第66話 前衛系な彼女、落雷に果てる!?
「うおお……っ!
あのねーちゃんスゲーな、かぁっけーっ!!」
――戦場を飛び回り、次々に白組の騎馬を撃破していく千紗さんの勇姿に、朝岡は大興奮だった。
ふっ、目をキラキラ輝かせちゃって……お子さまだなあ……まったく。
ちなみに、あたしはお子さまではなく、タダの『子供』。
ちょっとの違いが大違い。
……でもまあ、朝岡の気持ちも分からなくもない。
千紗さんのアクションスターばりの、すごくカッコ良くて華麗な動きには、あたしだって少なからず感動してたから。
「ふわああ~……!
千紗お姉ちゃん、スゴいね、スゴいねぇ~!」
目をキラキラさせてるのは、見晴ちゃんも同じなんだけど……。
このコのは神聖でピュアなそれだ。
まったくもって問題ない。アリなのだ。
――人、これを区別という。
一方で……。
「うおおぉーーっ!
なぜ……なぜ体操服とはスカートではないのかっ!! なぜにィっ!!」
「そりゃ、あなたみたいなヘンタイがいるからじゃないの?」
クラスの応援旗を振りながら、欲望で真っ黒なシャウトをする聖霊サマには……。
その頭を、丸めたプログラム表でパカンとやってあげる。
「――ていうか、あなたが好きなのは幼い女の子じゃなかったっけ?」
「それはそれ。これはこれです。
……ほら、あるじゃないですか、なまじ素っ裸より、むしろチラリと――」
「黙れゲス」
あたしは半ば反射的に、側に置いていた水筒でアガシーの鳩尾を貫いていた。
「――うぼぅふっ!?」
その美少女な姿からは有り得ないうめきをもらし、ヒザを折って悶絶するアガシー。
……それでも、応援旗を振るのを忘れないところだけはリッパだ。
「公衆の面前では発言に気を付けろと何度言ったら分かる。キサマの脳ミソはノミ以下か?
いい加減学習しろ軍曹」
「い、いえしゅ、まむ……」
「「 お、おお~……っ! 」」
「ん? ねえ亜里奈ちゃ〜ん。
今の亜里奈ちゃんの『罵倒』聞いてぇ~、何人かの人たちが仲間になりたそーにこっちを見てるよ〜?」
「うん見晴ちゃん、そんな具体的な意味の視線は存在しないからね、気のせいだからね、スルーしようね……ハイ、こっち」
あたしが見晴ちゃんのピュアな視線をトラックの方に(物理的に)戻すのに合わせて、意を汲んでくれたのか……クラスの女子の人たちが、鼻息荒い男子の人たち数人を、首根っこつかまえてどこかに引きずって行った。
なんか、『我らが共有財産に邪な目を向けた罪は死刑に値する』……とか言ってた気もするけど、深くは追求しない。
うん……男女問わず、みんないい人たちではあるんだけどね……。
さて、気を取り直してお兄たちを応援しなくちゃ――。
そう思ったあたしは、だけど……なぜだろう。
ふと、逆方向に首を巡らせて……校舎の方……ううん、さらにその向こう、裏山みたいに小高く広がる雑木林の方に目を向けてしまっていた。
なんだろ……何か……ざわつく……? 気のせい……?
「……アリナ? どうかしましたか?」
「え? あ、ううん、なんでも。
お兄の学校って、意外と自然に囲まれてるんだなー、とか思っちゃって」
アガシーの問いかけをはぐらかし、あたしはあわててグラウンドの方に視線を戻す。
すると……本当にただの気のせいだったみたいで……。
すぐに、裏の雑木林のことなんて気にならなくなっていた。
* * *
――おキヌさんの騎馬を足場に、白城を落馬させた3年の騎馬に飛びかかる鈴守。
一方、対する3年生も――それを迎え撃つべく、宙を見据えていた。
「後輩のカタキ――取らせてもらいますっ!」
「アンタも――調子に乗るなってのっ!!」
飛び乗った鈴守を、いっそ叩き落としてしまえと初めから考えていたのだろう――。
3年の騎手は、あろうことか……。
上半身を倒しつつ、その勢いのまま両腕で、思い切り――着地したばかりの鈴守の足を薙ぎ払いにかかった!
「!――鈴守っ!」
狭すぎる騎馬の上だ、いくら何でもかわしようがない……!
そう見て、思わず声を上げる俺だったが――。
「――――ッ!」
なんと、鈴守は――――そこでもう一度、軽やかに跳んだ。
足を薙ぎ払いにきた騎手の頭上を、側転するように飛び越え――その最中にハチマキすら奪い取り――。
先頭の騎馬の肩に、片足、しかも爪先だけで……ものの見事に着地してみせたのだ。
「……う、そ……?」
当の3年生も呆けるしかない、すさまじい精度の身のこなし。
あまりの美しさに、俺まで思わず見惚れそうになる――が。
「――赤みゃんっ!!」
「分かってる!!」
おキヌさんの一声に応えつつ、俺はイタダキと衛を引きずるように走り出す。
――白組の大将騎は、ほぼ同時に、味方によって撃破されていた。
つまり、この時点で白組は全滅。
あとは――。
競技終了の合図が入るより早く、鈴守が俺たちの騎馬に戻れなければ……失格になる!
