第77話 打ち上げ! 戦のあと、祭のシメ ~女子たち
『――覚悟せいや、赤宮裕真ぁーーッ!!』
『――返り討ちにしてやらぁーー!!』
……ドタバタ、ドタバタ……!
「……ぶっははは!
うんうん、やっぱり発動したなー、対ノゾキ用赤みゃんバリアー!」
仕切りを隔てて聞こえてくる男湯の大騒ぎに、ぬるま湯にゆったりと浸かったおキヌちゃんはケタケタ笑う。
……ちなみに、こんだけ気っ風がいい姐さん気質のおキヌちゃんやけど、熱いお湯とか電気風呂とかはニガテらしい。
そういうところは、見た目通りに子供っぽいねんなあ……。
まあ……ウチも、今日はぬるめの方がいいねんけど。……沁みるから。
「それでなくとも、あんだけ大声出してりゃモロバレだってのにさー。
まーったく、男子ってのはホントおバカちゃんだねえ……だっはっは」
ばちゃばちゃと楽しげに水面を叩くおキヌちゃん。
「……あ、いっそのこと、こっちから向こうノゾいてやろっか? おスズちゃん!」
「やーめーなーさーい」
「赤みゃんて細身だけど、引き締まったイイ身体してるぜー? ムフフ」
「し、知ってるからっ!」
「え……なんで? なんで知ってんの?
おーっと、まさか、体育祭終わってからここへ来るまでの僅かな間に、二人は一気にそんなかんけーにまで発展を……っ!?」
「ちーがーいーまーす。
……もう。去年、みんなでプール行ったやん……」
ウチが呆れたように言うと、おキヌちゃんはしてやったりとばかり、ウシシと笑った。
「よく覚えてるねえ……去年のことなのに。
ちゃーんと目に焼き付けてました、ってことかい?」
「………………」
ウチは無言で、おばあちゃんほどやないけど結構な威力のある、手を組んで作った水鉄砲をおキヌちゃんの顔面にお見舞いしてあげた。――連射で。
「ぶみゃみゃみゃぁっ!
……いてーよおスズちゃ~ん……暴徒鎮圧用の放水銃かってんだよ……」
「アホなこと言うからです」
「あ、おスズ〜、ケガの具合、どう? 大丈夫?」
声を掛けられて顔を上げると、ウタちゃんがやって来てた。
……こうして、改めて見ると……。
ウタちゃんのスラッとした立ち姿は、出るとこ出て、引き締まるとこは引き締まって――ウチやおキヌちゃんとは比べるべくもないぐらい、スタイルが良い。
いや、うん、ウチとおキヌちゃんはいろいろなにかと小さくてアレやから、比較対象にするんがそもそも間違いやねんけど……うん。
正直……うらやましいなー……。いろいろと。
「あらおスズ、そんな物欲しそうに見ても、残念ながらあげられないんだよコレが。
――そしておキヌ、無表情に手刀の素振りするな。なにを切り落とすつもりだアンタは」
「ご、ごめん、ウタちゃん」
ウチが反射的に謝ると、ウタちゃんは「別に謝ることじゃないでしょ」って言いながら、おキヌちゃんの頭を、伸ばした手で抑えた。
……絶対的なリーチの差により、おキヌちゃんの手刀は空を切るだけになる。
「……ケガやったら、大丈夫。
ちっちゃい擦り傷はちょっと沁みるけど、足捻ったんもそんなヒドい感じやないし、ヒジんとこ……結構ハデに皮剥けたりしたとこも、さっき、赤宮くんのお母さんが、防水仕様の絆創膏貼ってくれたし」
言いながらウチは、湯船から出した腕をウタちゃんに見せた。
「うん、そんなら良かった。だいじょぶそうだね。
……で――そのとき、どんなお話したの? 『将来のお義母サマ』とさ?」
ウタちゃんはニヤリと笑いながら、今度はウチの方ににじり寄ってくる。
――って! ていうか、しょしょ、将来のお、おか、お義母サマて……っ!
「こらこらウタちゃん、おスズちゃんが逆上せてダウンするような訊き方するんじゃないっての。
――しかし、アタシも気になる。実に気になる。ゆえに答えるよろし」
「……え? なに、鈴守ちゃんと赤宮のお母さんがなに話したかって?
