第74話 チカラ無くとも、追い込まれてからが勇者
「……なあ、軍曹。
軍曹って……ホント、なんなんだ?」
雑木林の〈呪疫〉もキレイさっぱり一掃し、ついでに(というか、アーサーはそっちが目的だったわけですが)高い場所からマモルくんが走るのを応援して……。
さあ、応援席に戻ろう――と歩いていると、ついに、アーサーはその疑問を口にしました。
……とりあえず、こうやって落ち着いて話せる状況になるまで、当然抱くだろうその疑問を胸に留めて、まず行動を最優先にしてきたことは評価してあげましょう。
もしも、のっけからギャーギャー騒いでたなら、さっさと眠らせていたところですからね――そう、魔法じゃなく、物理的に。
さて、それはともかく……どうしたものでしょうかね。
記憶を封印してしまうのが手っ取り早くて確実でしょうが、記憶に関わるような精神系の魔法は、相当に特殊で……わたしも勇者様も扱えませんし。
魔王のヤローなら、使えるとも思うんですが……。
アイツ、フテ寝だか昼寝だかシエスタだかストだかサボりだか知りませんけど、未だに勇者様が持つ〈封印具〉に籠もって、ウンともスンとも言いやがりませんし……。
……ええ、そりゃね?
魔王って、本拠地に引きこもるのがお仕事――みたいなとこありますけどもー……。
こっちの世界に来てまでそれ実践するぐらいなら、もういっそ異次元とか、他者の干渉がまったくないところに引きこもって二度と出てくんなと言いたい。シット!
まあ他にも、幻惑系の魔法をかけて、催眠術みたいに、適当なでっち上げを信じさせるってテもありますが……。
さすがにそんなのでごまかすには、この記憶は鮮烈で強固すぎるでしょうしー……。
しかも、曲がりなりにも、聖剣が認めるほどの心を持った人間となると……。
いくら子供でも、そうした精神・幻惑系の魔法に対するナチュラルな耐性も高そうですし……。
ふむー……。
そうなると、やっぱり、物理的に記憶を抹消するのが一番ですかねえ……。
「……おい、軍曹……なんでいきなりバッティング練習みたいなマネ始めてんだよ……」
「え? ああ、ただのバッティング練習ですから。気にしないで下さい」
「いきなりそんなアヤしい動きされたら気にするってーの!
……どーせアレだろ?
思いっきりオレの頭ブッ叩けば記憶が飛んでくれるんじゃねーかなー……とか思ってンだろ?」
「いやいや、まさかまさか、そんな乱暴なこと企むわけないでしょう~。
――うーん、脳に一番いい感じに衝撃が伝わる角度は……っと……」
「ウソつけ! 今言った!
脳に衝撃とかヤベーこと言った!!」
「……えーい、グチグチと小せぇことぬかしてんじゃねーってんですよジャリ坊が!!
聖剣ブン投げるとかやらかしたキサマは、本来なら釘バットで、なんかもういろんなモンをブッ飛ばしてやりたいところなのに、記憶ぐらいで許してやるって言ってンでしょーが!
歯ぁ食いしばって大人しくどつかれてろ!」
「ほ、ほら、やっぱし記憶トバすつもりだったんじゃねーか!」
「……ちっ。こうなったらもう、強引に実力行使で――!」
……と、そこまでノリと勢いで言ってから――。
わたしは、大きな大きなタメ息をつきます。
「……ったく、ンなわけないでしょうが……。
もっとも――。
アーサー、あなたの返答、そして今後の行動次第では、それに近いことをする必要もあるかも知れませんが」
「……よーするに――黙ってろ、ってコトだよな?」
「そういうことです。
……詳しいことは話せませんが、あなたが見たようにわたしは、特殊なチカラを使って、この世に害を為す存在を人知れず滅ぼす、一種の正義の味方です。
もちろん、その立場上、敵対する者もいます。
……ですから、わたしの正体を知っていると知られれば、あなただけじゃない、周りの人たちも巻き込まれる恐れがあります。
なので……決して、誰にも話さないように。
そして、これ以上、何も聞かないように――いいですね?」
さて……と。
一応ウソは言ってませんし、これぐらいの説明で納得してくれればいいんですが……。
「えっと、アリーナーとか、お前らの兄ちゃんも知らないのか? このこと」
「……当然でしょう?
――っていうか、その2人を巻き込もうものなら、マジにあなたを消しますよ?」
……だって、あの2人にこのことバレたら、なんかボロクソに言われてメンドクサイことになりそーですしー……。
「――分かった。
誰にも言わねーし、これ以上聞かない。ゼッタイに」
「……誓えますか?
