第68話 最終種目に、黒雲が低く垂れ込める
――騎馬戦のあと、スプーンリレーに綱引き、玉入れといった幾つかの競技を経て……。
紅組と白組の点数差は、ついに、最終種目で1位を取った側がそのまま総合優勝をも奪い取る――っていう、最も盛り上がる形になっていた。
……いや、もちろん、それを狙って騎馬戦失格になったわけじゃないけど。
そして……ついに。
その最終種目、堅隅高校名物『スカンジナビアリレー』の時がやってくる。
基本としては、学年混合で、紅白それぞれが、クラスごとに縦割りした3つのチームで臨むリレーだ。
つまりうちは、俺たち2-Aと、3-A、1-Aが『A組チーム』として、各クラスが選出した男女各2名の4名……合わせて12名の走者で出場することになる。
そして、3チーム対3チームで競い、順位に応じて点数が付けられるわけだ。
もっとも……。
今回は、1位になった組がそのまま総合優勝となる点差なので、そこのところはあまり関係がないだろう。
ちなみに走者の順番は『男女が交互』となってさえいれば、学年などは問われず、チームで自由に決めることが許されていて……。
ゆえにだいたいは、もっとも速さと持久力に優れた走者をまずアンカーに決め、そこから逆算する形になる。
そして……このリレーの一番特殊なポイントは、『走る距離』だ。
普通のスウェーデンリレーは、第1走者から100m、200m、300m、400mと、4走者で1000mを走るのが基本だが……。
この通称『スカンジナビアリレー』は――。
第1、第2走者がそれぞれ50m。
第3、第4走者がそれぞれ100m。
第5、第6走者がそれぞれ200m。
第7、第8走者がそれぞれ約300m。
第9走者が約500m。
第10走者が約700m。
第11走者が約1000m。
そして……アンカーが驚異の約3000mを走る――。
……そんな、総走行距離約6500mの、とんでもない超長距離型リレーとなっている。
ちなみに、なぜ距離に『約』がついているかというと、200mまではトラックを走るけど、その先は、校門を抜け、学校裏手の山側の道路を含む、外周をぐるっと大回りするコースへと出ることになり――それをおおよその距離で区切るからである。
たとえるなら、雰囲気としてはマラソンとか駅伝みたいな感じだろうか。
……いや、っていうか、それなら普通に『ミニ駅伝』とかで良かったんじゃないのかネーミング……。
それはさておき、その距離から分かるように――。
アンカーは、グラウンドから出て、外周を大回りし、さらに戻ってきてトラックを1周ちょっと、という、他の走者が刻んで走ったコースをまるまる、一人で走ることになる。
要するに、その最終走者というプレッシャーも相まって、超過酷である。
結果として、生半可な能力ややる気では務まらないため、選出されるのはだいたい3年生の運動部員なんだけど……。
「その大役を担うのに、今大会の『勇者』以外にふさわしい人間がいるだろうか?
