第71話 少年のクラスメイトは、銃を使う剣の聖霊
……あの放送は、なかなか衝撃的だったなあ……。
――裏の山道の、入り口あたり。
500mを走る第9走者の待機場所……レースの喧噪は遠く、まだまだ静かなそこで、わたしはスタート直前の放送のことを考えていた。
第9走者なんて、ほとんどが3年生か2年生だから、1年のわたしはちょっと浮いていて……話相手もいないし、それぐらいしかやることがないってのもあるんだけど……。
やっぱり、なんと言っても無視出来ない内容だったからね。
……正直、赤宮センパイが、自分からあんなこと言い出すなんて思えないけど……。
『負けたら別れる』宣言――か。
そりゃ赤宮センパイのことだから、勝つ自信はあるんだろう。
でもだからってあの人が、鈴守センパイとの仲をネタにするみたいな、そんな軽薄なマネをするなんて考えにくい。
多分だけど、わたしたち紅組にさんざん追い立てられてる白組の誰かが、意趣返しとばかりにやらかした――っていうのが、実際のところだと思う。
でも……それが、校内放送で全員に知られたのは事実だ。
もし負けたとして、ホントに別れるなんてさすがに無いだろうけど……二人の関係に、何かしら悪い影響が出るのは間違いない。
つまり――。
このレースでわたしたちが負ければ、わたしの付け入るスキが出来るってわけなんだよなあ……。
「………………」
ボーッと、そんなことを考えて………………。
そしてわたしは、大きくタメ息をついた。
「…………ないわ~…………」
……バカバカしすぎて話にならない。
あるいはそれが恋の駆け引きだとか、そういうものなのかも知れないけど……。
もし仮にここでわたしが足を引っ張って、結果として負けて、センパイたちが別れたとして――。
そこに、ラッキーとばかり擦り寄る自分の姿なんて……想像するだけで蹴飛ばしたくなる。
わたしは……鈴守センパイっていう『10』を追い落として、その代わりに妥当な『9』として赤宮センパイに選ばれたいんじゃない。
鈴守センパイ以上の『11』として、赤宮センパイに認められたいんだ。
わたしは……どうしたって、そういう人間だから。
「それに、学校の『勇者』と、ホンモノの勇者の娘っていうのも、割とアリだと思うんだよねえ……」
そんなバカっぽいことをひとりごちながら……。
わたしは、足を引っ張るどころか、確実な勝利に貢献するために――。
近付く出番に備えて、マジメにストレッチでもすることにした。
* * *
「其の名、境界! 防人の矜、垣の誉、祝呪の郭!
――〈界園ノ結碑〉!」
――わたしの発動した魔法によって、周囲に結界が張られます。
結界魔法としては中級ですが……〈呪疫〉程度になら破られることはないはず。
これで、とりあえず被害の拡大は防げるってもんです。
それに……この魔法をかける、本当の目的は別にありまして。
《……おい、アガシー! さっき、妙な気配を感じたんだが――》
……ほら、早速……。
勇者様から、わたしの意識下に直接声が届きます。
そう――。
わたしがこうして結界を張る何よりの目的は、〈呪疫〉やわたしのチカラの反応を隠して、勇者様に心配させないようにすることと――。
万が一にも、その反応を嗅ぎ付けたシルキーベルや〈救国魔導団〉が、乱入してこないようにするためなのです。
……なにせ、こんなところで本格的な戦いが始まったりしたら……。
せっかくの体育祭なのに、それどころじゃなくなっちゃいますから――ね。
《ええ、実は、学校裏手の雑木林に〈呪疫〉が湧いてるのを見つけまして……。
でも大丈夫ですよ勇者様、わたしが直接処理しますんで。
それよりも――。
そっちはそっちで、今やるべきことに集中して下さい。破局だなんて御免でしょう?
……まあ、そうなったらなったで、また面白そうですけども〜。グヘヘ》
《……大丈夫――なんだな?》
《新兵に心配されるたあ、この鬼軍曹も落ちたもんだぜ――ってとこですか。
わたしのチカラ……知らないわけじゃないでしょう? 何年生きてると思ってるんです?
