第90話 その夜の、魔法少女の光景――そして
「……しっかし、良く食うなあ、千紗……」
「だって、お腹空いたんやもん……!」
おばあちゃんが作ってくれた野菜炒めをおかずに、ウチはお茶碗いっぱいのご飯を平らげていく。
……実はもう2杯目。
――今夜の戦いで……。
もう満身創痍になって、明日の学校は休むしかないかな――とか、クローリヒトと打ち合いしてるときは思ってたんやけど……。
気付けば、戦いも終わって家に帰り着く頃には――なんか、出かけるときより身体が軽いぐらいで。
あらためて熱を測れば平熱やし、ロクにご飯食べてなかったんを記憶と身体の両方が思い出して、いっぺんに空腹感に襲われたウチは……。
こうして、遅い夕食を満喫することになってた。
それにしても、大人しく寝てるより、戦ってる方が治りが早いとか……。
なんていうか、因果な話やなあ……。
……って、違う違う。
そんなん、それよりまず、赤宮くんが看病してくれたからに決まってるやん。
そうや、赤宮くんも……帰り際、用事がある言うてたけど、その後ちゃんと帰って大人しく寝てくれたんかなあ……。
……うん、もちろん、元気になっててくれたら嬉しいけど……。
でも、明日もまだ快復してへんみたいやったら、それはそれで、今日のお返しに今度はウチが看病出来るからいいかも……とか、ちょっと不謹慎なことを思ったり。
「まあ、アンタは昼に赤宮くんが作ってくれたおかゆを食べたきりだったか。
……そう言えばアレ、アンタが残した分、もったいないからアタシがいただいたけど……思った以上に良く出来てたな。
タダのおかゆじゃなく、茶がゆってところもなかなかニクい」
「そうやんな? うん、ホンマにおいしかったなあ……」
ウチが、赤宮くんが作ってくれたおかゆの味を思い出しながらうなずいてると……おばあちゃんが、何かニヤニヤ笑ってた。
「『あーん』て、してもらったか?」
「!! し、知らんし、そんなん!」
「ほう……じゃあ、『ちゅー』はどうだ?」
「すすす、するわけないやん! 風邪伝染るし!」
「ふむ……やっぱりそこ止まりか……」
予想通りだな、とか、なんか微妙に引っかかることをつぶやきながら、おばあちゃんは今度はスマホを操作してる。
「……なにやってんの?」
「ん? ああ、おキヌちゃんに報告をな」
「――――なんで!?」
「いやー……『アタシには知る権利があるッ!!』って、堂々と胸張って言われちまったからねえ……動画でだけど。
ああ、赤宮くんのおかゆがナイスな出来だったことも付け加えとくか」
「……ううう……」
おキヌちゃんに……。
自分の赤宮くんへの想いを断って、その上でウチらを応援してくれてる――そんなおキヌちゃんにそう言われたら……。
うう……反論出来へん……。
「……ふむ、これでよし」
ホンマに、歳いくつなんやろ……って思う速さでスマホを弄り終えたおばあちゃんは、複雑な顔してる(……と思う)ウチに気付くと、剛毅に笑った。
「まあ、それはさておき、ああしておかゆがウマく作れるってことは……だ。
赤宮くん、小さい頃から亜里奈ちゃんを看病したりもしてたんだろうな。
――良いお兄ちゃん、ってワケだ」
「それは……うん、そうやと思う」
ちなみに……。
赤宮くんの実家が、おばあちゃんお気に入りの、あの〈天の湯〉で……。
つまりは赤宮くんが、おばあちゃんの魔法少女談義の同志たる亜里奈ちゃんのお兄ちゃんや――ってことは、さすがに昨日の打ち上げの話の流れでバレた。
まあ、だからどうした、ってワケでもないけど……。
そう言えばおばあちゃん、それを知ったとき、なんかしきりに納得してたっけ。
「そうだ千紗、アンタも『お兄ちゃん』とかって甘えてみるのはどうだ?
体格差的には、ちょうどそんな感じだし」
「ややや、やらへんよそんなん!
ウチら、完全な同い年なんやし!」
お茶を吹き出しそうになりながら、ウチは全力で否定する。
……そう。
運命的て言うか、実はウチと赤宮くんは誕生日――どころか、聞けば生まれた時間までほぼ一緒やったりする。
いや、うん、でも……さっき全力で否定したんは、だから、っていうか……。
むしろ、『ちょっとええかも』とか思ってもうたから、っていうか……。
ウチ一人っ子で、お兄ちゃんとか憧れてたし、実際赤宮くん、身体の大きさだけやなくて、精神的にもなんかちょっと大人っぽいって言うか、年上っぽい感じがするし……。
だから、うん、ここでキッパリ否定しとかへんと、なんかヘンな誘惑に駆られてまうんちゃうかって……!
