第85話 その〈黒〉、わりと最強につき
「……いやはや、まさか……。
クローリヒトに、あなたのようなお味方が現れるとは……予想外でしたよ」
「敵の戦力を憶測で決めてかかるのは、過大・過小評価同様、愚かに過ぎる行為だな。
まして、〈参謀〉を名乗るならなおのこと――ではないか?」
「――ごもっとも。おかげさまで、良い勉強になりましたね」
魔獣を守るように、歩を進めるポーンは――クローナハトの前に立ち塞がった。
《……しっかし、あのヤロー……。
いったいどういうつもりで、今になって出てきやがったんでしょうかねえ……》
状況を見守る俺の頭の中で、アガシーが思い切り悪態をつく。
……とことん相性悪いからなあ……コイツは。
そう、クローナハト、なんて名乗りやがったアイツ――。
俺の最強の敵だったアルタメアの〈魔王〉――ハイリア=サインとは。
だけど、確かに……。
これまで何度も〈封印具〉に呼びかけたにもかかわらず、ウンともスンとも答えなかったハイリアが、どうして今になって、それも俺の味方としてこの戦いに首を突っ込んできたのか。
それに、そもそもどうやって、しかもいつの間に、俺の許可がいるはずの〈封印具〉から抜け出てきたのか――。
正直、分からないことだらけだ。
……まあ、でも……。
ハイリアは、どうやら俺の知るハイリアのままらしい。
――誇り高き魔族の王。
無慈悲なだけでも、冷酷なだけでもない……その本質は破壊者でなく、改革者たる男。
そして……。
俺と信念をぶつけ合い、過ちを省み、互いを認めた――高潔なる友。
《……ぶつけ合いすぎですけどねー。
ガチに三日三晩とか、アホかっつの……》
(けど、それで未来も含めたムダな戦いを終わらせられたんだ、安いモンだろ?)
《高いか安いかじゃありません、やり方がアホすぎるって言ってるんですー》
ぷい、とそっぽでも向きそうなアガシーの声。
けど、さすがの俺でも、それが照れ隠しであることぐらいは分かる。
なんせコイツってば、あの戦いの後、泣き――
《ねねね、熱出てるからってよけーなコトまで思い出さんでいーんですッ!!
――ったく、チョーシぶっこいてると、頭ン中で騒ぎまくって、ホンモノの頭痛のタネになってやりますよ!?
うがー! うげごがー!!》
(わーかった、わかったからそれはカンベンしてくれって、マジで……)
今でもバッチリ頭痛いのに、そんなことされたらかなわん……。
俺はアガシーをからかうのはほどほどに、ハイリア――クローナハトたちの方へ注意を戻した。
「では――失礼しますよ!」
美麗な細工の短剣を両の手に、逆手で構えたポーンは――。
踊るような――しかし空間に残像すら映す超スピードで、クローナハトの周囲を跳び回り始めた。
そしてそうかと思うと、様々な方向から、さらに変則的な軌道まで描く、火炎弾を連射してくる。
……なるほど、能丸がてこずっていたわけだ。相性が悪すぎる。
ブラック無刀のような戦士系はもちろん、サカン将軍のような純粋魔術師系も、実際に有効かはともかく、対応策そのものは考えやすいが……。
正直、このスピードとトリッキーさは俺でも手こずりそうだ。やりにくい。
――しかし、なにせ相手をするのは〈魔王〉である。
心配よりも、どう対処するのかとそっちの方に興味を持ちつつ見ていたら……。
「……ほう、ふむ……なるほど、魔力へのアプローチが……ほほう……」
全面に魔法で障壁を張って火炎弾を防ぎながら、なにやらしきりにうなずいていた。
もともとポーンも魔法世界メガリエントの人間なのか、それともサカン将軍から教わったのか……。
アルタメアとは基礎理論が違うメガリエント独自の魔法を行使しているようだが、それが興味深いらしい。
なんか目ェキラキラさせてる気がするが、一応戦闘中だぞオイ……。
――って、ほら、言わんこっちゃない!
火炎弾の連射で気を逸らして、残像の一つが短剣を構えて肉薄してくる!
戦術からして、あの短剣、障壁を無効化する性能とか備えててもおかしくないぞ……!
「クローナハトっ!」
俺の呼びかけにも反応せず、回避する素振りも見せないクローナハト。
その身体に、ポーンが短剣を突き立てる…………と、思ったら。
「――どうした? どこを見ている?」
ポーンの短剣が貫いたのは――クローナハトの、人一人ぶん隣の空間だった。
「――くっ!?」
さらに、立て続けに素早く短剣を繰り出すポーンだが……。
そのどれもが、微動だにしないクローナハトの周囲だけを襲い続ける。
まさしく――その見た目通り、舞台で滑稽におどける道化師のように。
《うーわー……微妙に認識阻害の魔法をかけ続けるとか、またイヤミな戦い方を……。
――っていうか、それなら初めからデカい幻惑系の魔法でも使えばいいのに。
なんかアイツ、さっきから魔力の使い方がエコっつーか、ケチいんですよねえ……》
(…………魔力を温存してる、ってことか……?)
