第6話 やっぱりこうなる勇者
あ〜あ………。
まあね、なんて言うかさ……そんな気はしてたんだよ。
そうなるんじゃないかなー、って思ってはいたよ。
だけどもさー……。
「まっさか、ホントにそうならなくたっていいだろうにさー……」
俺は目の前の光景に、思いっきりこれ見よがしな(誰も見てないが)タメ息を盛大に吐き出した。
そして、スマホを取り出し……電話をかけようとしたら、何か別のアプリを起動してしまい――。
パニックになりそうだったので、あわててアガシーに後を任せる。
「あー、はい、電話ですね? やりますよ。
――しっかしまあ、現代人、しかも現役高校生が、スマホで電話の一つもマトモに出来ないとか……大丈夫っスか勇者様マジで」
「はいはい、どーせ俺は文明に取り残された原始人っスよ、珍獣っスよー……なんせ名前からしてUMAなもんでー。フンだ」
「うわダメだ、非情な現実を前にしてやさぐれてる……」
ハイ、とアガシーから返されたスマホで、俺は気を取り直してイタダキに電話をかける。
イタダキはすぐに出た。
『おー、裕真。委員会終わったか?』
「あー、そのことなんだけど。
――悪いイタダキ、急用が出来たんで、俺、今日はそっち行けなくなった。すまん」
『ンだよ……そうなのか?
まあ、オレはサイフの負担が減ってありがたいけどなー』
「また今度、あらためてオゴってくれ」
『チッ、しょーがねえ。パックジュース1個だけだぞ?
……じゃーな!』
――電話が切れる。
しかし……ホントにオゴってくれるのか。言ってみるもんだ。
ささいなことだが、何だか少し救われたような気になって……俺はスマホをしまい、あらためて視線を上げた。
さて……改めて、今がどういう状況かと言うと――。
委員会を終えた俺は、イタダキたちと合流するため、近道通って急ごうと、結構な広さがある公園を突っ切ろうとしたのだが……。
ちょうどその中心、大きく開けた芝生の上――俺の前方に、昨日の夜に遭遇したものと同じような……しかし二回りは大きい魔獣が突っ立っていやがったのだ。
「ホントまったく……昨日の今日だぞ?
エンカウント率高すぎだろ、カンベンしてくれよ……」
公衆トイレの陰に隠れながら、俺はもう一度タメ息をついた。
なんなら、見て見ぬフリをするという選択肢もあったのかもだけど――なにせまだ夕方、しかもここは公園だ。
そう……今回は、周りに多少なりと一般人がいるのである。
――と言っても、魔獣の存在には誰も気付いていないので、パニックにもなっていないし、被害者も出ていない……今のところは。
まあ、もちろん、それには理由がある。
どうもあの魔獣――本人がそういう能力を持っているのか、『飼い主』の仕業かは知らないが、周囲に結界のようなものを巡らせて、姿を隠しているみたいなのだ。
まあ……悲しいかな、一応勇者として結構な経験を積んできてしまった俺には、一目でそれと分かるぐらいにモロバレなんだけど。
……ともかく。
あのサイズの魔獣が、結界を出て本気で暴れたら、どれぐらいの被害が出るか分からない。
大人しく昼寝でもしてるんならともかく、何かを『やる』気が満々なのは間違いないので、ここはさっさと結界に乗り込み、結界内でカタを付けるのが正解だろう。
「言葉が話せるようなら、色々と聞き出したいところですねえ。目的とか」
「そうよなー。確率としては限りなく低そうだが……実は、魔獣じゃなく、地球に友好的な宇宙人のお使い――なんて可能性も、一応、なくはないわけで」
……モンスターだからって、斬り捨ててハイ終わり、だなんて割り切らない――。
それは今回のようなケースに限らず、異世界にいる頃から貫き通してきた俺の信念だ。
だからこそ『不殺』を心がけている。
そうして……実際、それが報われたこともあるんだ。
……もっとも……。
そのスタンスは勇者としては異質らしく、向こうの世界ではさんざん、色んな人から面倒くさいヤツ扱いをされもしたが。
「……とかなんとか言いながら、今回に関しては内心、遠慮せずボコボコに出来る悪いヤツであって欲しいなー、とか思ってますよね?
――楽しみにしていたイベントをフイにされた腹いせに」
「ま、俺は聖人君子じゃないからな。
……少なくとも、3発はどつかにゃ気がすまん」
「そういうときに限って、1発目にクリティカルが出て終わるんですよねえ……」
「……出さないぞ。
出さなくていいからな?――フリじゃないからな?」
えー? と、不満げに口を尖らせるアガシー。
「芸人をなんだと思ってるんですか」
「芸をしてお金を稼ぐ人」
「……まさにわたしじゃないですか!」
「まさにお前じゃないな。
……いいから行くぞ、準備」
アガシーの悪ノリには付き合わないようにして、俺は意識の中のアイテム袋から、昨夜にも使った、あの呪われた装備一式を(意識の上で)引っ張りだそうとする。
と……それはいつの間にか、アイテム袋の入り口近くの、すぐに取り出す――どころか、即装備までもっていける場所に移動していた。
「あ、僭越ながら、あのレア装備一式、〈お気に入りセット〉的に出しやすい位置に動かしておきましたんでー。
これで、有事の際にもソッコー装備変更が可能で便利だろ新兵?」
「…………。
それはいいけど、イメージとして浮かぶ名前が〈クローリヒト変身セット〉って……」
「戦う相手が魔法少女なら、こっちも『変身』しなきゃでしょー。
……あ、残念ながら、まだ変身ポーズと決めゼリフは考案中なんですが……アリナといっしょに」
「…………。
昨夜、ガールズトークしてくるって亜里奈の部屋行った理由はそれか……」
当の魔法少女シルキーベルとの遭遇からわずか数時間後に、早くもそんなどーでもいいことまで考えを巡らせるとは……。
二人とも、行動力があるというか、たくましいというか。
「クギを刺しておくけど――。
変身ポーズなんてやらないし、決めゼリフも言わないからな?」
ため息混じりに俺が言うと、アガシーは心底意外そうな顔をして見せた。
それだけ驚かれた俺こそ、心底意外だ。
「まだ20コぐらいしか案が出てないんですよ!?」
――その数の多さが驚きなら、なおも足りないと思ってる考えがまた驚きだ。
「ほんの1、2時間でどんだけ精力的なんだお前らは……」
……亜里奈のことだから心配ないとは思うが、帰ったら、夜更かししないように言っとくか……。
『兄の変身ポーズと決めゼリフを考えてました!』
――なんて、宇宙唯一とも思える理由で学校を遅刻させるわけにもいかないからな。
「……その場合、遅刻理由は単に寝坊だと思いますけど」
「いきなり冷静に正論でツッコむなよ……ああもう、いい加減、行くぞ!」
俺は、さっさとクローリヒトに変身――。
じゃなくて、装備変更すると、顕現させた〈聖剣ガヴァナード〉を手に、さっそうと結界内に躍り込むのだった。