第83話 道化を前に道化な二人と――新たな〈黒〉
「うわー……これ、ファミレスにまであるのかー……」
――1-Aのクラスメイトで昨日の体育祭の打ち上げに集まって、みんなでカラオケとか、めいっぱい楽しんだその後。
さらに、わたしも含めた女子数人が、二次会とばかりにファミレスに寄ったんだけど……。
期間限定メニューに、これでもかとタピオカデザートが載せられてるのを見て……わたしは思わず、誰にともなくそんな一言をぼやいていた。
「ラッキーんトコのお店は置いてないの?」
わたしの発言を拾ったのは、高校になってから知り合った、隣に座る友達――塩花美汐。
見た目はちょっとハデめでチャラい印象があるけど、話してみると案外そればっかりでもないっていう……なかなか面白い子だ。
名前がしおばなみしお――で、『しお』が2つ入ってるからって、『しおしお』とか呼ぶと、「青菜か!」なんてキレるところもまた面白い。
ちなみに、『ラッキー』とはわたしのこと。
当然、白城から取られてる。
「タピオカ? 置いてないよ。うち、昔ながらの純喫茶だし。
それに仕入れ先確保するのも難しそうだし、なにより流行り物って、ヘタに手を出すと後が怖そうだしねー……」
うちもナポリタンである程度知名度も上がったし、置いたら置いたで売れるのかも知れないけど……。
あんまり盛況になっちゃうと、『活動』に支障が出ちゃうしね……。
「……でさ、ラッキー、ホントこんなトコ来てていいわけ?
せっかく休みなんだし、あの『勇者』センパイのうちにでも突撃すりゃ良かったんじゃないの?」
……なんかいきなり話が飛んだなあ。
まあ、美汐らしいけど。
この子は昨日、わたしが赤宮センパイに気があるのに気付いたらしく……今日はなにかとその話題を振ってくる。
まあ、他の人に言いふらしたりするでもなく、心情としても応援してくれてるみたいだから、悪い気はしないけどね。
「いーの、今日はクラスの集まりを楽しもうって決めてたんだし。
……だいたい、こんな時間から突撃したんじゃメーワクでしょうに」
「こんな時間だからインパクトあるんでしょーが。あの『彼女』センパイとは初めから差をつけられてるんだからさ、グイグイ押してかないと!
ラッキー、スタイルなら完全に勝ってるんだから、そこんとこを売りに!」
あー……うん、まあ、確かに、スタイルなら鈴守センパイには勝ってると思うけど。
でも、もし、赤宮センパイがそれを理由にこっちになびくようなら――そんな人間だったら。
……うん。
きっと、いっぺんに興味なくなるだろうなあ……わたしの方が。
そんなことを考えながら、ふと窓の外に、おっきな犬を散歩させてる人を見かけたわたしは――。
……そうだ、今日は確か質草くんが、トラちゃんを連れて出たんだっけ……。
なんて、つい、〈救国魔導団〉の『活動』の方に思考を移していた。
まあ、どちらが大事かって言えば……今はやっぱりこっちだと思うし――ね。
* * *
《……ったく、だから、体調悪いんでしょう? って注意してやったってのに……》
「しょうがないだろ、フゥ、あんな電話もらって、鈴守放っておくわけにも、ハァ、いかないし……俺だって、こんな悪化するなんて……フゥ」
《……ここまで来るだけでヘロヘロじゃないっすか……。
ついでに声!
思念会話でいいのに、ダダ漏れになってますよ、お口から、フツーに!》
「わ、わーってるよ……!」
――鈴守の家で、アガシーから連絡を受けた俺は……。
せっかくの鈴守の優しい提案を、断腸の思いで蹴って――気配が感じられたという高稲のオフィス街にやって来ていた。
クローリヒトに変身――いや、装備変更しただけだから変身とは違うんだが……ああクソ、いちいち面倒くさい、もう変身でいいや変身で!
……というわけで、クローリヒトに『変身』した俺は、ビルの合間に作られた遊歩道――そのやや広まった場所に張られていた、結界の中に飛び込む。
その中には――。
体高は2メートルを優に超えるだろう、いかにもな巨大さの虎っぽい魔獣と――。
恐らくは、〈救国魔導団〉の……初めて見る人間がいた。
仮面からその服装まで、いかにも『道化師』な格好をした、細身の男だ。
「……おや、来ましたね――クローリヒト。
お初にお目にかかります、ボクは――っと、いや、自己紹介は皆さん揃ってからにしましょうか」
こちらに気付いた道化師はそう言って、さらに俺の背後の方へ視線を移す。
俺も当然気付いていたが、やはりというか……。
そちらから姿を現したのは――能丸とシルキーベルだった。
これでまた、毎度のようにいつもの面々が揃い踏みしたことになる。
正直……しんどいから、魔獣をブッ飛ばして魔導団の邪魔をしたら、さっさと引き上げたかったんで……今回は特に、余計な敵対者には増えてほしくなかったんだけどな……。
いや、しかし……。
なんか、シルキーベルのヤツ、いつも姿勢がいいのに、今日は武器の長杖に寄っかかってないか……?
「……さて、それでは改めまして自己紹介を。
ボクは救国魔導団が一員、その名を〈ポーン参謀〉と申します。
皆さま、以後なにとぞお見知りおきを」
俺以外に、シルキーベル陣営が揃ったのを見た道化師は、そう名乗って深々と――それこそステージ開演の挨拶のように、堂に入った一礼をする。
……って、歩兵で参謀な道化師って――コイツもまた何気にややこしいな!
なんだよ、どれだよ、統一しろよ!
