第7話 仁王立ちパチキカウンター……略してNPC
――飛び込んだ結界の中の光景は、外とほとんど変わりがなかった。
つまるところ、今までいた公園の広場そのもの、といった感じだ。
どうやら、もともとの空間の存在次元を微妙にズラす――そんな形式の結界らしい。
……人に聞かれたら、何を言っているのかさっぱり分からんと怒られそうだけど……俺もその道の専門家じゃないから、ウマい言い方がなあ……うーん。
まあ、要は、見た目こそ公園のまんまでも、一種の別世界だから、ここでどれだけ暴れようと元いた公園には何の影響も出ないってことだな。
もちろん、外部からの影響もまた然り。
「さて……と」
改めて、俺という突然の侵入者に驚いたのか――後ろ足で直立する巨大な魔獣に向き直る。
……こうやって見るとコイツ、クマみたいだな……。
ただあいにくと、ハチミツよりは滴る血の方がお好きそうな、いかにも凶暴で残虐っぽいよろしくない風貌をなさっておられるが。
《……ま、見た目の悪さについては、クローリヒトモードの今、よそ様のこと言えませんけどね》
(そーゆーことだな。
ゆえに、とりあえずは対話を試みるべきというわけだ)
「おい、そこのクマっぽいお前さんよ。
――俺の言葉が分かるか? 話せるか?」
一応、いきなり戦闘する気はないと言う代わりに、聖剣は下げ持って話しかける。
まあ……一番良いのは、そもそも剣を引っ込めとくことなんだろうが――。
そうすると、聖剣の自動回復効果を失った俺は、体力減少の呪いで話し合いの最中にダウンしかねんからな。仕方ない。
……さて、当のクマさん(便宜上そう呼ぼう)は、話しかけた俺に問答無用で襲い来るでもなく、しばらく様子をうかがうようにこちらをニラみつけていたが……。
やがて、ゆっくりと大きく口を開いた。
なんだ……ホントに話せたのか?
俺が、そう感心したその瞬間――。
ブフォーーーッ……!
クマさんの口から放たれたのは、言葉ではなく――。
霧というか煙幕というか、そんな感じの……食らうと極めて不愉快な気分にさせられる息吹だった。
「…………(ムカ)」
これなら、ダメージ重視の炎や冷気だった方がよっぽどマシってもんだ……酔っ払いに吐息を吹きかけられたみたいで、猛烈にイラッとくる。
(……それが答えってわけかよ)
立ちこめる煙を手で薙ぎ払って見上げると、クマさん――いやクマ野郎は、ニヤリとこちらを笑っているように見えた。
……上等だ……!
《勇者様、毒・マヒ・沈黙と、今のイラつくブレスで状態異常3つも食らいましたよ……。
コイツ、ナマイキな……!》
(この『変身セット』の呪いによる抵抗力ダウンがそれだけ強力ってことか。
……ま、石化と生命力吸収がなくて、首も飛んでないなら大して問題じゃない。
むしろ、ハンデにゃ足りないくらいだろ……!)
毒って言ってもそもそも呪いで体力は常に減少中だし、マヒって言っても動きがニブるくらいでまったく動けないわけじゃない。
そして――沈黙と言ったって、コイツ程度に魔法なんざ不要だし――。
(そもそも、こうして話し合いは決裂したわけだしな!)
俺は聖剣を握り直し、周りに立ちこめる霧とも煙ともつかない不愉快物質を、一息に薙ぎ払って吹き飛ばした。
視界をさえぎっている間に、不意を突こうとでも思ってやがったのか――。
晴れた不愉快物質の向こうからは、四つ足に戻ったクマ野郎が猛然と突進してきている。
その勢いとデカさは、まるで大型トラックの暴走だ。
轢かれたが最後、さようなら現世、こんにちわ異世界ってところか。
しかし――だ。
そんなことになるのは、あくまで一般人まで。
そして、あいにくと俺は一般人じゃなく――この間まで勇者やってた人間だ。
……防御? 回避? そんなもん必要ない。
俺は片足を上げ、頭を振りかぶって思い切り勢いをつけると――
(ぉぉ――らぁっ!)
