第72話 小さな勇者予備軍と、走る彼女の不安
――ハッキリ言ってしまいますと、わたしが一時的な『許可』を出しているので、アーサーがガヴァナードを使うこと、それ自体はまず問題ありません。
けれど、やはり適性とか相性みたいなものはあるわけで……。
そう、人間風にたとえて言うなら、『イヤイヤ従う』か、『進んで協力する』か……そんな違いが。
ガヴァナードに、明確な意志があるわけではありませんが……。
そしてそれは、たとえば勇者様なら、『ベタ惚れ』とか『マブダチ』レベルだったりします。
実際、ガヴァナードを手にした勇者は数あれど、赤宮裕真という人の適性はズバ抜けているのです。驚異的なほどに。
『真の力』を解放してないガヴァナードなんて、ヘタすりゃ、折れないってだけのナマクラなのに……弱めとは言え、聖剣としてのチカラを発揮出来ているのですから。
そして――アーサーはというと。
「…………っ!」
唾を飲み込んだアーサーが、意を決したようにその柄を握ると――。
ガヴァナードは、蒼く柔らかく……輝きました。
……やっぱり。
『認め』ましたか――ガヴァナード。
――本当の〈勇者〉に求められるのは、能力的な素質なんかじゃない――。
わたしは勇者様と知り合って、それを教えられました。
アーサーは、アリナのような稀有な魔力を備えているわけでもないし、身体能力だって、平均的な小学生とほとんど変わらないでしょう。
さらに、さっき棒切れで〈呪疫〉に立ち向かっていたのも、冷静な状況判断が出来てないだけで、ただの蛮勇です。褒められたようなものではありません。
だけど――アーサーは、諦めませんでした。
追い詰められて、絶体絶命の状況で、それでも諦めませんでした。
それも……あのときの目の輝きからすれば、死ぬのが怖いとか、そんな理由じゃなくて――。
コイツのことです、自分を引き止めたアリナのことを考えたんでしょう――『ここで自分が死んだりすれば、きっと気にする』と。
……ええ、実際そうでしょう。
アリナはすごく優しい子ですから、仮にそんなことになろうものなら……あのとき何をしてでも引き止めていれば――と、心に深い傷を負うのは間違いありません。
それを、アーサーは分かっていました。
……ぶっちゃけ、アーサーなんてガキんちょです。
言動はお子ちゃまだし、生えるものだって生え揃ってやしない……あ、歯のコトですよ?
でも――。
危機に瀕して、自身の生存本能より他者の心を優先するなんて……大人だからってそうそう出来るようなことでもないはずです。
そして――それこそが。
わたしが勇者様に見た、ホンモノの〈勇者〉の素質――いわば魂なんですよね。
……まあ、ホント、勇者様に比べれば、あくまで『最低限の条件は満たしてる』って程度のレベルですけどね。
わたしは思わず頬をゆるめながら……呆けたように手の中の聖剣を見つめるアーサーに声をかけます。
「……どうです、使えそうですか?」
「使える……そんな気がする。思ったほど重くないし……」
……へえ。表情が引き締まりましたね。
男子ってのは、武器を握るとそれだけで目ェ輝かせるって聞きましたけど……そういうんじゃなさそう。
うん、良い感じですね。これなら――
「……ほらアーサー! 左!」
「お、おう!――たあぁぁっ!!」
わたしの声に素早く反応して、アーサーは左手から襲ってきた〈呪疫〉に聖剣を叩き付けました。
輝く刃は、凝り固まった闇を一刀両断し――勢い余って、腐葉土を深く抉ります。
力の加減が出来てないですね……まあ、当然でしょうけど。
「き……効いた! 斬れたっ!」
「構えがユルい、振りがヌルい、そのくせリキみ過ぎ。
……トータルで、ムダ多過ぎ。どヘタか。
じーさんのラジオ体操の方がキレてンぞ?」
喜ぶアーサーに、すかさず、どキッパリとクギを刺しておきます。
……ここでヘンに褒めたりしたら、コイツのためにもなりませんからね。
「……ぅぐ……! お、おう……」
……ふむ?
調子に乗って反論してくるかと思いきや……なかなか素直じゃないですか。よしよし。
「ま、とりあえず戦力にはなりそうですし……良しとしますか」
やれやれ、な感じに言って――。
密かにジリジリ近付いてきていた〈呪疫〉どもが襲いかかってくるのを、蹴り上げ、蹴り飛ばしてからハチの巣にしてやります。
「さて、いいですかアーサー?
さっきあなたが無謀なケンカ吹っかけてピンチになったことぐらい、そのお猿な頭でも覚えてるでしょう?
その剣があっても、あなたが一発でダメになりかねないヘボなボーイ……略してヘボーイなことに変わりはないんです。
だから、調子に乗ってヘタに突撃したりせず、自分の身を守るのを最優先にすること――いいですね?」
「……おう。軍曹の足は引っ張らねー。
で、向かってきたヤツだけ倒す――で、いいよな?」
「そう! 上官の言葉にはすべてイエシュだ!」
「――イエシュ、マムっ!!」
「よし! では……戦闘開始っ!」
そう宣言したわたしは、率先して〈呪疫〉の群れの中へと飛び込みます。
そうして――。
かわして撃ち、撃ってはかわし……。
蹴って撃ち、撃ちながら蹴り……。
払って撃ち、撃ちつつ払い……。
撃って、かわして、撃って、蹴って、撃って、払って、撃って撃って撃って撃って――!