「……ごご、ごちそうさまっ!」
――残りのご飯をいっぺんに掻き込んで、食器を重ねたウチは席を立つ。
結局、野菜炒めと、炊飯器に残ってたご飯をキレイに完食したウチは……。
流しで食器を水につけたその帰りに、冷蔵庫から抹茶プリンを取ってテーブルに戻った。
赤宮くんが、今日、お見舞いに買ってきてくれたものだ。
「……やれやれ、あれだけ食ったすぐ後だってのに……甘いモノは別腹ってかい? 女子だねえ」
「女子やもん。それに、せっかく赤宮くんが持ってきてくれたんやし、美味しいうちにいただかなもったいないやん」
「まあ、それはもっともだ。
……よし、今日のデータ整理が終わったら、アタシもいただこうかねえ」
言って、おばあちゃんは傍らに置いたパソコンを見やる。
ウチからは見えへんけど……そこに映ってるのは、今夜の戦いの映像のはず。
〈救国魔導団〉の〈ポーン参謀〉に、〈クローナハト〉……。
それに、クローナハトの使った『魔法』……。
今夜あったことは、さっき直にウチからも話したけど……。
おばあちゃんは、クローナハトの『魔法』も、サカン将軍のそれみたいに、こことはまったく別世界のものなんちゃうか、って考えてるみたい。
別の世界――とか、あんまりピンと来えへんけど……。
ウチら鈴守一族が祓ってきた〈呪〉には、この世界の存在やないのも含まれてるらしくて……そういうのがある、っていうのは、一応一族の中では周知されてるみたい。
もっとも、時々接点が出来て、こっちに何かが紛れ込んできたりすることがある――ってぐらいで、別世界について、そこまで詳しく分かってるわけでもないみたいやけど……。
「宗家の上の方の長老どもになれば、実際どうだか知らないけどな」
おばあちゃんは、珍しく険しい顔でそんなことも言うてたっけ。
組織上層の秘密主義は、うちの宗家も変わらへん、みたいに。
どっちにしても、そういう交渉ごとはおばあちゃんに任せるしかないし……。
だいたい〈世壊呪〉を祓うって大目的があるのに、必要な情報を隠して邪魔するとも思われへんから……。
結局、ウチは余計なコトは考えんと、やれることを一生懸命やるしかないねんけど……。
でも……その『やれること』が……。
――ウチは、今夜の戦い、ロクになんも出来へんかったことを思い出して、ついつい唇を噛む。
ポーン参謀も一筋縄ではいかへん感じやったけど……特に、クローナハトの強さが圧倒的やった。
なんか、したたかな感じもしたし……クローリヒトだけでも強敵やのに……。
「……おばあちゃん……」
――ウチ、ホンマに勝てるんかな。お役目果たせるんかな……。
ふっと、そんな弱気が口を突いて出そうになって……。
でも、うつむいた先にある、抹茶プリンの碧色を見た瞬間。
これをウチのためにって買ってきてくれた、その人のことを想った瞬間――。
ウチは――その弱気を。
噛み砕いて、すりつぶして……いっぺんに呑み込んでた。
「……どうした? 千紗」
「ううん、ウチ……明日から、もっと訓練とか頑張るな。
ほんで、クローリヒトたちにも、〈救国魔導団〉にも負けへんようになって……!
それでゼッタイ、〈世壊呪〉を消し去って――お役目を果たすから!」
「……ああ、その意気だ。大丈夫、アンタは負けやしないさ。
能丸だって頑張ってくれてるし……。
なにより、正義は勝つって、古今東西、相場が決まってンだからね」
ウチの……これまでも何回もおんなじようなことは言うてきたけど、改めての決意表明に、おばあちゃんは冗談交じりの応援を返してくれる。
それを受けたウチを、さらに後押ししてくれる気がして――。
赤宮くんがくれた抹茶プリンを、口いっぱいに頬張る。
思ったとおり……。
それはとっても甘くて、優しくて。
そして、冷たいのに――胸の奥が、ほうっとあったかくなった。
* * *
――その頃……。
人気のないオフィス街の外れに、一つの人影があった。
「……まさか、汚染が止められるなんて」
街灯からも、月の光からも外れた、うずくまる闇の中――。
黒く昏く溶け込んでいながら、しかし確かな存在感を放つそれは、小さく嘆息した。
「……仕方ないか……」
ぽつりと闇を揺らした、その一言とともに。
なおも昏い深淵が、夜の奥から染み出してくるように……。
人影の手の中には、禍々しい槍めいたものが、じわりと宙に姿を顕し――。
そしてそれは、硬く整備された道路を――まるで水面のごとく、波紋すら広げてするりと抜けて……大地に沈み込んでいく。
「〈世壊呪〉……か」
槍が地に呑まれ、波紋が収まるのを見届けると。
人影もまた、初めから存在していなかったように――。
夜の向こうへと、静かに姿を消した。