第78話 打ち上げ! 宴の余韻と夜道のふたり
「ただいまー」
……休日の上にまだ早い時間ってこともあって、〈常春〉には何組かのお客さんがいた。
だからだろう、カウンターの向こうのお父さんは、わたしの挨拶にうなずくだけにとどめる。
お客さんの邪魔にならないように。
わたしをバイクで送ってくれた黒井くんは、いつものカウンター奥の席に先客がいるのを見ると……。
やはりこちらもいつものようにテーブル席を占領している、質草くんの向かいに座った。
わたしも……疲れてたし、ちょっと話すこともあったからその隣に腰を下ろす。
「おかえりなさい、お嬢。
……おや、ケガしたんですか?」
わたしの腕の絆創膏を見て、質草くんが言う。
「……ちょっとだけね。大したことないよ」
質草くんはそうでもないんだけど、黒井くんやお父さんは大騒ぎして面倒くさそうなので、『騎馬戦で落馬した』という具体的な情報は伏せて答える。
「……で、勝ちました?
ボクが帰る頃にはまだまだ点差がありましたけど……」
「ふふーん、バッチリ大勝利!
……まあ、センパイたちが大活躍したからだけどね」
「……オレは認めねえけどな」
そっぽを向いた黒井くんが、フンと苛立たしげに鼻を鳴らす。
……とことん、赤宮センパイが気に入らないみたい――っていうか、そもそもセンパイが走るところ見てないでしょーに! まったく……。
「そう言えばお嬢、クラスの打ち上げとか、なかったんですか?」
「ああうん、うちのクラスは、明日の振替休日にやるって」
「へえ。それは楽しみでしょう」
「うん、まあね。
やっぱりそういうところ、高校生になったんだなあ、って思うな」
……明日は、クラスの待ち合わせまでに、メガネ屋さんに行って曲がったツルを調整してもらわないとなあ……。
そんなことを一緒に考えていたわたしの隣で――。
黒井くんが、ずいっとテーブルに身を乗り出していた。
「……それでよぉ、質草……」
黒井くんは声を潜めている……他の人に聞こえないように。
「お前が言ってた『〈呪疫〉の気配』ってやつだ……ちょっと学校の回りを探ってみたが、まったく感じなくてな」
「……へえ? ボクの気のせい――でもないと思うんですけどねえ」
「それも疑ったが……代わりに、魔力の残滓が感じられた。
――多分、誰かが、周囲にバレないようにして処理しちまったんだろうよ」
「へえ……誰かが、ですか…………ふーむ……」
黒井くんの報告に、質草くんは……。
ちょっとだけ難しい顔をしながら、グラスに少し残ったアイスコーヒーをストローで吸い上げていた。
* * *
――〈天の湯〉のロビーは、さながら立食パーティーの会場のようだった。
イベントスペースの長机や待合所のちゃぶ台には、ここへ来る途中買い込んで来たお菓子だけでなく、出来たてアツアツの、鶏の唐揚げやらフライドポテトやらの軽食が大皿で並ぶ。
この軽食については、「お菓子だけじゃ寂しいでしょう?」と、母さんが亜里奈とともに独自に用意したものらしい。
もちろん、その心遣いに俺も含めた腹ペコな連中が、感謝感激、狂喜乱舞したのは言うまでもない。
ちなみに、おキヌさんはあとで会費を徴収するって俺たちに伝達してあるけど、それでまかないきれる量じゃないのは確実で……基本的には母さんのサービスだろう。
こういうところ、思い切りが良いからなあ……。
「ぃよーーーし、みんな、瓶は持ったかーーーっ!」
おキヌさんの号令に、亜里奈やアガシーだけでなく、付いてきていた武尊や、見晴ちゃんといった小学生組も含めた全員が、おのおの手にした牛乳瓶を掲げる。
大半はフルーツ牛乳だが、何人かはコーヒー牛乳、また数人は黄金色の瓶詰めリンゴジュースだ。
――いわゆる、定番のお風呂屋さんドリンクである。
「では…………うぉっほん。
――ヤローども! 今日は圧倒的戦力差のある正規軍相手に、よく戦った!!
キサマら一人一人の働きの甲斐あって、我ら2-A山賊団は劣勢をはね除け、見事、勝利を奪い取ることが出来た!!
本っっっ当に、よく戦ってくれた!!」
「「「 おおーーーっ!!! 」」」
「……加えて、今回の勝利に多大な貢献をもたらした二人!!
赤宮裕真と鈴守千紗が、公衆の面前でクソ堂々と、お付き合い宣言なぞしやがった!!」
……それ、誰のせいだと思ってんだよ……。
俺の内心の不満をよそに、みんな楽しげにブーイングを上げる。
「「「 ブーーブーーー!!! 」」」
「爆発しろと呪詛を込めたい気持ちは大変良く分かるが、ヤローども!
世間体も考慮して、ここはしょぉーーーがなく、ひとまず祝福してやるとしようぜ!!」
「「「 うおおーーーっ!!! 」」」
「っしゃーー!! ンじゃヤローども――宴の時間だぁッ!!
