第92話 体育祭明けの2-A、風邪明けの2人
――昨夜はハイリアの発言に振り回され、朝もつい、亜里奈と結婚なんかについて話してしまった俺は……。
ちょっとそのままのんびりしてしまい、学校へ着いたのは結局、遅めの時間になったんだけど――。
「はーい、ちゃんと並んで下さいよー!
マネージャー通さずの直の交渉は御法度ですからねー!」
うちの教室前の廊下では、なにかの受付みたいに机を置いて、その向こうに座ったおキヌさんが、メガホン片手に声を上げていた。
そして、その前にはズラリと長蛇の列が。
……なんだコレ。文化祭はまだまだ先のハズなんだが。
加えて、並んでいるのは1年や3年も含む女子ばっかりで……。
なんかしかも、通りかかった俺に、カタキを見るような目を向けてくる方がチラホラいらっしゃるんだけど……。
正直、面倒なニオイがぷんぷんするので、早々に教室に逃げ込みたいところだったが……その並んだ人によって教室後ろ側のドアが通れないため、俺は仕方なくおキヌさんのいる前側へ、突き刺すような視線を存分に浴びながら向かう。
「お! 赤みゃん、おはよー!」
「おっす、おはよ。
――って、コレなにやってんの?」
おキヌさんは、並んだ女子の相手に忙しそうだったので……その後ろで手伝いみたいなことをしている沢口さんに聞いてみる。
「うん、マネージャー業」
「……ま、マネージャー?」
「いやね、ほら、体育祭でおスズ、大活躍したでしょ?
あれで非公式にファンクラブが作られて、そのメンバーが押しかけるわ、クラブがスカウトにやって来るわで、朝イチからおスズの周りがエラいことになって……。
で、おキヌが『窓口やる!』って言い出してね、こうなった――ってわけ」
「はあ〜……あれ? でもあそこのあのセンパイ、確か演劇部じゃなかったっけ?」
「クラブ、って言ったでしょ?
運動部だけじゃなく、文化部もスカウトに来てるんだよ」
「? 演劇部なんかはまあ、分かるけど……たとえば文芸部とか、わざわざ鈴守獲得してどうすんの?」
「……あのね、非公式にファンクラブが出来ちゃうぐらいだよ?
おスズが入部したら、つられて入部希望者殺到するに決まってるじゃない。
そして――分かるね?
生徒会から分配される部活動予算ってのは、当然、部員数に比例するんだよ……」
……せ、世知辛い世の中だなあ……。
「まあ、おスズは部活やるつもりは無いみたいだけどね。あの子の性格上、幽霊部員で名前だけ――ってのも無いだろうし。
家のことが忙しいって言ってたけど、それだけじゃなく……ねえ?
空いた時間があるなら、他に使いたいことがあるだろうしぃ?」
そう言って、沢口さんは薄笑いを浮かべつつ、半目でジトーッと俺を見た。
「……ま、そんなわけでね。赤宮くんは、さっさと教室に避難した方がいいね。
ほら、並んでるみんなから、『勇者死すべし』のオーラを感じるでしょ?」
「お、おう……ありがとう、そうする」
言われずともすでに、おっそろしいレベルの殺気を感じていた俺は、すごすごと教室に逃げ込んだ。
……まったくもって、女子って怖い……。
「おー、来た来た。勇者のご登校だぞみんなー」
「おーっす、勇者!」「勇者くんおはよー!」「おはよ、赤宮勇者!」
――教室に入るや、わざとらしく、いちいち『勇者』ってつけて挨拶してくれるクラスの連中。
まあ、うちのヤツらはだいたい今日いっぱい、ノリとお遊びで呼ぶぐらいだろうが……。
この呼び名、実は想像以上に学校中に広まっていると、登校して驚いた。
校門にいた生活指導の先生からして、すっごい良い笑顔で「お、勇者、おはよう!」……だもんなあ。
