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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
8章 それが〈世壊呪〉なら、やはり勇者は悪役しかない
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第81話 看病勇者と、看病され彼女と



「……そうですか……わかりました。

 ええ、こちらのことはご心配なく。――ではでは」



 ……熱のせいで寝苦しくて、起きてるような寝てるような、ふわっとした感覚だったけど……。


 アガシーが電話しているその声は、はっきりと聞き取れた。



「今の……お兄……?」


「――おやアリナ、起きたんですか?」



 勉強机の方にいたアガシーは、あたしのかすれた声に気付いてベッドに近寄ってくれる。



「……起きたって言うか……熱のせいで、ちゃんと寝られないって言うか……」


「ふーん……そういうものなんですね」



 クッションを敷いてぺたんと座り込み、曖昧にうなずくアガシー。



「風邪……引いたこと、ないの?」



「まあ……聖霊って精神体に近いですからねー。

 しかもほら、そもそも数千年生きてるぐらいですし。

 ああ、でも……この『身体』なら、あるいは引いちゃうかも知れませんね。

 〈人造生命(ホムンクルス)〉は限りなく人間に近いですから。

 魂が宿ると、人と同じように成長する――って話もあるぐらいですし……」



「……そう、なの?」



「あくまでそういう話もあるってだけで、実際わたしもそうなのかは分かりませんけどね。

 興味深いところではあります――って、ああ、話が逸れましたね。

 ……さっきの電話なら、確かに勇者様からでしたよ。

 おばあさまから頼まれて、チサ姉サマの看病をすることになったみたいです」



「…………そっ、か」



 ふうっと、あたしは大きく、熱い息を吐き出した。


 あぁ……ダルいなあ……。ぼうっとするなあ……。



「……さびしいですか?」


「だから……あたし、ブラコンじゃないって……言ってるでしょ……」



 なんでもないそんな返事、その一言が、すごくしんどい。重い。



 ……あ……それに、なんか……眠くなってきた…………かも……。



「じゃ、そういうことにしときますか。

 ――ま、勇者様の代わりに、この偉大な聖霊がついてますから、それで手を打って下さいな」



 あたしの布団を掛け直して、アガシー……やわらかく、わらって……。




「でも…………アガシーだって…………」




 いつか、むこうに………かえっちゃう………………んじゃ……………………。











     *     *     *




 ――ちょっと待っててくれるか? 一応、話を通しておかないと後が怖い――。




 笑いながらそう言って、ドクトルさんは鈴守(すずもり)の部屋に入っていった。


 残された俺は、見るとはなしに部屋のドアを見ながら……緊張を必死に抑え込む。



 ……いや、だって、なあ!?



 女の子の部屋なんて、亜里奈(ありな)の部屋以外、小学校低学年の頃、女友達の部屋に入ったことがあるぐらいなのに……!


 久しぶりのそれが、風邪を引いて寝ている彼女の部屋となると……!



 あああ、緊張する〜……!


 この緊張に比べりゃ、異世界で王様に謁見するのなんて、お店で買い物するとき、後ろが詰まってるのに小銭ばっかで会計済ませようとする程度のモンだ!



 ……なんて、わけわからんことを考えちまって、つい頭を抱えそうになったとき――ドアが開いてドクトルさんが出てきた。



 ……『伝染(うつ)したら悪いから』とか、(てい)の良い理由で断られた方が気が楽かも……。



 一瞬、そんな軟弱な考えが脳裏を過ぎるが――。


 ニヤニヤしているドクトルさんは、ドアを半開きにしたまま「じゃあ、後はよろしくな」と、俺の肩を叩いて立ち去っていった。




 これは……つまり、そういうこと……だよなあ……。




 俺自身、ちょっと調子が悪いせいか、思わず弱気に駆られそうになるのをぐっと抑え込み――。


 意を決して、一応ドアをノックしてから、部屋に足を踏み入れる。




 ――瞬間、ふわっと、良い匂いがした。



 それは、お香だとか、アロマだとか、そういうんじゃなくて……。


 そう、つまりは、鈴守自身の――




「――――ッ!!!」



 ぶんぶんぶんぶん!