冗談でもお遊びでもなく、本当に危険に巻き込まれるかも知れないんですからね?
それこそ、今回みたいに」
「分かってるよ。誓う。
――軍曹、困らせたくねーし」
珍しく、真剣な顔で殊勝にうなずくアーサー。
……ふむ……。
まあ、ガヴァナードも認めたぐらいですし――。
その真っ直ぐな眼と言葉、わたしも信じるとしましょうか。
「いいでしょう。
……ならこれは、わたしとあなただけのヒミツってことで」
「! お、おう!
ぐ、軍曹とオレだけのヒミツな、うん!…………へへっ」
「…………なに笑ってるんですか」
「あ、な、なんでもねーよ!
……でも軍曹、オレ、応援してっから!」
「……はあ?」
「ヒーロー稼業だよ! 応援してるから!
で、もし、オレでまた役に立てるようなことあったら、いつでも、なんでも言ってくれよな!」
なんか……気付けば、アーサーは目をキラキラさせてました。
これが、おバカでお子ちゃまなアーサーだからなのか、それとも男子ってのはそういうモンだからなのかは……わたしには、何とも判別出来ません。
とりあえず、口をついて出たのは……小さなタメ息でした。
「――はいはい、分かりました。
ですが、くれぐれもこのことは――」
「分かってる、オレたちのヒミツ……だもんな。
正体を隠してこそヒーローだし、それは守るって、ゼッタイ!
でも――オレが心ン中で応援するのは、問題ないだろっ?」
すごくいい顔をするアーサー、それに根負けするみたいに……。
「……好きにすればいいんじゃないですか」
わたしは、呆れ顔で……ぶっきらぼうに、そう答えてしまってました。
* * *
――グラウンドの興奮が、大いに高まる。
いよいよ……俺たちアンカーが、スタートラインに並び始めたからだ。
「………………」
脚立――じゃない、足立……ああもういいや、脚立センパイも、さすがにいちいち俺に構う余裕がなくなったのか、真剣な表情で前走者を待っている。
……まあ、それもそうだろう。
少し前に放送席に入った情報によれば、白城、衛に続いて、鈴守も猛チャージをかけて――今はウチがトップらしいからな。
みんな、さすがって感じだ。
俺は俺で、すでに前準備として自分に〈弱体化〉の魔法をかけてある。
マジメに一生懸命走って、リードを守って勝つには、ちょうどいい具合だろうか。
まあ……正直言うと、トップでバトンが来るとは思ってなかったから……もっと厳しい走りになるって覚悟してたんだけど……。
みんなのおかげで、楽――とはいかないまでも、多少は余裕をもって臨めそうだ。
ありがたい。
《……さあー、皆さん!
ついに、アンカーにバトンを託すべく、トップの選手が校門を抜けて戻ってまいりました!》
――来たな、鈴守……!
放送席のアナウンスに合わせて、喚声が沸き起こった校門の方を見やる。
そこには――。
「………………?」
キレイなフォームで走る、F組の3年生がいた。……結構速い。
鈴守……抜き返されたのか?
まあ、相手は長距離の専門家だしな……。
――どうせすぐに来る、1位か2位かなんて大した問題じゃない……。
さして気にもせず、落ち着いて待つ俺だったけど……。
F組の3年生がトラックを回り、俺たちのいるラインに近付いてくるその間も。
一向に、鈴守が姿を見せる気配はなく――。
それどころか、次にグラウンドに戻ってきたのは――3位だったはずのD組だった。
なんだ、どうなってる……?
まさか、鈴守になにかあったんじゃ……!?
