第95話 寝不足な妹とテンションハイな聖霊がバスの中
「ふああああ〜…………っ」
ゆったりとバスに揺られる中、自分でもビックリするぐらい大きなアクビが出た。
……っていうか、同じぐらいのアクビが、この10分ぐらいの間に3回は出てる。
ハッキリ言って……眠い。すんごく眠い。眠くて仕方ない。
「どーしたんですかアリナ!
そんな眠たそーにしてる場合じゃないですよ!」
「うっさい……誰のせいだと思ってるの……」
隣、通路側の席で大いに盛り上がってるアガシーを、あたしはわざとらしく不機嫌にニラみ付けた……つもりだけど、多分、眠さのせいでぼんやりした目を向けるだけに終わったと思う。
――ちなみに、今日は朝6時校門前集合だったから、起きたのは5時頃。
もちろんいつもよりずっと早いけど、それだけで眠いんじゃない。
だいたい、そのことも計算に入れて睡眠時間確保したんだから。
だけど……それはあくまで予定。
用意した時間だけ絶対キッチリ眠れるなら、世の中に不眠症なんてものはない。
……うん、まあね、あたしだって今日を楽しみにしてたから、そもそも興奮して眠りが浅かった、っていうのはあると思う――。
けれどそれ以上に、あたしは甘く見ていたんだ――。
部屋の同居人の、このキャンプを楽しみにし過ぎるあまり振り切ったテンションを。
アガシーはもともとが聖霊だから、少々眠らなくたって大丈夫だそうで……つまり、ワクワクしながら徹夜したところで、あまり問題ないらしい。
……あ、ううん、もちろんだからって、タダの人間のあたしをそれに付き合わせて、眠りを意図的に邪魔したとか、そういうわけじゃない。
むしろ逆で、ちゃーんと自分も布団に入って、静かにしていた。
だけど……。
アガシーの、そのおさえきれないワクワクオーラが、もうそれ自体が熱を持ってるみたいに部屋に満ちてて……存在感がスゴくて……。
それがいちいちあたしを刺激するというか、気になって仕方ないっていうか、毒気にあてられるっていうか……。
とにかく、あたしまで釣られてそわそわと落ち着かなくて――結局、ほとんど寝られなかったのだ。
……ホントに甘く見てた。
昨夜はあの子、お兄の部屋に押し込んどくべきだったなあ……。
でも――。
アガシーが、そうやって、もうどうしようもないくらい、あたしたちの世界のイベントを楽しみにしてくれるのは……それ自体は……正直、微笑ましかったし、嬉しかった。
お兄だって、いつにも増してテンションが高いアガシーを、ウザいウザい言いながらも、結構甲斐甲斐しく、準備を手伝ってあげたりしてたし。
だから、アガシーが盛り上がってるのはいい。それはいいんだ。
でも……頭がフラフラしそうなぐらい眠いのもまた事実で……。
しかも――。
バスの移動が4時間ぐらいあるんだし、その間寝てたらいいか、って思ってたら……。
なんの因果か――うちのクラスのバスでは、カラオケ大会が始まってしまったのである。
……ハッキリ言って寝てられない……。
男子の、ムダに声を張り上げる歌はやかましくて邪魔だし……。
女子が〈聖鬼神姫ラクシャ〉の主題歌やら挿入歌やらエンディングテーマやら歌おうものなら、ファンとしては合わせて熱唱するしかないし……。
歌うのがバラードとか、静かな曲だったりしても、周りのみんなが盛り上げるから、結局そこそこ騒がしくなるし……。
……ああ、でも……。
真殿くんが、みんな困惑しきりになった、洋楽のプログレ系ロック歌ってくれた間は、ちょっとだけウトウト出来たっけ。
プログレ系って、曲にもよるけど、基本展開が複雑で、興味ないと眠気誘うの多いから。
しかも、みんなプログレッシブロックなんてまず聞いたことないから、盛り上げようも分からなくて静かにしててくれたし。
それにしても……。
あたしは、〈世夢庵〉のケーゾーさんの影響で、メタルやハードロックも多少は分かるんだけど……よく小学生がプログレの曲とか知ってたなあ……しかも洋楽で。
真殿くん……謎多き人だよまったく。
ちなみに、その至福の時間も、続けて朝岡のヤツが、やたらと暑苦しい特撮ヒーローの主題歌なんて熱唱してくれたおかげで、すぐに終わってしまった。
その際朝岡には、思いっっっきり殺意を込めた、氷点下の視線を送っておいた。
そして、今は――。
我らが担任、喜多嶋夏子先生(20代)が、すごい気分良さそうに、コブシを利かせた実にイイ声で演歌を大熱唱している。