あとはまあ、他のクラスの知り合いとか……果ては面識の無い下級生にまで「勇者センパイおはようございます!」とか、にこやかに挨拶されるのである。
まったく……いやまあ、実は呼ばれ慣れてるからいいんだけどさ。
「……あ、赤宮くん、おはよう!」
絡んでくるクラスメイトに適当な挨拶を返しつつ、自分の席へやって来た俺を迎えてくれたのは――元気な笑顔の鈴守だった。
どうやら、体調は良くなったようだ。良かった。
「おはよう鈴守。元気になったみたいで良かったよ」
「うん、赤宮くんのおかげで。
赤宮くんの方は……うん、そっちも大丈夫そうやね」
「ああ、鈴守に言われた通り、ゆっくり休んだからさ」
……ホントは、シルキーベルと思いっきり打ち合いやってたんだけどね……。
当然、そんなことはおくびにも出さず、にこやかに言って俺は席につく。
「しっかし、スゴい人気だよな……鈴守。驚いた」
俺が廊下の方を見ながら言うと、鈴守は眉尻を下げて小さくうなずく。
「う、うん……ウチも驚いた。
おキヌちゃんおらんかったら、どうしたらええか分からへんかったと思う」
「――おキヌがああやって窓口始めるまで、ひっきりなしに人が来てたもんなー」
そう言って、俺たちの話に入ってきたのはイタダキだ。
……あ、いや、それはいいんだけど……。
なんでコイツ、血涙でも流しそうな勢いで肩を震わせてるんだ……?
「そう、女子たちがひっきりなしに……っ!
中には、ラブレターなんて持ってくる子もいてよぉ……ッ!」
「……そ、そうか……」
うん、まあ……気持ちは分からんでもない。
――というか、よく見ればイタダキに釣られるように、男泣きしてるヤツがチラホラいるなあ。
そのラブレターが一つでも、なぜ自分のもとへ送られてこない……! とか、そういことだよなやっぱり。
相手が女子の鈴守だから、怒りも向けようがないしなー……。
「あ、でもそれって、どっちかっていうと、ファンレターとかじゃないのか?」
「――うらやましいのに変わりはないッ!!」
……ああ、うん……すまん。
でも、スゴくイイ声張り上げて、そういうこと宣言するなよ……。
「まーな、そんな超人気者を嫁としてゲットした、憎むべきリア充のキサマには分かるまいがな、この勇者め!
チッ、どーせ勇者なら、『せかいのはんぶん』の方をもらっときゃいいものを……!」
「それ、くれっつってももらえねーけどな」
捨てゼリフを吐いて離れるイタダキを、さらにシッシッと追い払う俺。
対して鈴守の方は律儀にも、愛想良く小さく手を振っていた。
イタダキはイタダキで、当然こちらにはちゃんと手を挙げて応える。
……まあ、ここで鈴守の挨拶を無視とかしやがったら、俺がミサイルキック食らわせるけどな。
机の上から。
「……そう言えば……赤宮くん目当てのスカウトも来てたみたいやで?」
「え……そうなの?」
ふむ……。
鈴守に比べりゃ、俺の活躍は地味目――だったような気もするんだけど。
「うん、きゃた――足立センパイ」
「………………」
よりにもよってあの人かよ。
「赤宮くん、気に入られたんちゃうかな?」
――思わずずっこけそうになった。
えぇー……マジで……?
あのセンパイのことだから、からかいに来ただけのような気もするけど……。
鈴守は穏やかに微笑んでるけど、いっそ、鈴守の心を掻き乱すデマを流しやがった張本人はあのセンパイだって、バラしといた方がいいんじゃないかねコレ。
まあ……そうしたところで、鈴守のことだ。あっさり許しちまうんだろうけど。
「でも、それもこれも、おキヌさんがさばいてくれてるんだろ?
