第76話 打ち上げ! 戦のあと、祭のシメ ~男子ども
…………カポーン…………。
さて、これが何かと問われれば、お風呂でよく使われる効果音である。
そう……まさに今、俺たちがいる場所を表現するにふさわしいものだ。
…………カポーン…………。
「いっやぁ~……!
体育祭で疲れた身体に、でっけえ風呂はやっぱり最高だな!」
誰かが、そんな大声を上げた。
……ああ、まったくそれは至極ごもっとも。
大きな湯船にどっぷり浸かれば、疲れが染み出していくようでまさに極楽――。
……って、うちの銭湯なんだけどねココ!
「……というわけで、諸君。
本日、祝勝会会場として借り切ったのは――――ココだあっ!」
――大波乱の体育祭終了後……。
祝勝会と称した打ち上げのため、用事があったりして残念ながら不参加になった若干名を除く2-Aのみんなを、先頭切っておキヌさんが引き連れてきたのが……。
……あろうことか、〈天の湯〉だったのである。
「は――はああ!?
いや、ちょっと待った、なんでうち!?
祝勝会って、ファミレスとかじゃねーの!?」
まあ、実際のところ、うちの銭湯は……。
下駄箱から番台までの間に、畳敷きの結構広い待合所と、さらにその反対側にも、地元のイベントとかで使ってもらえるように――と、最近になって拡張したスペースがあるので、40人弱が集まるぐらいは充分可能だったりする。
しかし、それでも……なんでまた!?
それに、うちの母さんは知ってるのか!?
あと、他の普通のお客さんはどうする気だ!?
「ふっふっふ、大丈夫だぜ赤みゃん……!
ちゃーんと、赤みゃんトコのおかーさまにはナシをつけてあるからなー。
今日〈天の湯〉は午前中営業だけ、あとはアタシらの貸し切りなのだぁーっ!」
……おい、マジかよ――って言いたいけど。
まあ……うちの母さんならやりかねないよなあ……。
気っぷの良さって意味じゃ、おキヌさんと通じるところがあるだろうしなあ……。
「さて、ヤローども! 今日はこの初夏の暑さの中、朝から動き回って疲れただろう!
それに汗もかいたし、汚れもした! だからまずはハダカの付き合い!
みんなででーっかいお風呂に入ってキレイさっぱりしつつ、健闘を称え合って、さらに親交を深めようではないか~!!」
「「「 おおーーー!!! 」」」
……みんな結構ノリノリだな。
まあ……俺だって、今まずなにがしたいと聞かれたら、ひとっ風呂浴びたいって答えるだろうしなあ……。
「そして風呂上がりには、みんなでジュースやらお菓子やらを飲み食いして大いに盛り上がろうぜ!
赤みゃんが脚立センパイからもぎ取った活動資金も、ちょいとあるしな!」
「「「 うおおーーー!!! 」」」
「……いやー……久しぶりにお前んちの銭湯来たけど、やっぱしデカくていいなー」
そんなことを言いながら、俺の隣にやって来たのはイタダキだ。
いつも剣山みたいにツンツンしてるコイツの髪が、水気でへにゃりとしてると、一見誰だか分からない。
「そう思うんなら、ゼヒ毎日通って売り上げに貢献してくれ」
「分かった、オレ様が頂点に立った暁には、オレ専用の風呂として買い取ってやろう!」
「ンなもんノーセンキューに決まってんだろ。
……てか、なんの頂点かをまずハッキリしやがれってんだ」
「お〜……じゃあ、差し当たってサウナでガマン勝負とかすっか?」
「ンな逆上せそうな勝負イヤに決まってんだろ! なんだ差し当たってって!
だいたい、ほんのちょっと前に、俺がどんだけキラキラ出したと思ってんだ!
ちょっとはいたわれ!」
「あ〜……そだった。せっかく鈴守が作ってくれた昼メシの弁当、結局、全部キラキラさせたんだよなー」
「うぐ……っ。改めてそれを言うかお前……!