みんなも、そのギャップが楽しいのか、先生をはやし立て、盛り上げるから……もう5曲目。
もはや単独ライブ状態である。
アガシーなんて、サイリウムを振って――って、なんでそんなの持ってるんだ……。
まあ、いつもお仕事大変な先生が、楽しそうに熱唱するのはいい。
いいんだけど……寝るにはやっぱり邪魔だ。
うーん……どうしよう。
いっそ、「うっさい! 寝かせろ!」ってキレようか……なんて、寝ぼけた頭がヤバいこと考えてると……いつの間にか、アガシーがあたしの顔をジッと覗き込んでいた。
「……眠いですかアリナ? やっぱり寝たいですか?」
「……寝たい。
もう、葉月山に着くまで爆睡したい」
「ん~……分かりました。しょうがないですね。
ちょっともったいない気もしますけど……」
そう言ってアガシーは、あたしの前に手をかざす。
「は? アガシー、なにを……」
そして――――
「おやすみなさい、アリナ」
「……これでよし、と」
「よし、ではない。
魔法で眠らせるとは、まったく強引な手を……」
余は、亜里奈が閉じたまぶたをうっすらと開けて、刺すように聖霊を見るが……。
当の聖霊に、反省するような素振りはなかった。
「しょーがないでしょうが。アリナが寝たいって言うんですから。
それに、睡眠薬なんかよりはよっぽど健全でしょうに?」
「……睡眠魔法は、寝起きに頭痛がするから、決して気分は良くないと聞くが」
「二日酔いなんかよりははるかにマシなハズです……多分ですけど」
多分……そう、多分、だ。
なにせ、余も聖霊も、もともとが睡眠魔法ごときは効果が無いし、酒に酔うような体質ではなかったからな。そう言うしかない。
〈人造生命〉の身体ではどうか知らぬが。
まあ……とにかく、後でなにか、頭痛を緩和出来そうな弱い魔法をかけておくか……。
寝不足の上、やっと寝られて起きたら頭痛――では、亜里奈があまりに不憫だ。
「……そうだ、ハイリア。
臆面も無く表に出てきやがったついでに、一つ聞いておきたいんですが……。
こうやって広隅市から離れましたが、アリナに流れ込むチカラについては変わらず――なんですか?」
着替えやらが入っているリュックサックとはまた別にしてある、おやつがいっぱいに詰まった袋をごそごそやりながら、聖霊は余に尋ねる。
まったく、おやつ――いや此奴、真面目なのか不真面目なのか……。
「……変わらんな。チカラの本質――〈闇〉に近いその属性的な問題か、昼間の時間帯ではそもそも微弱になるが……『線』というか、繋がりのようなものは消えていない。
まあ当然だろう、広隅市の特殊な〈霊脈〉は、聖霊、キサマも感じ取ったように、この世界を流れるチカラの中心といってもいいようなものだ。
広隅から物理的に距離を取った程度で、どうにかなるようなものでもあるまい」
「……ま、やっぱりそうですよねぇ……」
タメ息混じりに言って、聖霊は取り出したチョコレート菓子……〈コアラどもの進軍〉を、封を開けるや否や、ぽぽいと2つ3つまとめて口に放り込む。
……コイツ、もう通算2箱目だぞ……行きのバス内でおやつを食い尽くすつもりか?
まったく、計画性の無い……と思っていたら。
自分だけで食らうわけではなく、それを近くの女子に回しては、代わりに別の菓子を受け取ったりしているようだ。
抜け目がない――いや、違うな。
「あ、アガシーちゃん、これこれ、これもわりとイケるんだよ! 食べてみ?」
「ほっほう! こんなエキセントリックな色合いのシロモノがですか!?
さすがよーちゃん、お菓子一等兵! 目の付け所が違うな!」
……ふむ。
これも、学友と行く旅行の楽しみ方の一つ、というわけか。
なるほど――先ほど聖霊が亜里奈に、眠ってしまうことを『もったいない』と告げたのも分かる気がするな。
だが、まあ……まだこの旅は始まったばかりだ。
……これから先、目一杯に楽しむためにも、今はゆっくり休むといい――。
余は密やかに、聞こえないのを承知で亜里奈に語りかけ……。
ゆったりと身体が休められるよう、ちょっとした魔法で環境を整えてやってから。
「ふおお!? マジか、なんだこの食感……っ!
人類の技術革新てのはまったく驚異的だな!」
アルタメアでは決して得られなかっただろう楽しみを、存分に満喫している聖霊の姿に思わず頬を緩ませて――。
ゆっくりと、自らの意識も……亜里奈に合わせて眠らせるのだった。