ツッコみたいが、正直しんどいからスルーだ……誰か言うだろ……。
――なんて思ってたが、結局シルキーベルも能丸もツッコまない。
あああ……なんかスッキリしないが、しょうがない。
もういいやポーンで……。
とりあえず、アイツと魔獣をブッ飛ばして、さっさと帰ろう……。
シルキーベルと能丸については、今回は無視だ。相手してる余裕が無い。
一気に、一直線に――ポーンとやらを狙って動きを止め、返す刀で魔獣を追い払う。
それで終わりだ。
……うん、決まり。
頭が重くて、もうそれ以上、作戦とか考えてられん……。
《……大丈夫なんですかね、まったく……》
アガシーがなんか言ってるが、いちいち反応するのも億劫だ。
……さて、そうと決まれば、いざ……!
「行くぞっ!」
「行きますっ!」
――なんてこった。
あろうことか……。
重い腰をムリヤリ上げた俺とシルキーベルの一声が、見事に重なった。
いや、そればかりか――。
――ガンッ!!
「ンがっ!?」
「きゃうっ!?」
近い場所から、同じ相手に、同時に、突撃を仕掛けようとしたせいで……。
俺たちは互いに、振りかぶる得物をぶつけ合い、のみならず体勢を崩して頭をぶつけ合い――コントみたいに、見るもブザマに仲良く地面に転がるハメになったのだ。
《あーあー……もう、なにやってンですか、このウスノロ……!
てか、キサマら二人どんだけ気ィ合ってンだよ、実は仲良しかっての……》
(う、うっさいな!
向こうが絶妙のタイミングで邪魔しやがっただけだっての!)
起き上がった俺は、イラ立ちを込めてシルキーベルを見据える。
向こうは向こうで、なんか、同じような敵意を向けてきてる気がする。
「じゃ、邪魔、しないでくれますか……!」
「邪魔したのは、そっちだろうが……!」
俺たちは互いに、ぜーはーと荒い息の下、悪態をつき合う。
……んん? なんだよ、シルキーベルのヤツも、今日は体調悪いのか……?
よくよく見れば、やっぱりなんかフラついてるし……さっき杖で身体を支えてるように感じたのは間違いじゃなかったってことか……。
……ってか、体調悪いんなら家で大人しく寝てろよ……!
わざわざ出てきて俺の邪魔するとか、まったく……!
「「 …………ッ! 」」
俺たちは互いに得物を握り直すと――
「「 ……邪魔するなッ!! 」」
怒りを乗せて、それをぶつけ合った。
……一合、二合、三合と、真っ正面からがむしゃらに。
「……な、なんだか、いつもみたいなキレが、ハァ、ないですよ、クローリヒト……!」
「……そ、それを言うなら、フゥ、お前もな、シルキーベル……!」
俺とシルキーベルは、互いの得物とともに、そんな言葉も激しくぶつけ合う。
「つ、疲れてるんですか? 体調が、悪いんですか? それなら……フゥ、さっさと降参……した方が、いいんじゃないですか……っ?」
「お、お前もな……!
調子が悪い、んなら、ハァ、さっさと帰って……寝たら、どうだ……っ?」
俺たちは互いに、いつもと違って明らかに精彩を欠いた動きで――。
けどだからこそか、俺も向こうもムキになってヤケクソ気味に、聖剣を、長杖を、何合も何合も打ち合わせ続ける。
カネヒラとかいうロボ使い魔も、俺たちの剣幕にビビってるのか、手を出してこない。
それにしても、クソ……はっきり言って頭が回らない。
ついでに言えば、手も回らない。
……ああもう、こんなムダなことしてる場合じゃないのに……!
このままじゃ、また魔導団の魔獣が、〈霊脈〉の汚染を終わらせちまう……!
能丸のヤツも魔導団に邪魔されてるみたいだし、なんとかしなきゃならないんだけど……。
ああ……頭が重い。考えが巡らない。
そもそも俺はたった一人だ。なにか思いついても手が回らない……。
……ああくっそ、シルキーベル、このガンコ者め……!
頑張り屋でマジメってのは結構だが、調子悪いんなら素直にお休みしてろってンだよ、わざわざ俺の邪魔しやがって、ちくしょう……!
同じ頑張り屋でマジメって言っても、やっぱり鈴守とはゼンゼン違うな!
まったく、いっそ爪のアカでも煎じて飲めってんだ……!
「「 ……いい加減に……ッ!! 」」
俺とシルキーベルが、妙なところでは気が合ったのか、互いに大振りの一撃を見舞おうとした――そのときだった。
「――ギャウッ!?」
魔導団が引き連れてきた、虎っぽい魔獣が――いきなり。
見えない車にでもはねられたみたいに、思い切り弾き飛ばされたのだ。
「「 …………っ!? 」」
突然の事態に、動きを止める俺たち。
そこへ降ってくる声――
「――交ぜてもらうぞ。これで、数的には同等というわけだ」
その元を辿れば、街灯の上に、一つの人影があった。
闇そのもののような漆黒のマントにすっぽりと身を包む、長く美しい銀髪をなびかせた、これもまた真っ黒な仮面で顔を隠した長身の男――。
俺は……その姿に、見覚えがあった。ありすぎるほどに。
「あ、あなたは……何者、ですか……!」
シルキーベルの、男に向かっての誰何。
まるで、代わりに答えるように……俺は、小さく口の中でつぶやいていた。
「……ハイリア……!?」
「――ふむ。名を問うならば、まずは自らが名乗れと言いたいところだが……。
まあ、よかろう」
俺のつぶやきは当然聞こえなかった様子で――。
ハイリアはふわりと音も無く、俺とシルキーベルの間に飛び降りる。
そして――。
俺が知っている通りの、間違いようのない声で……シルキーベルに答えた。
「余は――そうだな、名乗るとすれば……〈クローナハト〉か。
そこにいるクローリヒトの、いわば同輩だ」