結構気にしてんだぞ……!」
湯船の縁に、べたりと上体を投げ出す俺。
イタダキはそんな俺を見て、ケラケラと楽しそうに笑ってやがる。
……だがそれも、他の、たくさんの笑い声にすぐに掻き消される。
男湯も女湯も、クラスメイトの楽しそうな声で、すごく賑やかだった。
その、明るくて気持ちの良いやかましさを聞いていると、おキヌさんはさすがだな……とか思ってしまう。
いくらうちが銭湯やってるとは言え、まさか祝勝会に使おうだなんて、普通は考えやしないだろう。
……しっかし、そのおキヌさんのせいで、思いっきり鈴守を彼女って宣言しちまったんだよなあ……あの大人数の前で。
こうやって落ち着いてくると……改めて、とんでもないことやっちまった気が……。
「なーに頭抱えてるのさ、裕真」
唐突に「電気風呂行くか!」と湯船を飛び出したイタダキと入れ替わりに、衛がやって来た。
顔立ちなんかは可愛い系で声も高めなコイツだが、その細い身体はイメージに反し、結構引き締まっている。
そういえば……衛の従兄弟の武尊に、剣道やっててかなり強かったって聞いたな。
今まで本人からは、そんな話ゼンゼン聞いたことなかったんだけど。
「ま、この体育祭、結構やらかしちゃった感あるもんねー」
「言ってくれるな……。この先のこと考えると、ちょっと恐ろしい……」
湯船の縁に、今度は背中を預けて、思い切り天井を仰ぎ見る。
そんな姿を、愛想良く笑いながら見ていた衛は、「そう言えば……」と、俺の脇腹のあたりを指差した。
「その傷痕……確か、小学生のときのケガだって言ってたっけ?」
「ああ……コレか?」
俺は自分の脇腹に残る、大きな傷痕に手をやる。
――小学5年の頃、初めて勇者として召喚される……その少し前に出来た傷だ。
「家族旅行で山に行ったとき、イノシシとケンカして、ちょっとな。
……野生のイノシシはヤバいぞホント、お前も田舎とか行くときは気を付けろよー?」
「い……いやいや、イノシシとケンカ、って……!
大の大人でも命の危険があるぐらいなのに、なんでまたそんなバカな無茶を……」
「そりゃまあ、亜里奈がいたからな」
俺があっけらかんと答えると、衛は「え?」と眉根を寄せる。
「亜里奈を連れて、山をちょっと奥まったとこまで探検してたとき、遭遇しちまったんだよ。
……幼稚園児の妹置いて逃げるわけにもいかねーだろ?
そもそも、責任は亜里奈を連れてった俺にあるわけだしさ。
――だから、戦った。もう必死こいて。
まあ、こうやって、牙で脇腹ちょいと抉られたし、猟師のおっちゃんが助けてくれなきゃヤバかったけどな……さすがに。あっはっは」
「と、とんでもないことをサラリと言うねー……」
衛が頬を引きつらせている。
ああ……確かに、言われてみりゃ実は結構とんでもないことなんだよなあ。
ヘタすりゃ死んでたし。
あの後、亜里奈にはメチャクチャ泣かれるわ、心配した父さんと母さんにはマジで怒られるわで大変だったっけ。
……それから勇者になって、さらにとんでもない体験をさんざんしたから――なんか、つい軽く話しちまったけど。
「ま、俺も亜里奈も無事だったからいいってことで。
……そうそう、亜里奈と言えば、友達の武尊から聞いたけど――衛、お前剣道やってて強かったんだって?」
「あ〜……いや、そんな大したことないよ」
衛が、ちょっと困ったような顔をする。
やっぱり、あんまり聞かれたくないことだったか?
自分から話さなかったぐらいだしな……。
ふむ。この先本気でイヤがりそうなら、さっさと話題引っ込めるとして……。
「でも、負け無しだったんだろ?」
「うん、だから辞めたんだ――。
誰が相手でもあっさり勝てるから、つまんなくってさ」
虚ろな表情を浮かべて、そんなことを言ったかと思うと――。
次の瞬間、一転して衛は、驚く俺を見て楽しそうに大笑いした。
「あははは! ゴメンゴメン、冗談だよ。
……実際はその逆、さ。
この先続けてても、上にいる人たちにはどうやったって勝てないなーって思っちゃって。
僕には裕真、危険を恐れずにイノシシに立ち向かった、キミみたいな気概は無いからさ」
「んー……そんなことはないと思うけどなあ……」
そうした見切りの早さのようなものは、確かに衛らしいっちゃらしいが……。
うーん……。
「――ほらね、こうやって雰囲気がおかしくなるから、あんまりこの話はしたくなかったんだよね。
……裕真も、あんまり気にしないでよ。
僕だって別に剣道に未練があるとかじゃないし、帰宅部で裕真たちと楽しくやってて満足してるんだしさ」
衛は、屈託の無い笑顔で言う。
……んー……そう言われると、俺からこれ以上とやかくは言えないか……。
「分かったよ。……でももしなんかあったら、遠慮無く言えよな。
俺でどれだけ力になれるかは分からんけど……」
「ありがとう、主に金銭面で頼りにしてるからね」
「おう、もちろんそれ以外で頼りにしてくれ。
……つーか、もう1000円超えのラーメンはおごらねーぞ?」
俺は先日の恨みを思い出しつつひと睨みしてやるが、衛にまるで気にした様子は無い。
……コイツ……またの機会を狙ってやがるな……ったく。
ま、とりあえずこの調子なら、剣道のことはホントにそこまで深刻な問題ってわけでもないのかな……。
「……なあ、おい、赤宮」
衛の反応に思わずタメ息をついていた俺が、呼ばれて視線を上げると……。
いつの間にか、クラスの男子数人が、なんかやたら目を輝かせて俺を見ていた。
「……おう、どした?
