第5話 勇者と彼女と友達とメタル甘味処
「どうかしたん、おキヌちゃん?」
「ん、ちゃんと聞いてなかったのかい、おスズちゃん? では、あらためて。
――ご両人、お腹も心も豊かになる放課後はいかがだい?……ってな!」
首をかしげる鈴守とともに、声をかけてきたおキヌさんの方を見やると――。
ガックリとヒザを突いたイタダキの横で、おキヌさんはフフンと(無い)胸を張っていらっしゃった。
……何と言うか、二人のやり取りの経緯はともかく、どういう決着が付いたかは容易に想像出来るな。
しかし……それはともかく。
鈴守とおキヌさん、『おスズちゃん』『おキヌちゃん』って二人の呼びかけを聞いてると、頭の中がすっかり時代劇だ……いや、いいけどさ。
「ふむ。治療費なのか慰謝料なのかは知らんけど、ともかく、無事にブン取れたようで何よりだよおキヌさん」
「んっふっふ、まーねー。
……というワケで、赤みゃんとおスズちゃんも一緒にどうだい?」
「おいコラ、おキヌ!
テメー、オレ様のカネだからって……!」
ふむ……どうやら、何らかのオゴりの約束を取り付けたらしい。
さすがだおキヌさん、棚からぼた餅なナイスネゴシエート。
やはりあなどれん……。
「そうは言うけどさ、マテンロー?
この二人ぐらい誘っとかないと、アタシら二人だけで行くとデートみたいになるんだぞ?
それでいいってのか?」
「おう、それはゴメンだな」
即答するイタダキ。
……なんだお前、俺が妹と歩いてるだけで死にさらせとムカつくぐらい、女子に飢えてたんじゃないのかよ……。
さすがに鈴守には負けるものの、おキヌさんだって結構可愛いと思うんだが……なんともワガママなヤローだ、まったく。
「ま、アタシも鬼じゃないしな?
他のみんなはまたの機会にってことにしてやるから、ここはこれで手を打ちなってマテンロー」
やんわりとイタダキを懐柔にかかるおキヌさん。
しかし……その言い方だと……。
つまり、また別の機会には、さらに大人数をオゴらせるつもりってことか……?
鬼ではないかも知れんが、悪魔めいた何かではあるな。
恐るべし、絹漉あかね……決して敵には回すまい……!
「……で、赤みゃんにおスズちゃん、どうよ?
放課後、商店街の〈世夢庵〉にて、大大甘味大会開こうと思うんだけどさ。
モチロン、マテンローのサイフで!」
『大』が重ねて使われてるあたり、遠慮する気ゼロだな。あわれイタダキ。
――ちなみに〈世夢庵〉とは……堅隅駅前商店街にあるお店だ。
店主がヘヴィメタルを愛するがゆえに、店内の棚にそっち系のCDがズラリと並び、店内BGMがメタル(ただし、基本しっとりしたバラード系)という、実にトガった特徴をもつ、いわばメタル甘味処である。
もっとも、それ以外、内装やら店員さんの服装やらは普通だし……何より肝心の甘味がリーズナブルな値段設定かつ美味いので、結構な人気店でもあるのだが。
しかし……みんなで甘味処、か。
出来れば、せっかくだし、鈴守と二人で行きたいところだったが……ふーむ。
「うん、ウチはええよ。
――あ、賛成、の方な?」
俺が少し返事をためらっている間に、鈴守はにこやかに参加する旨を表明していた。
まあ……鈴守が楽しそうならいいか。
こうして、こっちの世界に帰ってきた以上は、デートに誘ったりする時間はいくらでもあるんだし……。
あわててがっついて嫌われでもしたら元も子もない。
……そもそも、俺は体感1年間ぶりだけど、鈴守にしたら、付き合うって話になってまだ一週間程度なんだしなー……。
「あ、でもイタダキくん、ウチ自分の分ちゃんと払うから、気にせんとってな?」
「ん? あ~、構いやしねーよ鈴守。
この摩天楼イタダキは、その名の通り頂点に立つオトコ……!
