第67話 勇者の娘にとって、勇者の彼女は手強い
――騎馬戦で、結構ハデに落馬しちゃったわたしだけど……。
競技が終わったあと、改めて保健室で看てもらったら――幸いにもケガは、軽い打ち身とちょっとした擦り傷だけで済んでいた。
まあね、女子としてはあんまり声高に言いたくないことだけど……多分、わたしが普通の女の子より頑丈だから、ってのもあると思う。
……なにせ、お父さんは〈元・勇者〉なわけだから。
基本魔法使い系だから、身体能力はそれほど自信無いってお父さんは言うけど……でも、強大な敵と戦って異世界を守った、ホンモノの〈勇者〉だからね。
だから、普通の人と比べると、やっぱりスゴいんだと思う。
そんな人、他にいるとも思えない――んだけど、クローリヒトが同じ境遇かも知れない、ってお父さん言ってたっけ……。
でもまあ、それはさておき。
そんな〈勇者〉の血を継ぐ娘だから、わたしは生まれたときから魔力も体力も優秀だったってわけ。風邪だって滅多に引かないし。
ただ……それも、視力にはまったく関係なかったみたいだけど。
――保健室で簡単に手当てをしてもらったわたしは、グラウンドに戻る道すがら、改めてメガネを、ためつすがめつチェックしてみる。
……幸運に恵まれた、って言うなら、やっぱりこっちかな。
思い切り叩き落とされたメガネだけど、ツルがちょっと曲がっちゃったぐらいで、かけられないほどじゃないし……この程度なら、メガネ屋さんに持っていけばタダですぐに直してくれるはず。
レンズが割れたりしなかったのはホントに良かった。
高いからなあ……メガネって。
でも――どちらの被害も軽く済んだのは、わたしの頑丈さとか幸運のせいだけじゃない。
わたしが乗っていた騎馬の男子が、わたしが他の騎馬に踏まれたりしないよう気を付けてくれたり……。
鈴守センパイが、わたしが落馬したことにすぐに気付いてくれたり……。
絹漉センパイが、いち早く、わたしが危ない場所から抜け出られるよう助けてくれたりしたからだ。
……と、いうわけで――。
真っ先にクラスの男子にお礼を言ったわたしは、保健室を後にしたその足で、今度は2-Aの応援席に向かったのだけど……。
「まーったく、なんつーおマヌケをやらかしてくれたんだ!
そりゃあ、点数的には大きな問題じゃないけどだね、こう、流れってモンがあるだろーよ!
逆転への機運が最高潮に高まるところが、むしろ暗雲が垂れ込めるって感じだよ!」
「あー……うん、確かに雲が出てきたね。さっきまで天気良かったのに……」
「おてんとさまもお嘆きかよ!
まあ、会場のウケは最高だったけどさ〜……」
「あはは……ご、ゴメン……」
――そこで繰り広げられていたのは……。
鈴守センパイに赤宮センパイをはじめ、さっきの騎馬戦のメンバー4人が並んで正座し、その前にそれぞれ小学生が立って、お説教をしている光景だった。
……って、あ、違う、鈴守センパイの前にいるのは絹漉センパイだ。
危ない危ない……。
「お兄はまったく、ホンっトそーゆーとこ、詰めが甘いっていうか……」
「面目次第もございません」
腕組みした妹ちゃんらしいコに、深々と頭を下げるのは赤宮センパイ。
そうかと思うと……。
「――まったくだキサマ、スケルトンですらもうちょっと中身詰まってるぞ、このカラッポヘッドめ!!
幼稚園から――いやさ、いっそコウノトリのカゴからやり直せッ!!」
「くっ……い、イエス、マぁムっ!!」
背後に立つ、びっくりするぐらい美少女の金髪ちゃんから、これまたその見た目とのギャップに二度びっくりな罵倒を受けたセンパイは……。
今度は上半身を跳ね起こし、姿勢正しくヤケクソ気味な返事を一丁。
「あぁ〜ん? 反省が足りんなキサマ~。
――閣下?」
「許す。やれ」
妹ちゃんに許可を取った金髪ちゃんは、嬉々としてポケットからなにか、チョコレートっぽいのを取り出すと――。
ハッと『ヤバい!』……って感じの顔をしたセンパイの口に、素早くソレを押し込む。
「……~~ッ!!??」
……途端、センパイの顔が、真っ青を通り越して紫色になった……かと思うと、そのまま、力無く土下座するみたいに突っ伏した。
「あ、あああ赤宮くんっ!?」
隣で正座していた鈴守センパイが、その様子に慌てふためくも……。
「――大丈夫、ただのマズい糧食です」
「――大丈夫、ただただマズいだけです」
金髪ちゃんと妹ちゃんが、揃って心配ないことを冷静に(冷徹に?)強調した。
マズさでアレって、どれだけマズいんだか……。
――さて、もちろんお説教食らってるのは赤宮センパイだけじゃなく……。
「お兄ちゃんも~、『落ち着いて行動しなさい』って、いっつもパパやママに言われてるでしょ~?
