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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
7章 勇者たちの、記憶にも記録にも残りそうな体育祭 (後編)
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第75話 その歩みが勇者の走り――限界突破へ!



 ――ウチは今、不思議なくらい落ち着いてた。



 さっきまで、あんなに頭の中ぐちゃぐちゃやったのに。


 どうしよう、どうしようって……そればっかりやったのに。



 ……ケガが痛いのも、泥んこになったんも、大したこと(ちゃ)う。


 みんなに――赤宮(あかみや)くんに、迷惑かけた、足引っ張ったって……それが、悔しくて、情けなくて、哀しくて……。


 ウチのせいで、負けてまう、って……。




 ……でも――。




 ――『大丈夫――俺は勝つ。絶対だ』




 赤宮くんのその言葉が。

 まっすぐに向けられた眼差しが――。



 ウチの不安も、混乱も……ウソみたいに拭い去ってくれた。



 単純に、好きな男の子に言われたから、ってだけやなくて……。


 赤宮くんの『大丈夫』には、びっくりするぐらいの安心感があった。


 その場しのぎの言葉とかやったら絶対にありえへん、本当に『大丈夫』って信じられるだけの、すごいチカラがあった。



 だから――。



 どう考えたって、絶望的な状況やのに。


 勝てるような要素なんかゼンゼン無いのに。




 ウチは――赤宮くんが勝つって、信じて疑わへんかった。











     *     *     *




 ――もう、はっきり言ってしまおう。


 ……メチャクチャしんどい……!




 大見得切って走り出したはいいけど、50mダッシュを連続60本するぐらいの気で走るとか、考えるまでもなく拷問級だ。



 ゴールにバケツ用意してくれ!……なんて言ったものの、500mも走ったところで、すでに胃が締め付けられるような感じがしてる。



 だけど――――!




「……まぁだまだぁ……っ!」




 ――吐きそうになるぐらいがなんだってんだ。



 〈瘴気の沼地〉で迷ったときなんて、漂う瘴気で四六時中気分が悪いわ、足場は悪くて疲れるわ、襲ってくるモンスターは毒持ちばかりだわで……。


 メシ食ってもすぐに戻しちまうような過酷な環境で、一週間ぐらい過ごしたんだ。



 それに比べりゃ、この程度――っ!!



「……ひぃっ!?」



 2位を走っていたD組のアンカーは、俺の鬼気に気圧されたのか、こちらを振り返るや道を空けるように飛び退いてくれたので、その横を一気に走り抜けた。



 さらに……無茶なペースで走り続けているのだから、いい加減、足も重くなってくる。



 だが――足が重いぐらいなんだってんだ!



 〈命枯れし砂漠〉を踏破したときなんて、暑苦しいわ水は無いわ、砂ばっかだからひたすらに歩きにくいわ、そのくせ襲ってくるモンスターは素早いからこっちも動き回らにゃならんわで……。


 足が棒になって、干涸(ひか)らびて、でも立ち止まれば死ぬしかないから歩き続けたんだ。



 それに比べりゃ、こんなもん――っ!!



「……うぅらあああっ!」



 気合いを入れ直して足を動かし、そうしてさらに突き進めば――。




 やっと……上り坂のその先に。


 悠々としたペースで先を行く、脚立(きゃたつ)センパイの姿を捉えた……!




「逃がすか……っ!」




 ただでさえ息が上がってツラいのに、上り坂とかホントに苦しい。



 けど――この程度の苦しさなら、さんざんに味わってきた!



 〈邪竜山脈〉に登ったときなんて、極寒の吹雪に見舞われるわ、雪に足を取られてまともに歩けんわ、そのくせ邪竜の奇襲から逃れるために走り回るハメになるわで……。


 酸素も薄い中を、邪竜が吐く氷嵐の息吹(アイスブレス)に追い立てられるっていう、極限すぎる高地トレーニングをこなしてきたんだ。



 それに比べりゃ、まだまだヌルい――っ!!



「へえ……思ったより速かったじゃないか? 勇者クン」


「どうも、センパイ……さっきぶり……っ!」



 ようやく、余裕たっぷりのセンパイに並んだ俺は――合わせてペースを落とす。



 ……正直、さすがにちょっと助かったと思わずにはいられない。




 だが――勝負は、ここからが本番だ。




 案の定、センパイは、ちょっとずつペースを上げ始めた。


 だから俺もまた、少しずつ足に力を込めていく。



「……ツラそうじゃないか。さっさと諦めたらどうだい?」


「まーだまだ、準備運動レベルっすよ……?」



 ……ああ、ツラいよ、当たり前だろうが。


 でも……だからこそ、ここで弱音を吐くわけにはいかない。



 まだまだ余裕だって強気を、崩すわけにはいかないんだ……!