――いやいない! 反語!」
3-Aで行われていた出走順会議から戻ったおキヌさんが、そんな言葉とともにアンカーに指名したのは――あろうことかこの俺、赤宮裕真だった。
……いや、それだけじゃない。
なんと、俺、鈴守、衛、沢口さんという2-Aの出走者4人のうち、アンカーの俺に繋がる第11走者と第10走者が、それぞれ鈴守と衛に決まったのである。
そのあたりも重要な区画だし、アンカーと同じく3年生が担当するのが暗黙の了解ってやつのはずなんだが……。
「……その3年生の意向なんだよ。
赤みゃんとおスズちゃんの運動神経と話題性なら、ゼッタイ、ラストに持ってくるべきだ――ってさ。勝つためにも、盛り上げるためにも。
――あ、あと、マモルんについてはフツーに速いから、って」
「あー……うん、普通に、ねー……」
そのとき、衛がなんかニヒルに笑ってたような気もするが、まあそれは置いといて……。
3年生にしてみれば最後の体育祭だし、最終種目だしで、一番沸き立つ見せ場のハズが……。
それを、勝利のために、体育祭そのものの盛り上げのためにと、俺たちに譲ってくれたわけだ。
こりゃやるしかないだろ――と、競技開始直前、入場門に集まった俺たち4人は改めて気合いを入れ直す。
「……さて。モブの中のモブな生き様を目指すわたしにとって、こんな大舞台に出ること自体がイレギュラーなんだけど……ま、わたしはトラック走るだけだし……。
――ってなわけで、頼んだよー? 後半を走るお三方」
『モブこそ至福』が座右の銘の沢口さんが、残る俺たちを見やってニヤリと笑う。
「ま、期待されちゃったらねー。
ここは、普通じゃないぐらい頑張るよ」
「ウチも必死に走るから……赤宮くん、最後、お願いな?」
衛と鈴守も、良い笑顔で俺を見る。
……こうまで期待を寄せられちゃ、俺だって応えないわけにはいかない。
さすがに、本当の意味での『全力』は出せないけど……勇者としての戦闘能力を封印しての、高校生としての全力ぐらいは絞り出さないとな。
「白組のアンカーなんて、陸上部とかばっかりだろうけど……。
なんせ距離が距離だ、根性でなんとか出来る部分もあるハズだからな。
……やってやるさ」
俺もみんなに合わせて、ふてぶてしく笑い返した。
「うんうん、さっすが赤宮くん。
……あ、そうそう、おキヌからの伝言だけど――。
『祝勝会の会場は押さえてあるから、存分に暴れて勝ちを奪ってこい!!』
……だってさ。みんな、おっけー?」
沢口さんの問いかけに、俺たちは、せーので声を揃え――
「「「 おぉーーーっ!! 」」」
腕を、天高く突き上げた。
* * *
――入場門からやって来て、いったんトラック内で並んだ最後のリレーに出場する人たちは……そこから改めて、それぞれの出走待機場所へと移動を始めた。
その間に、本部テントの放送部の人が、ルールや出走順について解説してくれている。
えーと……第6走者までがトラック内を走って……。
第7走者から学校を出て、裏の山道も含む大回りの外周コースに入って……。
第11走者がまたグラウンドに戻ってきて、アンカーにバトンタッチ……。
最後、アンカーがその全長約3000mの外周コースを一人で走って戻ってきて、トラックを回ってゴール……か。
……にしても、3000mって、キツいなあ……しかも山道含むってことは、高低差も結構あるんだろうし……。
まあ、異世界3回も渡り歩いたお兄の足腰なら、まったく問題ないだろうけど。
それより、その前、1000mも走る千紗さんの方が心配かも。
騎馬戦じゃ飛び跳ねまくったし、さすがに疲れてるはずだけど、あの人も、みんなのためなら――って、平気でムリしそうだもんなあ……。
そういえば、観客の人たちも、走者の移動に合わせて、思い思いに移動を始めてる。
多分、応援してる人が一番見える場所に行くんだろう。
一応、コース各所に実行委員や先生が配置されてて、スマホとか使って本部テントに実況報告はしてくれるみたいだけど……やっぱり、直に応援したい&されたいだろうしね。
「んー……衛兄ちゃんはどの辺なのかなあ……?」
朝岡が誰にともなくつぶやいてると……。
親切にもそれを聞きつけたおキヌさんが、このリレーの打ち合わせで使ったものらしい、手書きの学校周辺の地図を取り出して、詳しい出走待機場所を教えてくれた。
「マモルんを良い場所で見ようと思うなら、この辺……ちょうど学校の真裏のあたりかねー。
……ほら、そっちの方へ向かう見物客のグループがあるみたいだから、ついてったらいいんじゃないかい?」
「ん~……」
おキヌさんの提案に、朝岡はなにが不満なのかしばらく腕組みしてうなっていたと思うと……首をブンブン横に振った。
「……ううん、やっぱいいや!