……って、淑女に年齢聞くとか、最低限のデリカシーもないのかキサマ!》
《言い出したのはお前からだろが!……ったく。
……まあ分かった、それならそっちは任せるからな?》
《イエス、シャー!》
わたしは勇者様との意識下での会話を打ち切り……改めて、周囲に視線を走らせます。
まあ、いるわいるわ……〈呪疫〉の総数たるや――ひー、ふー、みー……いっぱい。
ええ、もう、いちいち数えるのめんどくさいですね。
そして、そんなわたしの視界についでに引っかかったのは――目をぱちくりさせながら、こちらを見ているアーサー。
んー……出来れば、巻き込まずにすませたかったんですけどねー……。
「ぐ、軍曹、お前って……」
「ふっ……バレてしまいましたね。
実はわたしは、悪を滅ぼす正義のヒロイン……」
ふふん、と鼻で笑ったわたしは――。
多分、奇襲のつもりだったんでしょう――左右から、挟みうちのようにいきなり腕を伸ばしてきた〈呪疫〉2体を、特に見もせず、両手の二挺拳銃で撃ち抜いてやります。
――ちなみに、右手の銃で左のヤツを、左手の銃で右のヤツを狙うのがポイントです。
なぜって……もちろん、その方がカッコイイからに決まってるじゃないですか!
「そう……アーサー、わたしのことは〈聖職者〉と呼ぶがいい!」
いやー……それにしてもまさか……。
ちょっと前にパパさんと一緒に観て、最っ高にコーフンした深夜映画――その主人公〈聖職者〉のアクションを実践出来る機会が、こうも早く訪れるなんて……! ふふふ……!
「え……それってまさか、アレ? ガンなカタ?」
「おー、イエス、アーサー!
よく知ってたな! ほめてやろう!」
答えるのとほぼ同時に――。
前方、大木の陰にいた〈呪疫〉が伸ばしてきた腕を、こちらも右腕で外へ払い除けつつ間を詰め、勢いのまま本体に銃口を押し付け、一気に3連射。
すぐさまそのヒジを90度返し、アーサーを横合いから襲おうとしていたヤツに3連射。
さらに、その間にわたしの背後ににじり寄っていたヤツに、振り返りざま、左腕で相手の腕を押さえ込み、超至近距離から3連射。
――3体の〈呪疫〉を、一息に消滅させてやります。
「……すっげー……」
わたしの華麗な動きに、アーサーが感嘆の声をもらしてくれます。
……ふふふん、なかなか良い反応ですねー。
「で、でも軍曹――」
「ノーノー! コールミー、プリースト!!」
「え、じゃ、じゃあ、ぷりーすと……?」
「……あー……やっぱややこしいから軍曹でいいです」
「――どっちだよ!」
アーサーがイラついた様子で声を張り上げます。
ダメですねえ、アーサー、これぐらいでイラついてたら勇者になれませんよ?
……………………。
……うーん、そうでもないですかね?
勇者様でも、きっと反応は似たようなもんでしょーし。
「とにかくさ、軍曹、その銃、両方ともエアガンだろ?
なんでコイツらカンタンにやっつけられるんだよ?」
「……あ〜……」
わたしは両手の拳銃に目を向けます。
――ワルサーPPK。
0と7の付く英国紳士なスパイがご愛用の、タキシードに似合う小型ピストル……の、エアガンです。もちろん飛ぶのはBB弾。
……というか、これが仮に実銃で、鉛の弾が出たところで、〈呪疫〉相手の有効打にはならないでしょうけど。
これがヤツらに効くのは……いくつもの『魔法』を組み込んだ『わたしの銃』だから、だったりします。
――武器としての単純な威力上昇の魔法に加え、風の加護によってブローバック機構を実現してるので、実銃と同程度に連射可能……。
さらにBB弾もその恩恵を受け、素の射出速度が上がるばかりか空気抵抗が極小化され高速に。
そして極めつけは、ヤツらの弱点である〈聖〉属性の付加――。
わたしの魔力を通すことにより発動する、それら〈複合魔法付与〉というホンモノの『魔改造』が施された、いわば〈アガシオーヌ・カスタム〉だからこそ……ヤツら魔性の存在にも通用するってわけですね!