途端に不安になり始めた俺の隣では、脚立センパイが悠々とバトンを受け取っていた。
「それじゃあ勇者クン、お先に」
そして、さっきまでとは打って変わった余裕の表情を置いて走り出す。
……普段ならイラッときたかも知れないが、今の俺はそれどころじゃなかった。
一方で、このスタートラインからは、比較的近い位置にうちの応援席があるので……なにか情報が入ってないか、聞いてみようと振り向いた瞬間――
「――なにぃぃッ!!??」
そこでは、スマホを手にしたおキヌさんが、大声を上げていた。
「どうしたおキヌさん! 鈴守になにかあったのか!?」
「ああ、赤みゃん! それが――!」
「――待ってお兄、来たっ!!」
おキヌさんの返事を遮って、大声を出した亜里奈が校門の方を指差す。
慌てて振り返ると、そこには――確かに、鈴守がいた。
……一目で分かる。
よっぽど派手に転んだんだろう、体操服ばかりか全身を泥で汚し、ヒジやヒザは、擦り傷で痛々しく血に染めて……。
足首も捻ったりして痛めたのか、かばうようにして……。
それでも、棄権もせず、歩きもせず……。
たとえ遅くとも、俺にバトンを渡すべく、ここを目指して走り続ける――鈴守が。
「……鈴守ぃっ!!!」
――今すぐにでも駆け寄ってやりたい。
だけど……それをすれば、俺たちは失格だ。
あんなになっても、レースを放棄してない鈴守の想いを……他ならないこの俺が、ムダにしちまうことになる。
だから俺は、せめて、スタートラインのギリギリまでいって、鈴守を待った。
ひょこひょこと走る鈴守が、俺の下までたどり着くのを――歯を食いしばって。
そして――
「……赤宮くん、ごめん、ごめん……っ……!」
泥で汚れた顔に、さらにベソをかきながら……。
繰り返される「ごめん」と一緒に差し出されたバトンを、鈴守の身体ごと受け止めた。
「ごめん、ごめんな、ホンマにごめん、ウチ、ウチ……っ……!」
「……いいよ、お疲れさん。
こんなになってまで、ホントによく頑張ったよな」
俺は、胸に抱え込んだ鈴守の頭を、ポンポンと撫でる。
「――おキヌさん、鈴守のこと頼むよ。
あと……悪ぃけどさ、ゴールにバケツ用意しといてくれない? 汚いのでいいから」
「はあっ? いや、そりゃおスズちゃんのことは任されるけど、なにさバケツって!?
――っていうか、心配なのは分かるけど、走らないと差が――!」
「いや、こないだテレビで見たんだけどさー……」
慌てるおキヌさん――と、クラスのみんなとは対照的に……。
俺は、落ち着き払っていた。
もちろん、今さら〈弱体化〉の魔法は解けない。このレース中は効果が続くだろう。
勇者としてのチカラを解放して、人外の走力で大逆転、ってわけにはいかない。
――それでも、だ。
「3000mの高校生の最高記録って、8分ぐらいらしいんだ。
……で、俺の50mの記録はだいたい6.5秒。
要するに――だ」
俺は、手の中のバトンで、自分の頭をコンコンと軽く叩く。
そうしながら、ふと空を見上げれば――。
ちょうど、黒雲の隙間からは、午後のまばゆい太陽が顔を覗かせていた。
「50mダッシュを、60本連続で走りきるつもりでいけば――3000mを、少々遅く見積もっても7分で走れる計算になるんだよなー。
つまり……勝機はまだまだ、十二分に、余裕であるってわけさ」
「い――いやいや! なにさ赤みゃん、その超脳筋理論!?
3000mずっと全力疾走するってことだぜ!? そんなの――」
そうだな、実際には出来るわけない。ムチャクチャだ。
だけど……それに近づけることは、出来る。
さらに、さっきの様子からして……あの脚立センパイのことだ、余裕で勝てると判断して、全力で走っちゃいないだろうし……そもそもセンパイが、高校最高記録を出せるほど速いはずもない。
つまり――俺が限界突破のハイペースでいけば、追いつけるはずなんだ。
そして、追いつきさえすれば…………勝ち目は、ある。
「だからバケツ用意しといてくれって言ったんだろ?
――走りきったら、確実に吐くからな!」
俺が笑いながら言っても、おキヌさんは何か言いたそうだったが……。
その横で、俺に笑みを返してるヤツがいた。――亜里奈だ。
さすが……よくわかってるな、妹よ。
「よく言った! それでこそお兄だよっ!
いけ! やっちゃえ! 勇者の根性見せてやれーーーッ!!!」
「――おう! 任せとけ!」
亜里奈の声援に応えてから、俺は改めて、腕の中の鈴守を見る。
そして――ほっぺたについた泥を、指で拭って。
涙を浮かべたままの、その不安そうな顔を、少しでも安心させようと……。
一つ、ゆっくりとうなずいた。
「――鈴守が繋いでくれたもの、ムダにはしないよ。
大丈夫――俺は勝つ。絶対だ」
「……あかみや、くん……」
最後にもう一度、ニカッと笑いかけてから、鈴守の身体を離すと――俺は。
〈弱体化〉の影響で、いつもより重い身体を、しかし最高に速く走らせるために――。
(脚立センパイ……逃げ切れると思うなよ……?)
沸き立つ闘争心のまま、思いっきり――地面を蹴り飛ばした!