第93話 そのキャンプじゃないけど、聖霊は大歓喜
「キャキャキャ、キャンプですとぉーっ!?」
ガタン、と椅子を蹴り飛ばしそうな勢いで立ち上がるアガシー。
――午後、6限目。
あたしたち6年生は今週末にキャンプがあるから、授業の代わりにその説明の時間になった――んだけど。
担任の喜多嶋先生が配ったしおりを見た途端……。
やっぱりというか、アガシーが激しく反応したから、あたしは即座に抑えにかかる。
「――って言っても、あなたが思ってるような、新兵訓練基地とかじゃないからね?」
「な――バカな……っ!
徐々に近付く夏休みを思い、浮かれ始めるこのタイミングで……ジャリ坊どもに兵士としての心構えを再度叩き込み、引き締めを図るのを狙った地獄のキャンプ――じゃないんですかっ!?」
「……そんなの参加したい?」
「したいです! シゴく側なら!」
「シゴかれる側に決まってるでしょ。あなたもその『ジャリ』なんだからね?」
「……がっでむ!」
頭を抱えつつ、席に座り直すアガシー。
「えーっと……もう話、進めていいかなー?」
「ゴメンナサイ先生、そこのユルミリオタは放っておいて――」
いい加減慣れっこになったみたいで、平然と聞き直す先生に、あたしは「どうぞ」と手を差し出した。
――しおりの内容を追いながら、先生がキャンプ説明をしていく。
日程は、今週の金曜日から土曜日にかけての一泊二日……。
早朝の6時に校門前に集まって、バスで4時間かけて、隣の県の〈葉月山〉のキャンプ場へ。
魚つかみ体験で放流されたニジマスを捕って、それを塩焼きにして昼食。
木工体験で、焼き杉板を使ったオリジナルのルームプレートを作り、その後は野山の散策を兼ねたオリエンテーリング。
お約束のカレーをみんなで作って夕食。
キャンプ場に併設されたお風呂で入浴。
あとは、キャンプファイヤー……と思いきや、近くに昔は学校だった公民館があるってことで、そこを借りての肝試し。
そうして最後は、テントで就寝。
翌朝は、焼きおにぎりとお味噌汁を作って朝食を摂ったら、バスに乗って帰る――。
……ざっと、こんな感じ。
だいたいは、お兄から聞いてた話とおんなじだね。
もっとも、お兄のときは確か、肝試しは近くの池の周りを回るとか、そんな感じだったはずだけど……。
でも、どっちにしてもやるんだね肝試し……。
うちの小学校の伝統みたいなものなのかなあ……。
ハッキリ言って、そんな伝統いらないんだけどね。うん。
いらない。ゼンゼンまったく。ホント不必要。邪魔。
6年生にもなって、誰もそんなので怖がるわけないのにね。
時間のムダだよもう。うん。ホントに。
――あ、ちなみにアガシーはというと……。
喜多嶋先生の説明の間、終始、とにかく目をキラキラさせていた。
どれもこれも、めちゃくちゃ楽しみにしてるみたい。
ときどきヘンな声を上げては、先生に注意されてたからね……。
……うん、まあ、さてと。
それはそれとして、こうした行事で必須になるのが班分け。
修学旅行ともなると、生徒の間で相談して決めるみたいだけど……。
そこは一泊二日の小キャンプ。
行動時の男女混合班にしても、寝るときのテント分けにしても、クジ引きで決めることになった。
……まあね、結局修学旅行もこのクラスで行くんだから、この機会に色んな子と仲良くなっておこうってことで、それ自体はいいと思う。
でも……。
「……それで、なんでこーなるかなあ……」
あたしは思わず机に突っ伏していた。お兄がうちでよくやるみたいに。
なぜなら……。
「そりゃオレのセリフだってーの!」
「はっはっは、わたしのアリナへの愛は天運すら動かすのです!」
男女混合班は、それぞれ2人ずつの4人体制になるんだけど……。
なんの因果か、あたしの班には朝岡にアガシーという、いつもの2人がいたのだ。
なに? クラスの問題児トップ2人を一手に引き受けるとか、あたしが引率か!