「まったく……困りましたね……!」
さすがにこのままではラチが明かないと踏んだのか、攻めを中断して一旦距離を取るポーン。
それを待っていたように――。
「終わりか? それでは、道化の駄賃だ。
――キサマに、真なる魔法というものを見せてやろう」
ニヤリと口もとに笑みを浮かべつつ、クローナハトは両手を突き出した。
そして――
「……天の宮、冥の諸王傅く王、禊ぎて神殺、陵に御捧ぎ――」
大気を震わせる詠唱とともに――。
指を、腕を使って、空に印を結び、陣を刻んでいく。
……いや……っていうか、これ……! この詠唱って……!
「おい、クローナハト!
やめろお前、一帯を丸ごと消滅させるつもりか!?」
「――――ッ!?」
俺の発した一言に、他の3人が反応するが――。
しかし、そもそももう遅い――!
アイツの魔法構築速度はハンパじゃなく速いんだ、防御ならまだしも、効果範囲からの離脱はもちろん、邪魔をするのも不可能だ!
「――案ずるな、加減はしてやる!
……其の名、絶星!
言祝ぎ殊吼ぐ耀き、断末魔の晃――!」
星が迎える最期のとき――。
こちらで言う、『超新星爆発』を模した、広域超破壊魔法を発動すべく――。
クローナハトは、両手を大きく振り払う!
「――〈天宮ノ……星終〉ッ!!!」
「――――ッ!!!」
瞬間、それぞれが身を固くする中――。
あたりを、まぶたを閉じてもそれと分かる、すべてを白一色に塗り込める圧倒的な閃光が覆い尽くし――。
一瞬遅れて、あらゆるものを跡形もなく消し飛ばす、凄まじい爆発が……!
爆発が……。
……………………。
………………………………。
…………起こらない?
《……やっぱりか!
あんにゃろ……一杯食わせやがったんですよ!》
アガシーの苦々しげな一言に、思わず閉じていた目を見開き、視線をさまよわせると……。
いつの間にか、クローナハトの姿は元の場所になく――いや、それどころか。
キラキラと、光る粒子と化して宙に散り始める魔獣の……すぐ向こうにいた。
そう――。
ポーンがしっかりと守り、自身も警戒態勢にあったはずの魔獣の、背後に。
魔獣を殺さず無力化して追い払うという――完璧な仕事をやってのけて。
《……ったく、そもそも、あんな大魔法ブッ放そうってわりに、練り上げる魔力量が少なすぎると思ったんですよねえ……。
でもまさか、勇者様がヤバいって、ご丁寧に注意を促すことまで考慮して、単なる目眩ましをスゲー目眩ましにするなんて……。
相っ変わらず、小癪というかナメてるというかイヤらしいというか……!》
「これは……してやられた、ってやつですか……」
「思い上がるなよ? キサマごとき屈服させるのは容易いが、しかし、完全に動きを止めるとなると、ムダな時間を食っただろうからだ――なあ、〈夜の子〉よ?」
「! まさか……気付かれていたとは」
「フン、甘く見るな。
……もっとも、余の知る者どもとは、少し違うようだが」
完全に戦意を喪失しているポーンと言葉をかわしながら……。
クローナハトは、また悠々と、俺のいる方へ戻ってくる。
そうして――改めて。
ポーンと、ようやく麻痺が解けたらしいシルキーベルたちをぐるりと見回し、朗々と声を響かせた。
「さて……者ども。
どうしても地を舐め、屈辱を啜りたいというのであれば、なおも相手をしてやるが――ここでこれ以上争うのも無益なはずだ。
ゆえに……分別を弁えるなら、この場は大人しく去るがいい。
安心しろ、余は去る者の背を撃つような恥知らずではない」
「………………」
クローナハトのその言葉に、他の3人は少しの間、互いの様子を窺っていたが……。
やがて――それが最善と判断したのだろう……。
それぞれが、速やかに結界から撤退していった。
そして……彼らの気配が完全に消えるのを待ってから……。
後に残された俺は、あらためてヤツと向かい合う。
「さて……ハイリア。
再会の挨拶も兼ねて、色々と聞きたいことがあるわけだけど……」
「――で、あろうな。
だがキサマもその体調だ、詳しくは家に帰ってからだろう」
答えて、ハイリアは大きなタメ息を一つついた。
「余も……いい加減、魔法で姿を擬装し続けるのに疲れたからな。
幻とバレぬよう、物理的に相手に触れるわけにはいかぬし……まったく面倒な戦いであったよ――」
そんなことを言う途中から、ハイリアの姿は闇に溶け、染み出すように薄れていき――。
そしてそれに伴って、話す言葉は声そのものも変わっていって、まるで女の子みたいに…………っていうか、おい。
この声――聞き覚えのありすぎるこの声、まさか……!!
「……というわけで勇者。キサマの背におぶさるので、家までよろしく頼むぞ?」
ハイリアの姿が完全に消え、ニヤリとした笑顔とともにそこに現れたのは――。
《!!?? ンなな、ななななああああっっ!!??》
アガシーのぶっ壊れたような絶叫も、ただ、頭の中を通り過ぎていく。
――いったい、なんの冗談なのか。
ハイリアの代わりにそこに現れたのは……。
見間違えようもない、パジャマ姿の妹、亜里奈だった――。