一応、本人に話は通す――って形で、一手に引き受けて、俺たちが断りやすいようにしてくれてるわけだよな? それに、鈴守のファンになったって子の対応も。
うーん、頭が下がるなー……」
なんだかんだでおキヌさん、体育祭で俺たちのことを煽った責任を感じてるんだなあ……とか思ったら。
鈴守が苦笑混じりに、ポケットから折りたたまれたチラシを取り出す。
「おキヌちゃんはそんな甘ないよ。
――ほらコレ」
渡されたチラシを開いてみると――。
〈絹漉豆腐店〉のものだった。
このチラシを持参すると、お会計が3割引になるらしい。
「このチラシをもれなく、並んでる人らに渡してるみたい。
……要するに、こうなることを計算してた、ってわけやね」
「………………」
そう――そうだよな。
おキヌさんって、そういう人だよな……。
このたくましさ、異世界行ってもやっていけるよきっと。
経験者が太鼓判を押してやるよ……。
「……あ、それでな、赤宮くん。
あの……昨日言うた、ウチが〈巫女〉として手伝わなあかん祭事のこと……覚えてる?」
そう話を変える鈴守の顔は、ちょっと真剣になっていた。
自然、俺もその様子にならう。
……〈巫女〉として手伝う祭事っていうと、昨日、鈴守が話してくれた『家業』のことか。
その祭事のために、鈴守は関西からこの広隅にやって来て……そして準備で、いろいろと忙しくしてるみたいだけど……。
「もちろん覚えてる。けど、それが――って。
あ、もしかして、俺に何か手伝えることがあったとか?」
そうだったら嬉しいと、勢い込んで尋ね返すも……。
鈴守は、すまなそうに首を横に振った。
「あ、ううん、ゴメン、部外者は関われへんから……。
ゴメンな、気持ちはすごい嬉しいねんけど……」
「ああいや、いいんだ。
……しょうがないよな、そういうものなら」
「うん、ホンマにゴメン……。
ほんでな、もう一つゴメンなんやけど……。
ウチ、まだまだ〈巫女〉やる上で未熟みたいで……やから、ちょっとでも訓練――ううん、練習の量増やそうって思って……」
「それって――」
「うん……いっしょにお出かけしたりする時間、減ると思う……ゴメンやけど……」
本当に申し訳なさそうに、うなだれる鈴守。
「そ、そっか……」
ハッキリ言おう。言ってしまおう。
……ガックリきちゃって、泣きそうだ……。
だけど……それは、鈴守もそう思ってくれているわけで。
だからこんな顔をするわけで。
そして、その上で、それでも大事なことだからと、家業を疎かにしないことを決めたわけで……。
なら――俺が、女々しいことぬかすわけにはいかないだろ。
ここで俺が、俺こそが、元気付けてあげなきゃいけないだろ……!
俺は、しょんぼりしている鈴守の頭に手をやって……そっと撫でつつ。
空元気を総動員して、思いっきりにこやかに笑ってみせた。
「いいよ、そんな気にしなくて。
そりゃあ、ちょっとは残念だけどさ……こうして学校で会えるんだし。
それに、その祭事が無事に済んだら、それから思い切り時間を使えばいいだけだろ?」
「うん……うん、ありがとう……!
――ウチ、頑張るから……!」
――ほっとした様子で、笑い直してくれる鈴守。
そしてそうかと思うと、ぽむ、と何かを閃いたように手を打つ。
「あ、そうや! 赤宮くん、今週末空いてる?」
「? ああ、まあ……用事らしい用事はなかったと思うけど」
「今週末は、ちょっと時間もあるし……昨日のお礼に、赤宮くんのおうちにご飯作りに行ったりしたら……あかんかな?
――ほら、体育祭のお昼のとき、亜里奈ちゃんと、いっしょにお料理しようって約束したし……い、いきなりで迷惑かもやけど、いつ時間取れるか分からへんし……」
「いや、いやいや! 迷惑なんて、そんなわけないって! ただ――」
……そう。それはすごく嬉しい申し出だ。
俺だけじゃない、亜里奈も喜んでくれると思う――あ、もちろんアガシーも。
だけど――。
今度は、俺が手を合わせて謝る番だった。
「ゴメン、今週末って……。
亜里奈たち、学校行事で一泊二日のキャンプに行っちゃってるんだよ」