 なおも、センパイはペースを上げる。


 ――だが、俺は離れない。




 さらにペースを上げる。


 ――それでも、俺は離れない。




「なんだよ、クソ……っ!」



 一向に離れず食らいついてくる俺に、脚立センパイの表情が歪み始める。



 ……ふふん、いいね……。

 それだセンパイ、それが見たかったんだよ……!



「ホントに、なんなんだよお前……!」


「ご存じ『勇者』っすよ、センパイ……!」


「ちっ、それなら……!」



 ――センパイのペースが一気に跳ね上がった。


 俺を振り切ろうと躍起になってるのが分かる。



 しかし――やはり、俺は離れない。



 お互いに肩をぶつけ合うような状態で、俺たちは走り続ける。



「コイツ――は、離れろ、いい加減、離れろって……!」


「センパイこそ……オーバーペース……でしょう?

 さっさと……スピード落とした方が……いい、んじゃ――ないですか……っ?」



 ……ぶっちゃけ俺もヤバいぐらい気持ち悪いし、長々としゃべるほど呼吸に余裕なんて無い。



 だけど、ここで俺は……ふふんと、不敵に笑ってやった。


 正直、今の俺が笑うと、どんな笑い方をしようと相当に凄絶な笑顔になることだろう。



 けれど、だからこそ――。

 今このとき俺は、思いっきり、とびっきりに笑ってやった。



 その狙い通り――センパイの表情が、強張る。





 ――呑まれた。ついにビビったな……!





 いいかセンパイ、覚えとけよ?


 ……ケンカはな、他でどれだけ勝ってても――。



 ビビって呑まれたら、『負け』なんだよ……!!




「はっ、はっ……!!」


 センパイの呼吸が……一気に乱れてきた。



 普段なら絶対やらないオーバーペースで、しかも心をかき乱されてちゃ、そりゃあ息も苦しくなるだろ。



 トップアスリートでも、集中が乱れりゃ散々な結果になったりするぐらいなんだ。


 センパイ――プロ選手でもないアンタじゃなおさらだよな……!



 ――少しずつ、少しずつ……しかし明らかに、センパイのペースが落ちていく。


 ちょっと前まで余裕で走っていたのがウソのように、大口開けて必死に酸素を取り込む。




 だけど……ここで一気に抜き去れるほど、俺にも余力なんて無い。


 ……正直言って、食らいついていくだけで、もうひたすら、地獄のようにツラくて苦しい。




 でも――まだ『ように』だ。


 ホンモノの地獄はこんなもんじゃない……!




 灼熱の溶岩の合間をさまよい歩いた先、魔王の城に巣くう、一騎当千のモンスターどもを退け……。


 さらにその後、比喩でもなんでもなく本当に三日三晩続いた、あの魔王との死闘に比べりゃ……!



 それに――それにだ!


 俺が負けて、鈴守(すずもり)が泣いちまうのに比べりゃあ……ッ!



 こんなもん、こんな程度で……! 俺の足が止まるかよっ!!!




 ――脚立センパイも必死に走る。


 無茶なオーバーペースやら、俺にかけられたプレッシャーやらでガタガタだろうに、それでも何とか歯を食いしばって、遅くとも、走り続ける。



 そして俺も、それに食らいつく。


 決して離されまいと、一心不乱に走り続ける。




 やがて――俺たちはもつれ合うようにして、校門まで戻ってきていた。


 とんでもない大歓声が聞こえる気もするが、単なる耳鳴りかも知れない。




 そうして――。



 トラックを半周し最後のストレート、あとはゴールテープを切るだけ――という段になって。




 脚立センパイのアゴが、大きく上がった。


 もうムリだと、限界だと、身体が上げる悲鳴に、ここに来てついに負けたのか――ガクンと失速するのが分かった。



 ……そりゃそうだ。むしろここまでよく頑張った方だよセンパイ。


 だけどさ、残念ながら――。



 火事場の馬鹿力って、あるだろう?


 生きるか死ぬかってレベルの、本当の『限界』は――もっと先なんだぜ?




 何度も死にそうな目に遭ってなきゃ、絶対分からねーだろうけどな……!!




「ぉおおおああああああーーっ!!!!」




 ここで俺は、逆に――さらに、一気に、ペースを上げる。


 そして、脚立センパイを置き去りに――。




 思いっきり身体を投げ出し、前方に飛び込んで……受け身も取れずに地面を転がった。





 ――真っ白なゴールテープを、その身に巻き取って。





「――赤宮くんっ!!!」



 一番に駆け寄ってきてくれた鈴守が、倒れ伏して動けない俺の上体を抱き起こしてくれる。



 続けて――。




《……か……か、か、かか、勝ぁっったああああーーーーッ!!!!

 あの大差を覆し――!!!

 2-Aの赤宮裕真(ゆうま)くん、なな、なんと…………宣言通りの、大大大逆転勝利ぃぃーーー!!!


