第88話 それでも。だからこそ。勇者のやることは変わらない
――亜里奈が。
亜里奈こそが、〈世壊呪〉……?
「おいおいテメー、ゴルぁ!
言うに事欠いてなんつーことを――!」
弾かれたように、ハイリアに掴みかからんばかりの勢いで立ち上がるアガシー。
一方、俺は――。
俺は、自分でも驚くほど冷静に……。
そんなアガシーの肩に手を置いて、座らせていた。
「ゆ、勇者様……っ!」
「――間違いないのか?」
再度確認を取る俺に、ハイリアは小さくうなずく。
「実際に余は、亜里奈の内側でチカラの流れを見ていたわけだからな」
「…………そうか」
それだけ答えて、俺もうなずき返した。
「う〜……! ぐぬぬぅ〜……!」
俺に肩を押さえられたアガシーも、歯ぎしり混じりに恨みがましい呻きをもらすが……それ以上、否定もしないし暴言も吐かない。
……恐らくは、アガシーにも思い当たるフシがあったんだろう。
逆に言えば、だからこそさっき、反射的に否定したに違いない。
そして……アニキの俺が冷静でいる以上、わめき立てるわけにもいかないと、必死に文句を飲み込んでいる……そんな感じか。
どうしたって結局、無為な八つ当たりにしかならないしな。
……はっきり言えば、俺だって――理解はしたが、納得してるわけじゃない。
なんでよりによって亜里奈なんだと、全力で文句を言いたい気持ちもある。
もし誰かが決めたことなら、その誰かをブン殴ってやりたいぐらいだ。
だけど――。
「……どのみち、俺のやることは変わらないんだよ、アガシー」
荒ぶる気持ちは抑え込み……俺は、アガシーの頭を丁寧になでてやった。
「…………勇者様」
「〈世壊呪〉が、ハイリアでも、亜里奈でも……仮に知らない誰かであっても。
問答無用で滅ぼすことも、人柱にすることも、俺は許さない。
もっとちゃんとした、誰も犠牲にしない解決策が見つかるまで――俺は〈世壊呪〉を、クローリヒトとして守り続ける。
……結局、そのことに変わりはないんだ。
そうして最善の方法で解決すれば……それですべてが丸く収まるんだ。
だから――」
改めて、今度はハイリアと視線を交わす。
「俺は、受け入れる。そうして――。
亜里奈が〈世壊呪〉なら――世界を滅ぼしかねない存在だっていうなら。
その呪縛から解き放つために……そして、そのときまで。
俺は亜里奈を守り、戦い続けるだけだ。
もちろん――」
続いて、今度はニッと笑ってやる。
「ちゃんと、フツーに高校生やりながらな!」
ハイリアは、そんな俺をしばらく睨め付けた後……。
声を上げて、大笑いした。
「――そうだ、そうでなくては……!
余が認めた勇者は、そうでなくてはならん!」
「……はあ。そう、そーですよね、これがわたしの勇者様。
赤宮裕真その人でしたよね〜……」
アガシーも、これ見よがしにタメ息なんてついてるが……その表情は緩んでいた。
「――それじゃあ、だ。ハイリア。
お前、〈世壊呪〉について、他に分かっていることとかあるのか?
どうすればいいとか、対処法なんかは?」
改めて俺がそう話を向けると、さすがに少し残念そうに、ハイリアは首を横に振る。
「〈霊脈〉の汚染に伴い、亜里奈に〈闇のチカラ〉が流れ込んでいる――それは事実だ。
しかしそれが、結果として亜里奈をどうするのか……までは分からん。
良いことにならぬのだけは確かだがな。
そしてその本質が未だ見えぬ以上、具体的な対処というのも今のところは考えようがない。
ただ、『呪いのチカラを高めることで〈世壊呪〉を現出させる』……〈救国魔導団〉にしろシルキーベルにしろ、そのような話をしていたということは、亜里奈に闇のチカラを流さないようにするというのは、ひとまずの対処として有効ではあるだろう。
〈呪疫〉も、〈世壊呪〉たる亜里奈を目指す傾向があるようだし……〈霊脈〉の汚染を止め、〈呪疫〉を処理することがまず第一だろうな」
「むぅ……とりあえずは、今まで通りのことを続けて様子を見るってところか……。
並行して、情報も集められればいいんだけどなー……」
枕元に置いていたペットボトルのスポーツドリンクで唇を湿らせ、一息つく。
熱がぶり返すかも、って思って持ってきてたんだけど……なんか別の意味で熱が出そうだ。
「なんです? 結局、現状維持とか……デカい態度のわりに役に立ちませんねマッタク。
……ってか、そう言えば、アリナの中から出る予定だったんじゃないんですか」
テーブルに頬杖を突いたアガシーが、口を尖らせる。
……ああ、そう言えばそうだったな。
亜里奈イコール〈世壊呪〉って話が強烈すぎて、ちょっと思考の隅に行ってたけど……。
「そうだ。……先も言ったが、余が亜里奈と同化しているうちは、流れ込んでくる闇のチカラは余が引き受けてやれるのだ。
だがそうすると、今度は余の存在が強くなりすぎて、亜里奈の魂を圧迫しかねない。それはそれでやはり危険だ。
……ゆえに余は、そろそろ亜里奈と分離するべきだと考えている」
「……ぐ、ぐぬぬぬぅぅぅ〜……!」
……おいアガシー……。
ハイリアが、亜里奈と一蓮托生みたいなこと言っててくやしいんだろうけど、テーブルをガジガジ囓るなよ……。
だいたい、この話振ったのお前だろうが……。
「……で、手段は? 分離しようと思ってすぐ出来るモンなのか?」
「そのあたりは抜かりない。
もともと、〈封印具〉への封印を受け入れた時点で、余の実体はもちろん、チカラもかなり失われたわけだが……」
「――え? ちょっと待て……お前の実体が失われる!? 聞いてないぞ!?