風呂のことでなんか聞きたいことでもあるのか?」
「女湯ノゾける場所とかねーの?」
……なにかと思えば、ヒソヒソと、とんでもないことを聞きやがる……。
「あるわけねーだろ……営業停止食らうわ」
「じゃあさ、あの仕切りの壁、よじ登っていいか?」
「……気持ちは分からんでもないけど、やめとけって。
そもそも難しいし、あのおキヌさんが、こんなイベントブチ上げといて、ノゾキへの対策を講じてないとは思えないぞ」
「しっかしよー……お前は気にならんのか赤宮!
すぐ側で、生まれたままの姿の女子たちがキャッキャウフフしてるというのに!」
「いや、キャッキャウフフはしとらんだろ……」
まあ……仕切りの向こうから聞こえてくる声は、確かにキャーキャーでウフフな感じだが……。
「……だいたい、壁登って上から見たところで、多分よく見えないぞ?
湯気だってあるし」
「阿呆かキサマは!
ガチに見えすぎたらダメなんだよ! 女子に悪いだろうが!」
「ボンヤリとしか見えないから――湯気に隠れるからいいんじゃないか!」
「見えないがそこにある! そこにあるが見えない!
……キミにはそのロマンが分からないのか!」
……なんか、どんどん人が増えていくぞ……どいつもこいつも……。
そりゃまあ、俺だって、女の子のハダカ見たいって気持ちは当然分かるけどさ……。
「……そんなら、水着とかでもいいだろ?
夏休みになったらみんなでプールなり海なり行けば……」
「テメー、まだそんな腑抜けたこと抜かしやがるか!
それはそれ、これはこれだっ!!」
いつの間にか、イタダキのヤツも参戦してきた。
……それどころか、よく見ると衛も端っこでウンウンうなずいてやがる。
こんなときでも付き合いの良いヤツめ……!
……って、なんだか常識的に押し止めてる俺が悪者みたいになってるんだけど。
「だいたいだな、赤宮くん! 鈴守さんだっているんだぞ!
キミは、漢として血が騒がんのかぁっ!!」
「――――ッ!!!」
その名前に、俺の思考が一瞬止まる。
そう……あえて考えないようにしていたが、壁一枚隔てた向こうには、鈴守が――。
あの鈴守が、生まれたままの姿で――!
「………………」
ざばり、と勢いよく湯船から上がった俺は、大股にのしのしと、間仕切りの壁へと近付く。
「おお……みんな、見ろっ!
我らが『勇者』が、ついに立ち上がったぞ!」
「アイツなら、あの果てなく高い魔の山脈も踏破出来る……ッ!」
「よし、タオルでロープを作り、裕真に託すんだ! そうすれば……!」
アホな男子どもの声援を受けながら、俺は……。
壁を背にして――並ぶ洗い場の上に、どっかと腰掛けた。
「……ノゾキ、禁止な。ダメ、ゼッタイ」
「「「 ……えええぇぇーーー……? 」」」
「ええー?……じゃねえよ! 当たり前だろうが!
――てか、ゼッッッタイ、見せん! 見せてたまるか!
それでも、って猛者は、俺の屍を乗り越える覚悟で来やがれっ!!」
「………………」
俺の一喝に、コトは治まると思いきや……。
集まった男子どもは、互いに顔を見合わせ、妙に清々しい顔でうなずき合うと――。
ジリジリと、みんなして俺との距離を詰め始めた。
……お、おいおい……マジで? マジでやる気なのお前らっ!?
「ぬおおー! 覚悟せいや、赤宮裕真ぁーっ!!
我らは、今こそキサマを退けて真の勇者となるのだぁーーッ!!」
「だああっ、クソ!!
この阿呆どもが、全員返り討ちにしてやらぁーーっ!!」