第84話 新たな〈黒〉と『みみじゅく』なヤツら
――ウチはハッキリ言って、頭に来てた。
ウチもまだ熱が下がりきってへんことやし――あの〈救国魔導団〉の道化師さんを真っ先に狙って動きを止めたら、そのまますぐ魔獣を追い払って……最低限やることやって、早く帰ろうと思ってた。
能丸さんもおるし、いけるやろうって考えた。
やのに――絶妙のタイミングで邪魔されたから。クローリヒトに。
しかも、向こうは向こうで、なんか体調悪そうなんが……またムッときた。
調子悪いんやったら大人しくしてたらええのに、わざわざ出張ってきて、こうしてウチらの邪魔するとか……!
……なんなんよ、もぉ!
同じく調子悪くても、それを堪えてまで、ウチを心配して看病に来てくれた赤宮くんとは大違い!
いっそ、爪のアカでも煎じて飲んだらええねん!
せっかく、赤宮くんのおかげでゆっくり寝られて、熱も下がり出してたのに……!
クローリヒトも意地になってるんか、いちいち突っかかってきて――相手してるうちに、またなんか熱がぶり返してきた。
……頭がぼーっとする。
でも、やからって帰るわけにもいかへんし、見たところ能丸さん一人やと、あの道化師さんに手こずってるみたいやし、なんとかせな、って思ってたら――。
「余は――そうだな、名乗るとすれば……〈クローナハト〉か。
そこにいるクローリヒトの、いわば同輩だ」
――いきなりこの場に乱入してきて、そんな名乗りを上げた、黒いマントの男の人が……。
ウチとクローリヒトの間に、立ちはだかったのだった。
「さて……確か、シルキーベル、だったか。
余と争う気があるのかは知らんが……どのみちその様子では相手にならん、邪魔なだけだ。
大人しく離れて見ていろ」
その男の人――クローナハトは、とんでもない上から目線でそんなことを言うて……。
しかもホンマに、ウチなんかまるで眼中に無いみたいに……無防備に側を横切って、魔獣の方へと向かおうとする。
「おおお、姫ェ、彼奴めのあの態度、相当な実力者に違いありませぬぅ……!
嗚呼、ついにここに、拙者のちっぽけな命運も尽きまするか……!
お別れにござる姫ェ、かくなる上はぁっ!」
その自信を見せつけられただけで、早くもカネヒラは、テノールのええ声で嘆きながら切腹しようとしてた。
「毎回、似たようなこと、言ってて……『ついに』もないでしょ、もう……。
いったいあなたは……何が相手なら、運命を見限らずに、すむのやら……」
さすがにそろそろ慣れてきてたウチは、荒い息の下思わずグチりつつ、ひょいとカネヒラを掴んで、切腹をやめさせる。
そして――聖具〈織舌〉を、無防備なクローナハトの背中に向かって突きつけた。
……正直、カネヒラの言う通り、この人からはクローリヒトに負けず劣らずの、すごく強いチカラを感じる。
きっと、本調子のウチでも相当に厳しい相手なんやと思う。でも……!
「フゥ……いい? カネヒラ、その覚悟があるなら、死に物狂いでサポート……して。
さすがに、このまま……行かせたんじゃ、バカにされすぎだから、ね……!」
でも、ウチにもプライドがある……!
「しし、しかし姫ェ、その雪原のごときお身体は、今ぁ――!」
「――誰が見渡す限り真っ平らだって……?」
「いいい、いえ、めめ滅相もございませぬぅ!
そそ、そうではなく、新雪降り積もる汚れ無き雪原のごとき麗しきお身体は、今、調子もよろしくなく……!」
「ホントの意味でヘタなお世辞は、いいから……! 構えるっ!」
「いい、いえす御意っ!」
……まったくもう……。
「――クローナハト! あなたも、その禍々しいチカラを振るうと、言うなら……!
見逃すわけには、いきません――っ!」
しんどい中、ウチが必死に声を張り上げても、クローナハトは振り返る素振りすら見せない。
それなら遠慮無く――と、ウチは。
「――てやっ!!」
その無防備な背中へ、思い切り織舌を突き出した。
「――あ、バカ! やめろ!」
瞬間、そんなクローリヒトの声が聞こえて――。
なにかと思ったら、織舌に手応えはまったくなくて――そこにあったはずのクローナハトの身体は、風船が破裂するみたいに掻き消えて……。
そして――。
「あぅ――っ!?」
――いきなり、ウチの身体を、感電でもしたみたいな衝撃が駆け抜けた。
痛い――けど、痛さよりも、身体が一気に痺れて……力が入らへんくて……。
ウチは、思わずヒザを突く。
「ひひ、姫ェッ!?」
「――相手にならん、と言ってやったハズだが?