気になる!」
「あ、あたしも! 聞きたい!」
「わたしも! 気になる気になる! 吐けー!」
「なにィ!? もう結婚の話出てンの!?」
「ちょちょ、ちょっと待ってって……!」
なんか、あっという間に押し寄せてきた、みんなに取り囲まれて……。
逃げ場を失ったウチは、ついさっきの、赤宮くんのお母さんとの会話を再現するハメになった。
……一応、ウチのケガ、特に大きく擦りむいたところは、学校の保健室で応急処置してもらってた。
でも、貼ってあるんは普通の絆創膏やし、薬塗ったからって、さっきの今で傷口が塞がるもんちゃうから、残念やけど、みんなで入るようなお風呂には入らん方がええかな、って思ってたら……。
赤宮くんのお母さん――真里子さんに、待合室の端の方に呼ばれて。
なんで名前を知ってるかって言うたら、前におばあちゃんとここに来たとき、お互いに自己紹介してたからで……。
……うん、まあ……そのときには、『息子さんとお付き合いしてます』なんて、とても言われへんかったんやけど……。
「せっかくのみんなでお風呂なのに、ケガで遠慮なんてもったいないでしょ?
防水仕様の絆創膏、貼ってあげるから」
「え、でも……」
「いいのいいの。
ま、小さなキズはそのままにしとくから、ちょっとだけ沁みるのはガマンだね」
ちょっと強引にウチを座らせると、救急箱を手にした真里子さんは……。
ヒジとヒザの大きめの擦り傷の絆創膏を剥がして、染み出した血を拭いたり、薬を塗り直したり――って、改めてテキパキと治療してくれた。
「……結構手慣れてるでしょ?
あたしも若い頃、おてんばだったからねー」
「そうなんですか?」
真里子さんは、亜里奈ちゃんが大人になったら……って想像をそのまま形にしたみたいな、スラッとした美人さんだ。
つまり、クールな雰囲気があるから、あんまり、おてんばって言葉とイメージが繋がらない。
「だってほら、あたし、ドクトルさんの大ファンだったのよ?
小学校の頃なんて、そりゃ暴れん坊だったわよー?
女子をからかう男子なんかとは、しょっちゅう取っ組み合いのケンカしてたし……生傷絶えなかったなあ。
まあね、プロレス技は危ないから、決め技はもっぱら『ヘッドバット』だったんだけど。
あれなら、体格差があっても根性で勝てるからね!」
ふふん、と、ちょっと子供っぽいドヤ顔で、得意げに胸を張る真里子さん。
……なんか、想像とちょっと違って……可愛いひとなんやなあ……。
「でもねー、母親がそんなのでしょ?
父親は父親で、逆に、のんびりした大らかな人だし――ってことで、裕真なんて、鈍感だわ色気が無いわで、もしかしたら一生女の子に縁が無いんじゃ……って、まあちょっとは心配してたんだけど――」
ウチのケガの治療を続けながら、真里子さんはイタズラっぽく笑う。
「まさか……千紗ちゃんみたいな、とびっきりカワイイ子を彼女にしちゃうなんてねー……」
「! あ、あの、えっと……!」
「――ああ、ゴメンね。
先に帰ってきてた亜里奈から、体育祭の動画見せてもらって知っちゃったんだけど」
……ば、バレてた……!
どうしよ、前に自己紹介したとき黙ってたんはやっぱり良くなかったかな、今からでも謝って――。
そんな風にウチが混乱してるのがすぐに分かったんか……。
真里子さんはサッパリした調子で「大丈夫大丈夫」となだめてくれた。
「前会ったとき、ちゃんと言わなかった――とか気にしてるんだろうけど、そんなのそれこそ気にしなくていいのよ? マジメだねー、千紗ちゃんは」
「あ……ありがとうございます」
「――ううん、お礼を言いたいのはこっちの方。
前、初めて会ったときね、ドクトルさんのお孫さんだから――とか関係無しに、こんな子が裕真の彼女だったらなーって思ったのよね。
……そしたら、ホントに彼女だったって言うんだから、もう嬉しくって!」
「う、ウチも……そんな風に言ってもらえて、すごい嬉しいです」
ウチが、ちょっと恥ずかしがりつつ、素直にそう答えると……。
目を瞬かせた真里子さんは、唐突にガバッて、ウチの頭を掻き抱いてきた。
「か、かわいい〜ッ!!