なんだよ、そんなことなら封印なんて――ッ!」
思わず身を乗り出す俺に、ハイリアは落ち着き払った声で応える。
「――落ち着け勇者。余は封印の際、『大丈夫だ』と言ったであろう?
なんのことはない、代わりの新しい肉体――要は依り代があればいいだけのことだ。
そして――それはもちろん、用意してある」
続けて、チラリとアガシーを見るハイリア。
当のアガシーは……なぜだか、スゴいイヤそうな顔をしていた。
「ええぇ〜……?
アレは、わたしがまた別の形態にチェンジするのに使おうとストックしてたのにぃ〜……」
「ほざけ。そもそもキサマらのアイテム袋にアレを忍ばせたのは余だぞ?
図々しくも横領する気だったのか、聖霊?」
「なんです?
所有権主張するぐらいなんだから、名前でも書いてあるってンですか?」
「……書いてあるぞ? 見てみるがいい、足の裏を」
俺には何を言ってるのかサッパリだが、ハイリアに言われたアガシーは引きつった顔でうつむきがちに押し黙る。
そう、俺とアガシーが共通で利用出来る、あの異次元アイテム袋の中を覗いているようだが……。
――やがて。
「がっでむ! マジですかコンチクショー!」
天を仰いで、これでもかってほど大ゲサに嘆いた。
「……で、結局お前らはなんの話をしてるんだよ?」
「〈人造生命〉だ、勇者よ」
ハイリアが、アガシーとは対照的にフフンと笑みながら答える。
どうでもいいが、亜里奈の顔でアガシー相手にこの表情すると、違和感ないなー……。
「そこの聖霊を見る限り、お前たちももともと一つは持っていたようだが……。
余も封印される前に一つ、お前たちのアイテム袋に同じ物を忍ばせておいたのだ。
――どう使うつもりだったかは……言わずとも分かるな?」
……なるほど。
アガシーが『赤宮シオン』となるのに使ったように……。
ハイリアもまた、〈人造生命〉で新しい身体を作ろうってわけか。
「……というわけで、聖霊よ。
〈人造生命〉を少しでも早く成長させるのに、キサマの手を借りるぞ?」
「あぁ~ン!?
ぬぁ〜んで、このわたしが、アナタなんかにきょーりょくしてやんなきゃいけないんですか!
ナメたことぬかしてっとドタマに風穴開けるぞ! がるる!」
「……ではその分、より長く、余は亜里奈と一つになっているが……構わんな?」
――ニヤリと、いかにも悪そうな笑顔を浮かべるハイリア。
あー……こういうトコ、なるほど〈魔王〉だなー、とか思っちまうなー……。
まあ、魔王の脅迫って言うには可愛いもんだろうけど。
そして……対するアガシーは。
「ンギギギギギぃ…………!」
なんつーか、ハッキリと聞き取れないが、間違いなく呪詛であることだけは分かる、亡者のような呻きをもらしながら……。
血涙とともに(いや実際は流してないけど)テーブルをガリガリと引っ掻いていた。
……って、ホラー映画の怨霊かお前は。
「わ、わ、わがりまぢだよぅ……!
でづだっでやりまずよ、ぢぎぢょー……!!」
「うむ、大儀である」
大仰に言って、ハイリアは満足そうに、アガシーの頭をなでてやる。
……きっと当然のように、それが亜里奈の身体だから、払い除けられたりしないのを計算に入れた上で。
おーおー、アガシーがまた、嬉しいやら憎々しいやらで悶えてるよ……。
「まあ、なんにせよ良かったよ。
……肉体が失われてるって聞いて、さすがにちょっと焦ったしな……」
「もちろん余とて、せっかくやって来たこちらの世界を満喫したいからな。
――実体がなければ、亜里奈を娶ることも出来ぬのだし」
ハイリアも上機嫌だ――――って、ん?
今……コイツ、なんて言った?
アリナヲメートル? なにそれ? 新しいドリンク剤?
へ~、そんな新商品あったんだー……。
………………………………。
………………って、ンなわけあるかぁっ!!!
「「 おい、今なんつったテメー!!! 」」
俺とアガシーの怒鳴り声が、ものの見事にシンクロする。
が……ハイリアは涼しい顔だ。
涼しい顔で、いけしゃあしゃあと、もう一度繰り返す――。
「うむ。だから、亜里奈を娶ると――」
「「 誰が!!! 」」
「余が」
「「 誰をッ!!! 」」
「だから、亜里奈を」
「「 どーーーするっってぇぇっ!!?? 」」
「しつこいな。妻に迎えると」
「「 つつ、つ、つぅまぁにぃーーーっっ!!?? 」」
「ああ……年齢のことか?
安心しろ、余もこの世界で生きる以上、こちらのルールは守る。
惹かれたとはいえ亜里奈はまだ子供、ちゃんと成人まで待つとも」
「「 そそそそーーゆーー問題じゃねぇーーんだよぉぉっっ!!! 」」
結局、通算、6度目にいたるまで――。
俺とアガシーの絶叫は、ものの見事に重なり合うのだった。