 そして…………この瞬間ッ!!!


 紅組の総合優勝も、決定いたしましたぁーーーーーッ!!!!》




「「「「「 うぅおおおおおおーーーっっっ!!!! 」」」」」



 大興奮の放送に続いて、とんでもない大歓声が空気をビリビリと震わせた。




 ……あ、ありがたいけど、今はちょっとカンベンしてほしい……。


 正直頭がムチャクチャ痛ェ……ガンガン響いてツラい……。



 ――っていうか…………ぎ、ぎもぢわるい……。



「赤みゃーーん!!! よくやったあああっ!!!」


「お、おキヌさん、いいから……ぷ、ぷりーず、バケツ……」


「おお、ほいよ」



 おキヌさんが、どん、と差し出した、ステキにボロいブリキのバケツを……グルグル回る視界の中、必死にたぐり寄せ、抱え込む。



 ……な、なんとか間に合った……。



 必死にガマンしていたキラキラを、盛大にバケツさまに受け止めていただく俺。



 その間……鈴守は、優しく俺の背中をさすってくれていた。



「いいよ……鈴守、きったねーだろ?

 汗ダクだし、汚れるから、離れて……」



「ううん、大丈夫。ええよ汚れても。そんなん気にせえへんから。

 ウチかて泥んこで汚いし……。

 うん、やから……せめて、これぐらいさせて――」



 鈴守は泣き笑いのような顔で、なおも背をさすり続けてくれる。



 ああ……なんか、ホントに。


 これだけで、何よりも……どんな回復薬よりも、癒やされるよなあ……。



「ホンマに……ありがとう、赤宮くん。ありがとう……」


「はは……言ったろ? 大丈夫、って」


「うん……うん。信じてた……!」


「……ああ。ならなおさら、勝って当然――」



 ちょっとカッコつけようとも思ったけど……このヒドい状態じゃあな。



「――なんて、これじゃカッコつかないよなあ……」


「うん、ヒドい顔してる。

 ……最高にカッコイイ、ヒドい顔」



 鈴守は、目尻の涙を拭って、笑い直してくれた。



 はは……くっそ嬉しいな。フラフラな頭がクラクラしちまう。



「……ありがとう。

 ――でもホント、これだけヒドいと俺の方が敗者みたいだよ……なあ、脚立センパイ?」



 俺はそう言って、視線を上げる。


 ――気配で感じていた通り、そこには……荒く息をつく脚立センパイが立っていた。



 ……ホント、バケツに熱烈ハグしてる俺なんかより、よっぽど勝者な佇まいだ。



「あ・だ・ち、な。足立(あだち)進吾(しんご)! 脚立はアシ違いだから!」


「おお、失礼……足立ハシゴ先輩」


「し・ん・ご! 脚立進吾!」


「……ついに自分で認めたか……センパイも、まだ脳に酸素回ってねーな?」



 俺が青い顔でくっくっと笑ってやると、センパイは「バケツとハグしてるヤツに言われたくないよ」とタメ息混じりの苦言をもらす。


 そして――。



「……ったく――ホンっト、そんなになるまで走るとこ見せつけられちゃあな……。

 あ〜……負けた負けた。負けたよ勇者クン――いや」



 そんな悪態をつきながらも、どこかすっきりしたような表情で……。



「勇者――か」



 そう言い直して、表彰台の方をアゴで示した。



「主役が来なきゃ、始めらんないだろ。ちょっとの間ガマンしろ」


「あ〜……はいはい。

 ――あ、ゴメン鈴守……」



「ったく……そのコも足挫いてるんだろ?……ほら」



 鈴守に支えてもらって立ち上がった俺の肩を、脚立センパイが強引に取った。



「……どうもっす、センパイ。

 あ、でも負けは負けですから、カンパはしてもらいますよ?」


「わーってるよ! これでチャラにしてもらおうとか、そんなセコいこと考えるか!

 ……ったく、がめつい勇者だな!」




 雲間から射し込む光が増え、すっかり明るくなった空を見上げながら……。




 俺たちは、揃ってフラフラな足取りで……表彰台に向かうのだった。







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― 新着の感想 ―
[一言] >ホントに、なんなんだよお前……! 通りすがりの勇者だ、よく覚えておけ!(ディ○イド(ォィ そして……たとえどんだけ汚くなっても。 最後の最後まで諦めない勇者ってのはかっこいいのだぜ( ´…
[良い点] 3つもの異世界で勇者やると、くぐり抜けた地獄の数とバリエーションがぱないっすね~。
[良い点] 運動会ネタ大好きでした(感謝)! [一言] >500mも走ったところ そこまで普通はもたんわい Σ( ̄□ ̄|||) ww >カンパ ここ大切 (`・ω・´)b ☆彡
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