第89話 その夜の、〈救国魔導団〉の光景
「……ただいま~」
すでに閉店して、主立った明かりは落ちている〈常春〉の店内――。
一つだけ灯った明かりの下、テーブル席では、エプロンを外したお父さん、黒井くん、質草くんの3人が顔を突き合わせていた。
「ちょっと遅いぞ鳴。それならせめて連絡を入れなさい――って、まさか……!
おお男の子と、いい一緒だったりしたとかかか――!」
「ないから。
……コーヒーこぼさないでよ? お父さん」
驚愕の表情を浮かべつつ、コーヒーカップをカタカタと揺らすお父さんに、わたしは即座に否定してあげる。
世の中の、娘を持つ父ってみんなこうなのかなあ……いや、そんなワケないか。
でも、これでホントにわたしに彼氏が出来たりしたらどうなるんだろ。
なんせ一応は〈元・勇者〉だからなあ……。
本気(?)出すと迫力とかスゴいと思うんだけど……フツーの男の子が耐えられるのかなあ……。
………………。
……なんか、赤宮センパイなら大丈夫な気がする。
なんとなくだけど、お父さんに似た雰囲気があるからね……。
……ってことはセンパイ、いずれお父さんみたいに、異世界に勇者として喚び出されちゃうかも。
そうなったら、きっとわたしなんて、他のどんな女の子よりも事情を理解してあげられるから、おっきなアドバンテージになりそうなんだけどなあ……なんて。
「遅くなったのは、美汐とついつい話し込んじゃったからだよ。
でも、まあ……ゴメン、電話ぐらいすれば良かったね」
わたしは正直に言って、素直に謝っておく。
ちょっと遅くなったぐらいであんまりうるさく言わないでほしいって、そんな反抗心もあるにはあるけど……。
今は白城家の問題っていうより、〈救国魔導団〉としての話し合いの場みたいだしね。
わたしには戦うようなチカラもないし、何が出来るってわけでもないけど……今日なんかは質草くんが『活動』に出ていたのに、わたしはクラスの集まりって遊びに行ってたんだから、ここでさらに「うるさく言わないで」ってキレるなんて、いくら何でもワガママがすぎると思うし。
「それで……どうだったの? 今日の『活動』」
わたしは、作り置いてあったコーヒーを勝手にカップに注ぐと、テーブルの方を向いてカウンター席に座る。
「うーん……恥ずかしながら、結論から言えば『失敗』でした」
苦笑混じりに答えたのは、まさに今夜、虎型魔獣のトラちゃん(命名、わたし)と『活動』に出ていた質草くんだ。
先にお父さんたちに話してるはずだけど、改めてわたしにも、今夜起こったことを丁寧に教えてくれる。
――その話を聞いて、わたしが真っ先に思ったのは……。
質草くんにもトラちゃんにも大事がなくて良かった、ってことだった。
まあ……質草くんはいわゆる〈吸血鬼〉だから、特に夜なら、普通の人だと重傷ってぐらいのケガをしても、すぐに治っちゃうんだけど。
ちなみに、ゲームとかだと〈吸血鬼〉は不死者だったりすることが多いけど、質草くんは別にいっぺん死んでるとかじゃなく、単なる〈種族〉としての〈吸血鬼〉だ。
あと、便宜上性質が近いからってそう呼んでるだけで、別に人の血は必ずしも必要ってわけじゃないみたい。
「でも……クローナハト、かあ……」
話を聞く限り、クローリヒトって一人で行動してるイメージがあったから……。
確かに、今になって味方が出てくるのって意外だったなあ。
しかも、結構な手練れみたいだし……。
「チッ、まったく、どいつもこいつもクロ、クロって……。
いちいちキャラ被せてくるんじゃねえっての……」
……文句言うトコそこかよ、黒井くん。
「しかし、クローリヒトが私と同じくメガリエントの縁者だとして……。
そのクローナハトが使ったのが、メガリエントのものとは明らかに別種の『魔法』だったということは……」
「ええ。彼らもボクらと同じく、まったく別の異世界に縁のある者同士が手を組んでいる……ということではないでしょうか」
お父さんの発言に、意見を合わせたのは質草くん。
わたしも、聞いてる限りそうだと思うけど……それならなおのこと、お父さんの――わたしたちの理想に共感してくれても良さそうなのに。
〈世壊呪〉って――結局のところなんなんだろう。
『意志を持つ』って感じのことをクローリヒトが言ってたみたいだし、彼らの知ってる人……とかなのかな。
それなら確かに、必死に守ろうって思うだろうし。
でも……わたしたちは、わたしたちが守りたいものの国を――〈楽園〉を築くために、それを犠牲にしなきゃいけなくて……。
……………………。
うん……そうだ。
お父さんだって、〈元・勇者〉なんだ。
誰かを――何かを犠牲に……なんて、したいわけないのに。
それでも、理想のために――って、覚悟を決めた。
だからこそ、質草くんや黒井くんも力を貸してくれてるんだ。
だから――わたしも。
何が出来るってわけじゃないけど……せめて、その信念っていうか、そういうのだけはブレないようにしなきゃ……。
みんなに、迷惑をかけたりしないように。
「……とりあえず、〈世壊呪〉については、もう少し詳しく調べてみた方がいいのかも知れないな。
あと、西浦くんにも連絡しておこう。彼の方から、情報がもたらされる可能性もある」
「そうですね……〈世壊呪〉の正体がハッキリすれば、そこからクローリヒトたちのことを探れるかも知れませんし」
「うぇ……調べ物とかニガテなんだがな……」
お父さんと質草くんの会話に、黒井くんも乗っかるけど……。
「「 黒井くんは――ダメだ 」」
お父さんと質草くんのダメ出しが、ものの見事にカブった。
「……な、なんでだよ」
「大学の方、ちょっとマジメに行けってことですよ。
後見人としてさんざんお世話になってるおやっさんの顔に泥を塗る気ですか?」
「……ぐ……っ」
タメ息まじりの質草くんに詰め寄られ、ノッポの黒井くんが小さくなる。
「少なくないお金だってかかってるんですよ? 分かってますか?」
「……わ、わーってンよ……!」
「……まあね、もし、本当に行きたくない、他にやりたいことが出来た――って言うなら、私も無理強いはしないとも」
お父さんが、穏やかな声を差し挟んだ。
「だがね、〈救国魔導団〉の活動は、キミたちも含めた、異世界からの漂流者の未来を作るためのものだ。
だからこそ、こちらの世界でこの先生きていくための手段の一つになる学業は、出来れば修めておいてほしいのだよ。決してムダにはならないはずだからね」
「わ、分かってますよ、おやっさん……。
なんつーか……すんませんっした……!」
黒井くんが頭を下げる。
〈人狼〉としての本性を出してないから、今は無いけど……もし尻尾が出てたら、きっとそっちもショボンと下がってることだろう。
……ホント、黒井くんは昔っから、お父さんには素直だなあ……。
……ん? 待てよ?
そうだ、学校って言えば、わたしも……。
ふっと……とある、ありがたくない予定が思い浮かんだわたしに――。
気付けば、質草くんがさわやかな笑顔を向けてきていた。
「お嬢も……そろそろ期末テストでしょう?
夏休みを満喫するためにも、頑張って下さいね?」
――勉強が出来る人のその余裕に、ちょっとイラッとしちゃったってことは……ナイショである。