もぉ~、みんなにメーワクかけたら、めっ、なんだよぉ~?」
「お、おう……スマン」
摩天楼センパイも、うつむき加減に、なんかふわっとした感じの妹ちゃんに謝っている。
そして……。
「衛兄ちゃんもなー、わりとフツーに抜けてるときあるよなー」
「あーうん、普通に……普通にね……あははー」
両手を腰にあててふんぞり返る、弟くんらしいコの前でうなだれてるのは国東センパイだ。
乾いた笑いがなんか痛々しい。
「――ん? おお、そこにおわすは後輩ちゃんじゃないか!」
そうして、しばらくそんな様子を見守っていたわたしに気付いた絹漉センパイが、手をブンブン振って呼んでくれる。
わたしはお説教会場まで行くと、改めて頭を下げた。
「センパイがた、さっきは助けてくれてありがとうございました!」
「――おう、なんの。
頂点に立つオトコとして、当然のことをしたまでよ……」
「いや、俺たちそれについては一切役に立ってないんだけどな……。
なんでいち早く反応した挙げ句、そこまで自信たっぷりに言い切れるんだお前……」
なんかさわやかにカッコつける摩天楼センパイに、まだちょっと青い顔した赤宮センパイが、呆れ声でツッコミを入れる。
この二人、息が合ってるなあ……それを言ったら、二人ともイヤがりそうだけど。
「白城さん、ケガは――うん、大丈夫そうやね。良かったー」
鈴守センパイが、絆創膏を貼ったぐらいのわたしのケガを見て、優しい表情で言う。
その姿は、すっごく可愛らしくて……。
雰囲気からすると、腕立て伏せとか腹筋なんて1回も出来ない文学系少女、って感じなんだけど……。
なんせ実際には、アレだもんね。
この人ホント、雰囲気と身体能力のギャップスゴいなあ……。
もしかして、お父さんみたいな〈元・勇者〉なんじゃない?……なんて、ちょっと思っちゃったりもする。
……まあ、なんにしても――。
同じ人を好きになっちゃったわたしにとって、『強敵』なのは間違いない。
良い人だけど、良い人だからこそ手強い、っていうか……。
さすがに、まさか物理的にも強敵だった――なんて思わなかったけど。
「心配してくれてありがとうございます!
わたしもメガネも無事です、おかげさまで!」
……わたしは、ことさら元気に答えてみせる。
わたしにとって『強敵』なのは確かだけど……センパイ自身の人柄は好ましく思うし、今回のことで感謝してるのも、また確かなことだからだ。
「うんうん、律儀に礼を言いに来るとは、なかなか殊勝でいいね後輩ちゃん。
おねーさんはそういう子は大好きだよ! ほい、アメちゃんあげよう」
「あ、ありがとうございます……」
オバチャンみたいなことを言いながら、絹漉センパイがポケットから出したアメの包みをわたしの手に落とす。
……イチゴミルクだった。あまーいやつ。
そして、絹漉センパイはそのままどこかへ行こうとする。
「あれ? どこへ行くんですか?」
「最終種目の堅隅高校名物、通称『スカンジナビアリレー』の順番決めにねー……ちょいと、3年生の応援席まで。
……と、いうわけだから……。
――おい、テメーら、お説教はここまでにしといてやる!
リレーにも出場する赤みゃんたちは、一層奮励努力するよーに! 以上だ!」
見るからに暑そうなふわもこコートを翻し、絹漉センパイは立ち去っていった。
「……お兄、『スカンジナビアリレー』って?」
「ああ……『スウェーデンリレー』って聞いたことぐらいあるだろ?
走る距離がだんだん長くなっていくリレーなんだが……それの超強化版だな。
なんでも、当時のセンパイが、『スウェーデンどころか、スカンジナビア半島を走りきる勢いで!』とか、ワケの分からん理由で名付けたって話だ……ホントかウソかは知らんけど」
妹ちゃんの疑問に答える赤宮センパイ。
その由来、わたしも初めて聞いたなー……そっか、昔っから、絹漉センパイみたいな人はいたってことだねー……。
だいたい、そもそもスウェーデンリレーのスウェーデンって、そういう意味じゃないでしょゼッタイ……。
「……白城さん」
ふと気付くと、傍らまで近付いてきた鈴守センパイが、小声でわたしを呼んでいた。
しかも、結構真剣な顔で。
なんだろうって思ったら……何も言わず視線で、応援席とは逆の方向を示される。
そこには……。
わたしを落馬させた、あの白組の3年生がいた。――こっちを見て。
「……謝りに来てくれたんやね、きっと」
どうする?……って聞くみたいに、鈴守センパイはわたしの顔を覗き込む。
「センパイこそ……怒ってないんですか?」
「え、ウチ?
んー……白城さんが落とされたときはカチンてきたけど……」
「ううん、そうじゃなくて……センパイの方こそ、露骨に落とされそうになったじゃないですか? 足下狙われて。
わたしより、よっぽど危なかったと思うんですけど……」
わたしが言うと、そこで初めて気が付いたみたいに、「ああ」って……鈴守センパイは恥ずかしそうに小さく笑った。
「ゼンゼンそんな気なかった。
白城さんのカタキ取らな!……って、そればっかり考えてたからかなぁ。
まあ、結局なんもなかったんやし……ちゃんと反省してくれるんやったら、ウチはそれでええかな」
……ああ……そっか。そうなんだ。
鈴守センパイは、こういう人なんだ。
あ~、これはホントに…………強敵だよ。
「……センパイがそれなのに、わたしだけいつまでも怒る理由なんてないですよ」
わたしも、ちょっと気分が良くなって笑顔を返すと……二人して、気まずそうにしている先輩のところへ近付く。
そして……。
ついアツくなって悪いことをした――って。
先輩から、ちゃんと謝ってもらったのだった。