手当たり次第、風穴開けて、ハチの巣にして、塵にして……消してやりました。
……詳しく何体とかはもう、いちいち数えてません。とにかくいっぱい。
――で、その合間に、様子を窺ったところ……。
アーサーはマジメにわたしの言いつけを守り、自分の近くにいるヤツを、深追いはせず慎重に、1体1体斬り伏せていました。
……まあ、ガヴァナードの加護があるから、ホントのところは、コイツらの攻撃程度一発もらったところで、ヘボーイのアーサーでも即戦闘不能ってことはないんでしょうけど……。
この様子なら、いちいち気に掛けなくても、調子ぶっこいて油断した挙げ句ピンチになる――ってことはなさそうですね。
なら……わたしはわたしで、遠慮ゼロでさらに暴れるとしますか!
「いいぞアーサー、そのペースを守れ!
イキがってわたしの足を引っ張るようなブザマなマネだけはするなよ!」
「イエシュっ、マム!!」
「悪ガキが、返事だけはいっちょまえだな! 信じるぞ!」
そう言い放ち、ポニーテールを振って出した最後の弾倉に交換――。
残る〈呪疫〉どもを一気に殲滅するべく、わたしは地面を蹴りました……!
* * *
――走者の待機場所は、思ってたよりは賑やかやった。
待ってる走者同士で話したりもするし、係の子らもおるし、応援の人らも――。
「「「 おねーさまぁーっ!!! 」」」
「………………」
……なんか、ウチに向けてすっごいアツい視線と、声援を送ってくれる1年生の子の集団もおるけど……。
あの子らも、まあ……応援……で、ええんやんな……?
い、一応、笑顔で、ペコッと頭下げとこう……。
「「「 きゃーっ! きゃーーーっ!!! 」」」
……めっちゃ喜んでもらえた……。
ありがたいことやけど、うう、なんかめっちゃ恥ずかしい……。
今は一人でおキヌちゃんたちも赤宮くんたちも近くにおらんから、もう余計に……。
でも――。
場はこうして賑やかやけど、ウチはなんか、却って静かに感じてた。
時間とともにちょっとずつ近付いてくるレースの喧噪が、やけに気になる。
耳につく。
理由は……なんとなく分かる。
そう、これは……緊張のせい。プレッシャーのせい。
そして、そんなウチに……応援してくれてる1年生の子たちの話し声が聞こえてくる。
「……ああ、でも、おねーさまにはカッコ良く走ってほしいけど……!」
「そうなんだよねー、勝っちゃったらおねーさまがフリーにならない……!」
「大丈夫大丈夫! おねーさまは颯爽と美しく走ってリードして、で、最後にあの『勇者』が負けてくれればいいんだから!」
「確かにそうだけど、それはそれで、アレがおねーさまの努力をフイにしてくれやがるみたいでムカつくなー……」
……………………。
あ、アレって……赤宮くん、エラい言われようやなあ……。
でも……あの子らが言うてるのが、まさにウチの緊張の原因やった。
まさか――赤宮くんが自分から、あんな『負けたら別れる』宣言をしたとか思われへんけど……そんなん、信じてへんけど……。
もしかしたら、冗談でそれに近いようなこと言うたら、その発言を拾われて拡大解釈されたとか、そんなんかも知れへんけど……。
けど、その話が出回ってもうたんは事実やし……。
まさか、負けたらホンマに別れることになるとか、そんなわけないって思うけど……。
でも赤宮くんマジメやから、って、そんな考えもあって……。
負けたら別れなあかんの? って――。
その怖さばっかり、強くなってて……。
「……そんなん…………イヤや」
ウチの口から、ぽつんと言葉がこぼれる。――本音が。
付き合って一ヶ月ぐらいやけど……赤宮くんのことは、その前から好きやったんやし……。
付き合ってからも、おキヌちゃんたちには『進展なさすぎ!』とかからかわれるけど、でも……好きな気持ちは、どんどん大きくなってるし……!
こんなんが切っ掛けで別れるとか……そんなん……絶対、イヤや……っ!
だから――。
だから、勝たな……。
ゼッタイ大丈夫なように、勝たな……!
赤宮くんが少しでも有利になるように、ウチが、ちょっとでも速く……っ!
……まだ遠いレースの喧噪が、ちょっとずつ、ちょっとずつ近付いてくる。
合わせるみたいに、ウチの心臓の鼓動も、どんどん速くなってる気がする。
――それを抑えよう、って……逸る心といっしょに抑えようって、意識して何度か深呼吸して……ウチは空を見上げる。
そこには、ウチの不安を、そのまま映し出したみたいに。
それとも――。
この先に良くないことがあるって、暗示してるみたいに……?
まだ、黒くて重い……厚い雲が、垂れ込めていた。