 俺は、それ以上いらんことは考えないようにと、とりあえず首をブン回す。



 そうして、改めて視線を前に向けると……寝心地の良さそうなベッドで上体を起こしている、パジャマ姿の鈴守と目が合った。



 熱があるせいか、恥ずかしいのか、それともその両方か……。


 赤い顔をした鈴守は、力無く、ぎこちなく、それでも確かに微笑みながら――。



「ゴメンな、赤宮(あかみや)くん……おばあちゃんが、また、ムチャ言うて……」



 俺を気遣って、そう謝ってくる。




 そんな姿を見せられたら…………緊張とか妄想とか、一気にバカバカしくなってきた。




「……ったく、赤宮裕真(ゆうま)――このヘタレは……っ!」



 俺は自分のバカさに一つ悪態を吐くと、のしのしと大股でベッドに近付いた。


 そして、努めて穏やかに笑いかける。



「謝らなくていいって。

 ……それとも、鈴守は俺が側にいるの、イヤか?」


「ううん……」



 熱のせいだろう、いつもより子供っぽい鼻声で、ゆるゆると首を横に振る鈴守。



「じゃあ、いいじゃないか。

 俺だって、信用してもらって、頼りにされて……助けになれて。嬉しいんだから」


「うん……ありがとう……」



 やっと、安心したように笑ってくれた。


 それを受けて俺は、起きてなくていいから、と鈴守を寝かせる。






 それから……。



 改めてリビングの方に戻った俺は、ドクトルさんからキッチンと食材使用の許可は得ていたので、本日早くも二回目になるおかゆを作り……。


 昼食として、鈴守に食べさせてあげた。




 ……そう、『食べさせてあげた』んだ――多くは語らないが。……うん。




 とりあえず、鈴守は「美味しい」と言ってくれた。


 全部はさすがにムリだったけど、実際、結構な量を食べてくれたし……あながちお世辞ってわけでもないだろう。――よかった。




「……鈴守、昨日スゲー頑張ったし……疲れが出たんだろうな」




 ――キッチンで食器を片付けて戻ってきた俺は、鈴守をまた寝かせると、許可を得てクッションを一つ借り、ベッドの枕側の床に座り込む。



 ここなら、俺も壁を背にして、楽な姿勢で鈴守を看ていてやれるからだ。



 ちなみに……鈴守の部屋は、壁紙やカーペットの色合いは淡い暖色系でいかにも優しげ、動物を模したクッションやテーブルマット、ベッドなんかの調度品の飾りも可愛らしく、亜里奈の部屋にも通ずる、いかにも女の子な雰囲気があったが……。