そんなちっせーことでグダグダ言わねーからな!」
……いや、まさにさっき、そのグダグダを言いかけてたような気もするけどな……。
――まぁいいか。
実際問題、どんな形だろうと、自分からやると言い切ったことは必ず実行するのが、コイツの数少ない美徳の一つではある。
……二つ目があるかは聞かないでほしいが。
「じゃ、俺も乗っかろうかな。
……放課後、そのままみんなで行くってことでいいか?」
「んー、それなんだけども……」
歯切れ悪く言って、おキヌさんは俺の顔をじっと見る。
「赤みゃんてば、仮決めの学級委員だろ?
今日集まりがあるとか言ってなかったかい?」
「ん? ああ――そう言えば……そんな話もあったような……」
春先に、とりあえず、という形で、出席番号順に割り当てられた暫定の委員――。
なにせ『赤宮』だけに、出席番号1番をいただく俺は、いきおい、学級委員(仮)を拝命していたのだった。
……ついこの間まで異世界を救うために必死こいて戦ってたので、すっかり忘れてたが。
そう言えば、うちのクラス、まだ委員決め直してなかったんだっけな……。
俺、学級委員とか器じゃないし、さっさと返上したいんだけど……。
《みんなのリーダー〈勇者〉なのに、ですか?》
アガシーが不思議そうに口を挟んでくる。
(勇者なんて、有事の際の臨時職みたいなもんだからな。
こういう仕事に適任なのは、むしろ〈神官〉とか〈騎士〉をやってるようなヤツだろうよ)
《……なるほど、もっともらしい言い分ですけど……。
実際は単に、拘束されるのがイヤだとか、面倒くさいとかじゃないんですか?》
(ま、そうとも言うな。
……とにかく、ガラじゃないよ、俺は)
アガシーにはこう言ったものの、とにかく、今の俺が暫定ながら学級委員なのは確かだ。
サボる――のはさすがに気が引けるし……出席するしかないか。
「それやったら、待ってよっか? 委員会終わるん」
鈴守が優しく提案してくれるが、イタダキがすぐさま首を振って否定した。
「いや、なんせ世夢庵だからよぉ……それだと席が埋まっちまってるかも知れねーし。
オレたちだけでも先に行ってた方がいいと思うぜ?」
……くやしいが、イタダキの言うことにも一理ある。
なんせ世夢庵、うちの学校の女子なんかに結構人気な上に、予約は取ってないからなあ。
せっかくの機会なのに、満席でお流れとかもったいない。
「ここはイタダキの言う通りだな。
俺は後から合流するから、先に行っておいてくれよ」
「――ん。赤みゃんがそう言うなら、それでいくか。けってーい!」
しかし……みんなで甘味処、か。
鈴守と二人きりでデート……ってわけじゃないのは残念だけど、これも、1年間おあずけ喰らってた『平和な日常』ってやつなんだよなあ。
うん――そう考えると、実にわくわくしてくる。
楽しみだな……なんせオゴりだし。
《……なんか、イヤな予感もしますけどねー……》
そのとき、ぼそりと……俺の頭の中で不吉なことを言うヤツがいた。
(……おいおい……)
「ん? どうかしたかい、赤みゃん」
「え? ああいや、なんでも。
甘味って、なに食おうかなーって思ってただけ」
(やめろアガシー、頼むからヘンなフラグ立てないでくれ……縁起でもない)
ただでさえ勇者ってのは、そんなパッシブスキルが付与されてるんじゃないのかってぐらいの、超が付くトラブル体質なのに……。
《まあほら、そこはあくまで予感ですから、はははー》
(……いや、お前、それ……フラグ強化してるだけの気がするぞ……)
俺は内心冷や汗をかきながら、救いを求めて、すがすがしく天気の良い外に目を向けた。
……どこからか現れた黒猫が、すごい速さで校庭を一往復していった。
……さりげなく飛んできたカラスの一団が、豪快に太陽をさえぎっていった。
………………。
そしてとりあえず俺は、全力で何も見なかったことにするのだった。