まずは、最っ高に美味そうな料理まで供出してくれた、おかーさまと妹ちゃんにマキシマムな感謝を捧げるぞ!!
――ありがとーーーございますッ!!!」
「「「 ありがとうございまーーすッ!!! 」」」
「ぃよーーしっ!! では、改めて……!!
――我ら紅組、引いては2-A山賊団の大勝利と!!
我らが『勇者』カップルの前途を祝して――――!!
いくぞぉ…………かんぱーーーーーーーいっっっ!!!!」
「「「 かんぱーーいっ!!! いやっほーーーっっっ!!! 」」」
* * *
「しっかし、なんでどいつもこいつもフルーツ牛乳で酔っ払うんだ……」
――すっかり日も落ち、人気もまばらな商店街。
俺は鈴守を駅まで送るために、連れ立ってのんびりと歩いていた。
……ちなみに、今〈天の湯〉は、みんなで後片付けの真っ最中だ。
俺はもちろん、鈴守も手伝う気満々だったのだが――
『……ああ~ん? みんなと帰る時間がいっしょになったら、二人きりになれんだろーが。
ほれ、アンタらは行った行った。……しっしっ』
……と、赤ら顔で目が据わったおキヌさん(フルーツ牛乳5杯)に追い出されたのである。
「ふふ……場の雰囲気で酔うって、ホンマにあるんやね」
「テンション上がりすぎなだけって気もするけどなー……」
控えめに、でも楽しそうに笑う鈴守が可愛くて、ちょっとぶっきらぼうに答えてしまう俺。
……ちなみに、風呂上がりの鈴守を見たとき、可愛いばかりじゃなくほんのり色っぽくて、めちゃくちゃドキドキしたっけ。
――視界の隅に、ニヤリと悪い笑みを浮かべる母さんを発見した途端、一気に頭が冷えたけどな。
「でも、ホンマに楽しかったね」
「ああ。まさか、〈天の湯〉を会場として押さえてたとは思わなかったけど」
笑顔で見上げてくる鈴守に、俺も苦笑を返す。
――鈴守との距離は、いつもより近い。
それは、足を挫いている鈴守が、俺の腕にすがり付くような形で歩いているからで……。
歩けないほどヒドくはないから……と遠慮する鈴守に、俺が、ちょっと強引に腕を差し出した結果だ。
そりゃ、俺だって恥ずかしいけど……ケガした彼女を気遣わないとか、有り得ないだろ?
本心で言えば、そもそも歩かせたくないから、お姫さま抱っことかしたいところだけど……。
体育祭ってイベントの中ならともかく、公道でそれをするのは……さすがに、まだまだハードルが高かった。
――俺はもちろん、きっと、鈴守にとっても。
それから俺たちは、駅までの道すがら、今日のことをたくさん話した。
……どれもこれも、話の初めか最後には、「楽しかった」「おもしろかった」って言葉を付けて。――自然と、付いて。
駅までは、そもそも大した距離じゃないけど……ゆっくり歩いても、それでもあっという間に感じられた。
そう、ほんのちょっとの時間――だけど、異世界で頑張って戦ってこっちに戻ってきたのは、間違いなくこういう時間のためだった、って言える。
ホントに、頑張って良かったなあ……って。
「鈴守、ホントに駅まででいいのか?」
とうとう……というか、駅の改札まで来たところで問うと、鈴守はうなずく。
……その表情が、ちょっと名残惜しそうに見えるのは――俺のうぬぼれじゃないはずだ。
「うん、おばあちゃんが、向こうの駅の方まで出てきてるみたいやから。ありがとう」
「ん。そっか」
だがよくよく見ると、次の電車まではまだ少しだけ時間があった。
鈴守もそれに気付いてるんだろう、俺の腕から離れようとしない。
そうして、ちょっと間が空いたと思ったら――。
ぽつり、と、鈴守は口を開く。
「ウチな……関西からこっち出てくるん、すごい不安やったんやけど……」
「うん」
そうして、俺から手を離すと……前に回って、花が咲くみたいに笑いかけてくれた。
「今は、こっちに来て、ホンマに良かったって思う」
「俺も――。
鈴守が来てくれて、ホントに良かった」
俺も、自然と笑顔を返す。
「………………」
「………………」
向かい合った俺たちは、それからまたなにかを言おうとして。
なにか、自然と生まれてくるような、すごく言いたいことを言おうとして。
でも……口を突いて出てきたのは、無難な挨拶に姿を変えていて――。
「じゃあ……また、学校で」
「うん。もうすぐまた期末テストやけど……頑張ろな。
それ終わったら――」
「ああ。夏休みだもんな!」
それでも――。
本当に言いたくて、でも、形に出来なかった気持ちは、お互い理解出来てる気がして。
俺たちは……笑顔で手を振り合って、別れた。
「…………さて、と…………!」
この先のためにも……〈世壊呪〉を巡る戦いも、頑張らないとな――。
昼間の黒雲も、どこへやら……。
今はすっかり晴れ渡った星空を見上げながら俺は――。
鈴守のおかげであったかくなった気持ちを抱いて……のんびりと、家路につくのだった。