 それらのデザインが(ここも亜里奈と似ているが)全体的にハデさはなく控えめなのは好みの問題だとしても、そもそも物の絶対数が意外に少ない気がした。



 そこまで考えて、しかし俺はすぐに思い至る。



 そう……物が少ないのも当然だ。

 鈴守がもともと長く過ごしてきた部屋は、関西の実家の方にあるのだから。


 一人で広隅(ひろすみ)へやって来て、まだ1年と少しなのだから。



 ――家の事情、ってやつで……。


 それも……ドクトルさんによれば、プレッシャーになるほどの。



 部活は入らず、バイトだってしてないし、うちのように店を手伝うってわけでもない。


 ……にもかかわらず、鈴守は放課後とか忙しそうなことが多かった。



 家のことをしなきゃいけないから――そんな風に言ってたけど、それは家事ってだけじゃなくて、その『家の事情』が関係しているに違いない。



 ……今回、風邪を引いてダウンしたのは、昨日の体育祭だけじゃなくて……それによる疲れも溜まってたからなのかもな……。



「家のこと――とかでも、大変なんだろ?」



 そうして気付けばつい、俺はうかつにも、そんな風に疑問を口に出してしまっていた。



 あ~……クソ、しまった……。


 鈴守から話してくれるのを待とうとか、ついさっきドクトルさんと話しながら考えてたところだったのにな……。



 そもそも話しづらいことなのかも知れないし、こんなタイミングだ。


 すぐさま謝って、発言を撤回しようかと思ったら……。



 鈴守は、あまり気にする風でもなく――天井を見つめたまま、答えてくれた。




 ゆったりと話された、その内容をまとめると――。




 どうやら、鈴守の一族は、広隅のとある古い神社と、そこで受け継がれてきた祭事の管理にずっと携わってきていて……。


 鈴守は、その祭事で重要な役目を担う〈巫女〉として選ばれたらしい。


 そして、例えば神楽舞いだとか、祭事に関わる諸々を練習している、と――。




「……そっか。神前の、伝統ある祭事とかになると、しきたりとか、覚えること多そうだし、厳しそうだもんなー……」



 ……そう言えば前に鈴守〈世夢庵(せむあん)〉で、カバンから、巫女さんが使うような神楽鈴(かぐらすず)を落としたことがあったっけ。


 あのとき、親戚に神社関係の人間が――とか言ってたし、きっとこのことだったんだろう。



 しかし、そんな大事をいきなり託されたら、そりゃプレッシャーにもなるか……。


 鈴守、マジメで頑張り屋だしな……。



 とりあえず、直接手伝えるようなことでもなさそうだし……。


 俺に出来るのは、励まして、支えてあげることぐらいか……歯がゆいけど。



 俺がそのことを、なんかますます重くなってきた頭を必死に働かせながら、つたない言葉で伝えると……。



 鈴守はしんどそうにしながらも、でも同時に嬉しそうに――こっちを向いて、微笑んでくれた。



「……ありがとう」



 間近で見る、その熱で上気した顔と、潤んだ瞳は……なんか、すごくキレイで……。



「……鈴守……」



 思わず、吸い込まれそうで……クラクラしそうで――。




 ……って、いや、ちょっと待て――?


 クラクラってより……なんか、フラフラしてないか? 俺の視界……。



 あれ、これって……。




「……赤宮……くん……?」



 熱っぽく俺を見つめ返してくる鈴守の一言にハッとなって、俺は努めて明るく笑いながら、鈴守に布団を掛け直してやった。



「……ご、ゴメンゴメン、しんどいところ話なんてさせちゃって。

 メシも食ったんだし、もう寝た方がいいよ。

 ――俺なら、ここにいるからさ」



「あ、う、うん……。

 あ、あの! ほんなら、あの……手、握ってもらってて……ええかな……?」



 おずおずと、布団の脇から差し出される、小さな白い手。


 俺はそれを、「もちろん」と優しく握ると――。



「じゃあ……おやすみ」


「うん……ありがとう。おやすみなさい……」



 挨拶を交わした鈴守が、子供みたいに素直にまぶたを閉じ、その吐息が寝息に変わるまで――静かに見守った。



 そうしてから……俺はゆったりと、大きく息を吐く。



 正直――ヤバい。



 いや、健全な男子としての欲望が……とかじゃなく、体調の方が。


 なんとか鈴守には悟らせずにすんだと思うけど……なんか、目が回ってるし。



 もしかしたら、自分で思う以上に、俺も疲れてるのかも知れない――。



「……ゴメン、鈴守……」



 俺は、鈴守の可愛らしい寝顔に小声で謝ると……。


 うっかり離したりしないよう、その小さな手を握り直して――壁に頭を預ける形で、目を閉じた。




 ちょっと……ちょっとだけ。



 ゴメンだけど、俺も眠らせてもらうな……鈴守……。






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[一言] やべぇやんユーマ(;'∀') おみゃーもちゃんと布団で横にならんとエロい意味じゃなくて(;'∀')
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