを入れろ! この軍曹に続けー!」
「「 イエシュ、マム! 」」
「「「 ……ハ〜ミコン坊主が出っるぞぉ〜!!! 」」」
3人は声を合わせ、足並みを合わせ、ザッザッザッ――と軽快にゆるやかな山道を進んでいく。
あたしはそれを、呆然と見送って……
見送って……
「――る場合じゃないよ! もう!
……こらー! 走るな、置いてくなー!」
――結局。
風景や空気をゆっくり楽しみつつコースを回るはずだったオリエンテーリングは、あたしたちの班だけ、半分ランニングみたいな形になってしまった。
まったくもう、山岳トレーニングじゃあるまいし……!
そして……。
あたしだって、そこまで体力に自信が無いわけじゃないけど、結構疲れてへばったのに、他の3人は元気がありあまってる感じなのが、もう無性に腹立たしくて……。
「キサマら、走るなって言っただろうが! そこに並べ!」
「「「 ……い、イエシュ、マムっ! 」」」
全員を、濡れタオルで一発ずつしばいておいたのだった。