あ〜もうかわいいなあ、千紗ちゃんは!! 最高!!」
「え、あ、えと……」
「おっとっと……いやー、ゴメンね、つい」
ウチがドギマギしてると真里子さんは、たはは、と子供みたいに笑いながらウチを解放してくれた。
「いやでもホント、千紗ちゃんには、あのちょいと気難し屋でお兄ちゃんっ子の亜里奈だって素直に懐いてるみたいだし……これからも、どうか裕真と仲良くしてやってね?」
「あ、はい!
う、ウチこそ、よろしくお願いします……っ!」
「うんうん!
あ、もし裕真がなんかやらかしたら、遠慮無くあたしに言ってくれればいいからね!」
「…………って、こんな感じやってんけど……」
話し終えたウチが、改めて周りを見ると……みんななんか、難しい顔したり、ウンウンうなずいたりしてた。
……っていうか、ホンマに『みんな』集まってきてない? いつの間にか……。
「――刺激に欠けるな」
ポロッと、おキヌちゃんがとんでもないことを言うと、何人かが同調する。
「そうだねー、ここはいっちょ……。
『うちのカワイイ息子を誘惑しないでちょうだい!』……なーんて、ドロドロの嫁姑の愛憎劇が繰り広げられたりしてくれれば……!」
「……ちょ、よ、嫁姑、て……!」
ウチの頬が引きつる。
「おー、ちょいと設定的に古いが、なかなかいいねソレ。
そうそう、それぐらいの刺激がないとなー。
いやー、妄想がはかどるわー……」
「あー、確かにねー」
「うんうん、そういうのもアリだよねえ」
「ん、妄想妄想…………うふふ」
……そ、そんな刺激これっぽっちもいらんし!……っていうか、妄想て!
「まあでも、赤宮のお母さん、結構カッコイイ雰囲気だったからねえ。
イメージとはズレるなあ」
「ああそうそう、カッコ良かったよねー。それに美人。
うちの母さんとトレードしたくなった」
「あー、わかるわかる、なんかスゴい理解ありそうだし」
「打ち上げの貸し切りあっさり許可とか、普通ナイでしょ?」
「……そう言えば、見た目、妹ちゃんとよく似てたよねー。
ナチュラルに若かったし、美人の母娘っていいわー」
「――あ、それでさ、妹ちゃんの方とはどうなの鈴守ちゃん?」
「そうそう、妹ちゃんとの仲、ホントのところは?」
「なんだかんだであの子、かなりお兄ちゃんっ子っぽいしなー」
「ンだねー。
休日にアニキの弁当作って体育祭見に来るとか、アタシだったらゼッタイないわー」
「――いや、ちょっと待って!
あたしは、そもそもの赤宮との馴れ初め知らないんだけど!」
「あ、あたしもあたしも!」
「わたしも!」
「そうそう、まずそこから聞きたい!」
「そうだ、そこから話せ鈴守ちゃん!
キミには説明する義務があるのです!」
「「「 あるのです! 」」」
「……ってわけで、きっかけは?」
「どこが良いと思ったの? 見た目? 性格?」
「そもそもいつから? 赤宮の方はどう思ってたの?」
「「「 さあ、ほら、ねえ! 」」」
「お、おキヌちゃん、ウタちゃ~ん……っ!」
鬼気迫る様子で、ジリジリと包囲の輪を狭めて来るみんな……。
それをなんとかしてもらおうって思って、おキヌちゃんやウタちゃんを見るけど……。
二人とも、ゆるゆると首を振るばかり。
「……諦めな、おスズちゃん。そう――『命短し恋する乙女』」
「それ微妙に間違ってる! ウチ死ぬやん!!」
「「「 だいじょーぶだいじょーぶ、根掘り葉掘り聞くだけだからねぇ……!! 」」」
「骨は拾ってあげるからさー」
「骨すら残りそうにないねんけど!?」
「「「 ふふふ……さあ、洗いざらい話してもらおーかあ……!! 」」」
「あううう……!」
――ぶくぶくぶく……。
目をギラつかせるみんなから、ムダと知りつつ本能的にちょっとでも逃亡を図ろうって……。
ウチはゆっくりと、湯船に沈んでいった。