突進してきたクマ野郎に、渾身の頭突きを食らわせてやった。
「ギャウ――ッ!?」
ツブれたみたいな悲鳴を上げて、クマ野郎の巨体は――さっきまでの前進ベクトルもどこへやら、後方へとハデに吹っ飛ぶ。
……もちろん、俺の方は1ミリたりとも下がってはいない。
《うわ、出ったあ……勇者様必殺の仁王立ちパチキカウンター! 略してNPC!
心を持たないハズのゴーレム――しかも魔法金属製の超カタいヤツすら、額を割られて泣いて土下座したって伝説の……!》
(そのムダに混乱を招きそうな略称は止めとけって……。
それと、その伝説ってのは話が大きくなってるだけだ。
ミスリルなんてクソ硬いモン、いくら何でも割れるかよ)
《あ、ですよねー。さすがにねー。ミスリルはねー……》
(泣いて土下座はされたけどな)
《…………。マジっすか》
俺はのっしのっしと大股に、倒れたクマ野郎の方へ近付く。
つい、今の一撃で戦闘不能にしちまったかと思ったが……わりと硬かったらしい。
クマ野郎は後ろ足で立ち上がると、フラフラしながらも、俺に向かってうなってみせる。
……けっこうけっこう、良いガッツだ。
じゃ、俺のお楽しみイベントを邪魔しやがったバツだ、お仕置きコンボをくれてやる。
《うわ、アレやるのかあ……エグいなあ……》
俺は、フラフラのクマ野郎に追い打ちをかけるようなことはせず、かかってこいとばかりにその前で棒立ちしてやる。
すると案の定、クマ野郎は前足で思い切り殴りかかってきた。
その軌道を見切り――人間で言えばヒジにあたる一点に、一撃を叩き込む。
そう――。
あの、ぶつけると、電気が走ったみたいに腕がシビれて悶絶するあそこだ。
クマ野郎も、目を白黒させて悲鳴を上げる。――動きが止まった。
(そら、次っ!)
返す刀で、今度は後ろ足の――人間で言えばスネにあたる場所に一撃を叩き込む。
そう――。
あの、ぶつけると、泣きたくなるぐらい痛くて悶絶するあそこだ。
クマ野郎の悲鳴が止まる。息も詰まるというやつだろう。
(で――最後だ!)
さらに返す刀で、もう一度後ろ足の――人間で言えば小指にあたる箇所に一撃を叩き込む。
そう――。
あの、ぶつけると、やり場のない怒りと痛みで涙がこぼれるほど悶絶するあそこだ。
「――ッ! ――ッ!」
地面に転がったクマ野郎は、悲鳴にならない悲鳴を上げながらのたうち回る。
そうして……ついにはそのまま、光の粒子となって消えていった。
《あー、見てるだけでこっちがイタかった。
……てゆーか、魔獣でもキクんですねえ、アレ》
(まあ、意外とな。スライムとかじゃなきゃ、だな)
――さて。
厄介事は片付けたし、さっさと引き上げるか……。
とっとと呪い装備を解除しよう――としたところで、俺は妙なことに気が付いた。
《……勇者様》
(ああ……分かってる)
アガシーも気付いたらしい。まあ、当然か。
周囲の異変――そう、結界が解けていないということに。
まだ何かが潜んでいるのか……?
警戒しながら辺りを見回す俺――その耳に、唐突にパチパチと手を叩く音が届いた。
反射的に後ろを振り返る。
果たして、そこには――。
顔の半分を覆う、のっぺりとした銀色の、兜とも仮面ともとれないものを被り、襟の高い赤いマントを羽織った男が――いや、男の『映像』が、映り込んでいた。
「お見事。実にすばらしいチカラだ――クローリヒト君」