「……くそっ!」
直線距離で向かえれば大した距離じゃないのに……撃破された騎馬がそこかしこにいる以上、迂回して近付くしかない。
騎馬を組んだまま、必死に駆ける俺たち。
一方――。
ハチマキを奪った騎馬にいつまでも乗っているわけにはいかず、さらにその不安定な体勢から、もはや仕方なく……。
鈴守は片足で、それでも少しでも俺の方へ近付こうと――最後の跳躍をした。
「――鈴守……っ!」
くっそ、この距離は……!
……ヤバい……っ! ギリギリで……間に合わない……ッ!?
最悪、失格になるのは承知の上で、イタダキと衛を切り離して受け止めに滑り込むか――!?
そんなことを考えた瞬間――。
そのイタダキと衛のスピードが、わずかながら……増した。
「ぅぅらあああっ! 足手まといになんざ、なってたまるかってんだあぁっ!
――いいな、裕真ぁっ! 3・2・1でGOだからな!」
「3・2・1だよ! いいね、行くよっ!!」
……やってくれるじゃねーか、コイツら……!
俺を後ろから突き飛ばすばかりの勢いで、猛烈なラストスパートをかける二人に、俺も応じて――さらに、一気に、スピードを上げる!
「――よし、行くぞ! 3――」
「2ぃっ! あ、ヤベ、ちょっと遅――」
「1ッ!! いいよもう!」
「「「 っらああああっっ!! 」」」
俺たちはピッタリ(?)にタイミングを合わせ、騎馬を組んだままのスライディングで――鈴守の着地点に滑り込む。
それでも、ほんのわずかに足りないと見た俺は――!
「鈴守ぃっ!」
思いっきり片足を伸ばし、それを上に蹴り上げた。
「――うんっ!」
鈴守は、蹴り上げた俺の足をさらに蹴り、お互いの勢いを利用して小さく跳ね――。
俺を――抱きついてくるような軌道で、ギリギリで飛び越えて。
見事……俺たち騎馬の上へと、転がり込んだ。
……い、いい、今の――か、顔!
鈴守の顔、め、メチャクチャ近かった……!
ど、ドキドキしたぁ〜……っ!
「よーしお前ら……立てるのか!?」
俺が、色んな意味でバクバク言ってる心臓を必死になだめていると……。
審判役の先生――『借り物競走』のルール変更の際、おキヌさんと取っ組み合いの果てに、何か友情を育んでたっぽいあの体育の先生だ――が、俺たちに確認を取る。
……一息ついた俺たちは、顔を見合わせると、ニヤリと笑い……。
せーの!――で、すっくと立ち上がってやる。
それに合わせて、鈴守が奪ったハチマキを高々と掲げると――。
「「「 うぅおおおおーーーっっ!!! 」」」
「「「 おねーーーさまーーーッ!!! 」」」
なんか色々混じり合ったすさまじい歓声が、会場中で沸き起こった。
「――っしゃあああっ!!」
その反応に、俺たち4人は騎馬を崩すと……あらためて、両手でハイタッチを交わし合う。
「やった、やった!
赤宮くんもイタダキくんも国東くんも、ありがとう!」
「おう、鈴守もお疲れさま! 最高だったよ!」
「へっ、ったくよぉ……!
ヤロー同士、ずっと手と肩を組んでるとか、こっちはサイアクだったけどな!」
「なーに言ってるのさ、一番必死に走ってたくせに!」
輪になって笑い合う俺たち。
そこへ――。
「みんな……!」
大将騎のおキヌさんも近付いてきて、一緒に喜びを分かち合う……!
――と、思いきや……。
騎上のおキヌさんは……泣き笑いのような表情で俺たちを見下ろしたまま……頬をぴくぴくと引きつらせていた。
……おう? おキヌさんよ、ダークサイドに堕ちたのかってぐらい、目元に濃ゆ〜い影が差してるぞ?
ついでに……あれ、これ、笑ってないぞ? ヤバいぐらいに目がマジだぞ……?
……え? なんで?
俺、鈴守、イタダキ、衛の4人は、まったく同じように疑問符を浮かべて顔を見合わせるが……。
そこに――まさしくそうとしか形容出来ないぐらいの……おキヌさんのカミナリが落ちた。
「こぉンのっ…………揃いも揃って、ド阿呆どもがあぁーーーっ!!
最終点呼前に騎馬を崩す、って……なぁーーーにを……っ……!
なぁぁーーーにを、やっとるんじゃあぁぁぁーーーっ!!」
「へ? 最終、点呼……?」
俺たちは、ゆっくりと周囲を見回す。
そして、他の紅組の騎馬が、まだみんなそのまま静かに立っているのを確認して……。
そこで、いち早く、鈴守が「あ」と声を上げた。
鈴守にしてはあまりに珍しい、乾いた笑みがその顔に浮かぶ。
「あ、あは、あはは……。
い、生き残った騎馬を、最終点呼して……それで競技終了……やった。
やから……その、ウチら……」
「へ? お、おい、それってつまり……!」
呆然とする俺たちのもとに、さっきの先生がつかつかと歩み寄ると……。
鋭い笛の音を響かせ――ビシッと指を突きつけた。
そして、情け容赦なく一言。
「2-A、失格な」