道路回っていくより、学校の裏手を直接上っていった方が、見晴らしのいい場所見つかりそうだし!」
「んー……そうかい?
まあ確かに、コースの道路の方が、裏の雑木林より高低差では下になるから、特等席っぽい場所もあるかもね」
「だろー!? だからオレ、そっちの方探検しながら行ってみるよ!
衛兄ちゃんの番まで、まだまだ時間あるみたいだしさ!」
なんか冒険心に火がついたのか、楽しそうに言って走り出そうとする朝岡を――。
「ちょ、ちょっと待ちなさいって、朝岡!」
……あたしは、なぜか……。
そう、なぜだか――呼び止めていた。
「あん? なんだよ、アリーナー……あんまりモタモタしてられねーんだけど!」
「え、いや、その……よ、よく知らないところなのに、迷ったりしたらどうする気っ?
みんなの迷惑になるんだから、大人しく他の人と一緒に道路から回りなさいって!」
なんとなく……本当になんとなく。
理由らしい理由もないのに、裏の雑木林の方には行かない方がいい気がして、あたしは朝岡を止めるけど……。
「ま、男の子なら大丈夫じゃないかにゃ。
ジャングルってわけでもなし、迷うほどの広さもないしねー」
おキヌさんにそう後押しされたら、それ以上食い下がるわけにもいかなかった。
そもそも本当に、なんとなくでしかなかったんだし……。
「…………」
それじゃ行ってくらー!……って元気よく走り去る朝岡を、あたしは複雑な気持ちで見送る。
そこへ――。
ちょうど入れ違いに、自販機にジュースを買いに行っていたアガシーが戻ってきた。
アガシーは、校舎の方に走っていく朝岡をけげんそうに目で追ったあと、首を傾げながらあたしに近付く。
「……アーサーのヤツ、どうしたんです?」
アガシーの疑問に、あたしは、なぜだか行かない方が良いような気がしたことも含めて、事の次第を話してあげた。
「ふーん……?」
タダの気のせいだって茶化されるんじゃないかなあ……。
そんな風に考えてたけど、アガシーは意外にも、なにか神妙な顔をしていた。
「……にしても、ホント、ずいぶん雲が出てきたにゃー……リレーの間、降らなきゃいーんだけど……」
……一方、おキヌさんが、クラスの人とそんなことを話しながら空を見上げる。
おキヌさんの心配通り、黒い雲が空を覆い始めていて……。
まだ初夏の夕方前だっていうのに、気付けば辺りはずいぶん暗くなってきていた。
「――アリナ」
「え?」
改めて呼ばれて振り返ると、アガシーが……珍しく、ちょっと真剣な顔をしていて……。
あたしに、買ってきたばかりのパックのリンゴジュースを押し付けると、置いてあった自分のリュックサックをひょいと持ち上げる。
お兄が昔使っていたお古で、女の子にしてはちょっとゴツいデザインのものだ。
あの中には、確か――。
……え? それじゃ、まさか……!?
「ちょっと行ってきます。
――アリナはここにいて下さい、いいですね?」
「え、ちょ――アガシー、大丈夫なの……っ?」
あたしがあわてて聞くと、アガシーは――。
ちっちっちっ、と、もったいつけて人差し指を左右に振った。
……って、今どき誰もやんないよ、そんな仕草……。
「ま、わたしもダテや酔狂で〈聖霊〉やってるんじゃないってことです。心配ご無用!」
フフンと、不敵な笑みを残して――。
アガシーもまた、朝岡を追うように、裏手の方へと走り去っていく。
そして、それに合わせるように……。
《さあ、それでは……堅隅高校体育祭の最後を飾るのは、やはりこれ!
誰が呼んだか『スカンジナビアリレー』……いよいよ、スタートですっ!!》
最終種目の開始を告げる校内放送が、心持ち大きめの音量で響き渡った。