まして、この程度の『罠』を見抜けぬようではな」
……いつの間に移動してたんか――。
背後から聞こえたその声の主は、続けて、斬りかかろうとしていたカネヒラに手の平を突き出す。
それだけで……一瞬、カネヒラにまとわりつくように青い電光が走って――。
「――フゴッ!? むむ、むねん〜……」
こてん、とか、可愛い音がしそうなぐらい力無く、カネヒラは地面に転がった。
「おい、ハイ――じゃない、クローナハト! 殺しは――!」
「分かっている。
余を誰だと思っている、約束を違えるような真似はせん」
クローリヒトとそんなやり取りをしつつ、ウチの前へと回り込んできたクローナハトは……仮面の奥に輝く金色の瞳で、こっちを冷ややかに見下ろす。
「もし、余がお前を殺す気であったなら……運命は決していたぞ、シルキーベル?
まったく、未熟にも至らぬ未熟――つまりは、そう、略して『みみじゅく』といったところだな。
麻痺したその身体では今しばらく動けまい。良い機会だ、反省して頭を冷やせ。
……それから――」
なんか言い方は腹立つけど……『みみじゅく』って……。
冗談か天然か、微妙に可愛らしい単語を口にしたクローナハトは、続けて仲間の方を振り返る。
「キサマもキサマだ、クローリヒト。まったくどちらの味方なのやら。
――らしいと言えばらしいがな」
「……うぐっ」
その指摘に、めずらしく、ぐうの音も出ない――みたいなクローリヒト。
……なんか、ちょっと気分ええかも。
けど、ホンマに……。
なんでまたクローリヒトは、ウチへの注意喚起みたいなことをしたんやろ……。
……そう言えば前も、サカン将軍の攻撃をかわすのに、とっさの助言をされたけど……。
ふっと、そんなことを思い出してたウチの視界の隅を――素早い影がかすめた。
今このとき、クローナハトの緊張が緩んだような、一瞬のスキを突くそれは――。
「スキありぃーーっ!!」
道化師さんの相手を止めて、一旦こっちの方へと退いてきてた能丸さんやった。
いかにも無防備なクローナハトの背後から、二刀を振りかざして奇襲をかける――!
その動きは、ウチかって予想外やったし――これなら、って思ったら。
「……それも誘いだ、うつけが」
まったく慌てる様子の無いクローナハトの声とともに。
その背中側の何も無い空間から、いきなり、不気味に輝く闇色の刃がいくつも現れて――。
「――ッ!?」
反射的に二刀で防御した能丸さんを、凄まじい速さで幾重にも斬りつけて後退させてしまった。
「ふむ……思ったよりはいい反応だな。普通に」
「普通って言うなっ!」
もう一度突撃をかける能丸さん。
対して、クローナハトが手をかざすと、また闇色の――さっきよりも大きい剣のような刃が現れ、能丸さんと激しく切り結ぶ。
しかもその剣は、2つ、3つ、4つって――時間を追って5つまで増えてって……!
「うわ、わ、わわっ!!」
攻めかかっていたはずの能丸さんを、剣たち自身が意志を持っているかのような巧みな連撃で、逆にどんどん追いやっていく。
「……能丸さんっ!」
そうして、その動きを追っていくうち、視界から外れたクローナハトが――。
「そして……察しは悪い。普通に」
気付けば、いつの間にかまったくの逆方向――能丸さんの真後ろにいた。
「――うそっ!?」
「もう遅い。普通に」
能丸さんの背に向かって、クローナハトが手の平を突き出し――。
「普通普通って――!」
振り返ろうとした能丸さんの身体を、カネヒラのときのように青い電光が走り抜けた。
「ふぎゃっ!?」
ビクッ!――って、身体が跳ねたかと思たら……能丸さんはそのまま、地面にパッタリと倒れ込む。
「――能丸さんっ!?」
「安心しろ。お前よりは少々強めだが、麻痺させただけだ」
ふん、と事も無げに鼻を鳴らすクローナハト。
……なんなん、結局――。
結局、ウチら誰一人、一度も、指一本触れられへんかった――いうこと……?
「――おい、クローナハト!
そろそろあの魔獣、起きてくるぞ……!」
クローリヒトの言葉に、ウチも反射的にそちらに視線を向ける。
クローナハトの……たぶん、魔法めいたチカラで弾き飛ばされてた魔獣は、ゆっくりと、身を起こそうとしてるところやった。
「……分かっている。
今日はひとまず、アレを追い払ってやれば良いのだろう?」
悠々と――。
そんな表現がまさにピッタリな足取りで、クローナハトは。
「邪魔をする者は薙ぎ払ってでも――な」
道化師さん、そして虎みたいな魔獣――。
今度は〈救国魔導団〉が待ち構える方へと、漆黒のマントを翻して歩き始めた。