しかも、カンペキに合法! 世の中のルールにも優しい!
……ま、物理的にはまったく手を加えてませんしー? ふっふっふ。
……けれど、今この場で、そんな理論をアーサー相手にマジメに説明したところでしょーがありませんので、ここは簡潔に――。
「なぜエアガンなのにヤツらを倒せるのか――それはですね、アーサー……」
空気を読まず、いきなり背後から全身で飛びかかってきた〈呪疫〉を、ひょいと脇に避けてかわしざま……。
思い切り振り上げた足でカカト落としを食らわせ、そのまま地面に縫い付けて――。
エアガン連射、塵にしてやってから……わたしはアーサーに、渾身のドヤ顔で言い放ちます。
「何を隠そう、このわたしだから――です!」
「お、おう、そっか……。
あ、いやでも、隠した方がいーんじゃねーかな……」
な~んか、ビミョーな反応を返すアーサー。
……? なんでコイツ、バツが悪そうにチラチラこっち見て――って、あ。
やっべ、カカト落としのせいでスカートめくれたままじゃないですか。
んー、やっぱりスパッツ穿かずに足技はマズかったですねー……アリナがいなくて助かったぁ……。
パッパ~ッ、と。――うん、これで大丈夫。
あ……そう言えば。
アーサーに見られるのって、朝から二度目でしたっけ――。
……って!
「……っ……!」
こ、こらアーサー!
悪ガキのあなたが、パンツ見ちゃったぐらいで、なにマジに恥ずかしそうにしてるんですかっ!
しかも、今日二度目なのに!
なな、なんだか……。
そんな態度取られたら、ああもう、なんか……!
なんか、わたしまで恥ずかしくなってきたじゃないですか! もー!
「――あ!? 軍曹、また後ろっ!」
「わ、わーかってますぅーっ!」
予想外に、アーサーの反応に振り回されちゃった感じのわたしのことなんてお構いなしに、真後ろから襲いかかってきた〈呪疫〉2体。
その攻撃をバク宙でかわしざま、上空からの二挺拳銃掃射で返り討ち――。
そこで計算通り、両方の銃の弾が尽きたので、空になった弾倉を排出。
さらに、着地点近くにいたヤツが伸ばしてきた腕を、後ろ回し蹴りで払いつつ――。
その回転を利用して、ポニーテールの中に隠していた予備弾倉を飛ばし――。
二回転目でそれを直に銃でキャッチして再装填、即座に装弾されたばかりのBB弾で、周囲の3体に立て続けに風穴を開けてやります。
けれど――。
これだけ潰しても、〈呪疫〉は減るどころか、さらなる数が地面から湧き出てきます。
「まーったく、存在がうるさいヤツらですねー……。
ヒきますわー……轢殺ならぬ射殺ですけどー」
「――な、なあ軍曹!
オレにも、なんか手伝いとか出来ねーのか!?」
一向に収まる気配のない周囲の脅威を見て、それでも……いえだからこそなのか、アーサーはそんなことを言い出してきました。
…………ふむ。
少し考えて……わたしは、ニヤリと、ちょっと悪っぽい笑みをアーサーに向けます。
……そう、狙ってやったわけじゃなくても、この聖霊サマの心を、ちょーっとばっかし掻き乱してくれちゃったわけですから……。
その償いはしてもらいましょうかねえ……主に身体で。
「良い心がけだアーサー。
なら――少々、働いてもらおうか」
――勇者様……ちょっとばかり、お借りしますよ?
内心密かに断りを入れると、わたしは右手の銃を真上に放り投げ――空いた手で素早く印を刻むや、アーサーの前方の空を切るように指を振りかざします。
すると――それに合わせて……。
アーサーの足下に、稲妻のごとく空を裂き、一筋の光が突き刺さりました。
それは、光が終息するに伴って、形を取り――やがて、一振りの剣となります。
そう……わたしの半身とも言うべき聖剣――ガヴァナードです。
「さて、それではアーサー……。
あなたには、その剣を――使いこなしてもらいましょうか?」