喜多嶋先生もクラス委員のアキちゃんも、収まるべきところに収まった――みたいな、晴れやかな顔しちゃってるし!
そして、こんなめんどくさい班を引き当ててしまった、かわいそうなもう1人は――。
「……ん。よろしく」
「ああ、うん……よろしくね真殿くん」
物静かな声に、あたしもきちんと挨拶を返す。
……その名も、真殿凛太郎くん。
深窓の令嬢――ならぬ令息といった感じの、物静かでメガネの似合う、朝岡とは真逆な理知的な男の子だ。
ただ、気弱とかそういうのでもなくて、言葉数も少なくてあまり表情豊かでもないけど、見晴ちゃんとはまた別方向のマイペースというか……どこか浮き世離れした印象があって、とにかく物事に動じない。
正直、あたしもはっきりと人柄を把握しきれないんだけど……冷めてるとかイヤなヤツとかいうわけじゃない。
結構親切だし、いい人ではあるんだ……口数少ないし、表情に乏しいけど。
……あと、ここ東祇小で一番って言われるぐらいの美少年だったりもする。
女装とかしても、違和感ないどころかきっと似合いすぎるぐらいの。
ちなみにそんな真殿くん、朝岡とは付き合いが長いみたいで、わりと仲が良い……と思う。
一方的に朝岡が絡んでるだけっぽいけど、イヤがってる感じはないし。
性格も雰囲気も真逆だけど、それだけにかえってウマが合うのかもね。
「……うん、ある意味、真殿くんで良かったのかも……」
あたしのつぶやきに、真殿くんはメガネを整えながらアガシーと朝岡を見て、「ん」と応える。
「軍曹と武尊だから?」
「そーゆーことだね。
あたし一人じゃリード引っ張るの大変だから、手伝ってもらっていい?」
「ん」
「「 誰がワンコだ! 」」
キレイに唱和してツッコんでくる問題児2人。
なんだかんだでこの2人、気が合ってるんだよね……。
御する側にとってはメーワクな話だけど。
「……まあとにかく、リンタローもよろしくな!
うむ、ではこれからはマリーンと呼んでやろう! 名誉だな!」
「ん。よろしく軍曹」
アガシーのウザい絡みにも表情を変えることなく、平然とうなずく真殿くん。
あ〜……ホント、ちょっと悪い気もするけど、真殿くんで良かったなあ。
……っていうか、よりにもよって『海兵隊』って。
その字ヅラからは果てなくイメージ遠いんだけど……完全に響きだけで付けやがったなエセ軍曹……。
そして……そのあと、学校からの帰り道でも――。
「いや〜、しっかし、それにしても楽しみですねー!
もう、今から校門前で場所取りして待っていたいぐらいですよ!」
いまだ下がる気配を見せないテンションのままアガシーは、手に持ったしおりを振り回しつつ、迷惑なことを言っていた。
「学校行事に場所取りしてまで並ぶな。だいたいまだ4日もあるっての。
……って言うか、そんなに楽しみなの?」
タメ息混じりに何気なく、改めてそう尋ねると……。
アガシーは満面の笑顔で大きくうなずく。
「あっっったりまえじゃないですか!
みんなでお泊まりとか、今から鼻血が出そうなほどに楽しみすぎます!
……そ、そう、これを機に、あっちこっちのお布団に潜り込んで……ぐふふ」
「寝袋だからムリだけどね……って、ああもう、ホントに鼻血出てるから!」
あたしはティッシュを出して、アガシーの鼻血を拭ってあげる――〈人造生命〉ってちゃんと血も流れてるんだ、とか思いながら。
……ちなみに、寝るときのテント分けについては、見晴ちゃんもあたしたちといっしょだ。
「へっへへ~……ハ〜ミコン坊主が出っるぞ〜……っと!」
「だからそのキャンプじゃないって……」
いつも通りにツッコミながらも、子供みたいに(見た目はそうだけど)はしゃぐアガシーを見てると……。
あたしもなんだか、このキャンプが、思ってたよりずっと楽しそうに感じてきた。
……それでもやっぱり、肝試しだけはいらないんだけど。




