第64話 前衛系な彼女、義憤に燃ゆる!
――戦闘開始の合図で、まず両軍は正面からぶつかった。
その後、お互い様子を見るみたいにしばらくせめぎあってから、一旦ちょっと離れる。
3年生が中央、1年生が右翼、ウチら2年生が左翼って布陣の紅組に対して……。
白組は、正面と左右に、全学年をバランス良く配置してるみたい。
全体的な戦力はこっちより上なんやから、そうやって穴を無くして、徐々に押していく戦法かな……と、思ったら。
「…………?」
開始と同時の接触で、お互いに様子を見たし……そのまま攻めてくるんやろうと身構えるけど、向こうは一旦開いた距離を守るみたいに、ちょっと退がった位置からあんまり動こうとせえへんかった。
ううん、それどころか……。
微妙にじりじり後退して、身を寄せ合って壁みたいになってる感じがする。
ざっと戦場を見回してみるけど……。
ウチら左翼の方だけやなくて、全体的にそうみたい。
結果として、膠着状態っていうか……あまりに動きが無い……?
「コイツら……もしかして、徹底的に守りを固める気か?」
赤宮くんのその見解は、ウチも今まさに思いついたことやった。
……そう。
そもそもの総合得点で差をつけてる白組にしたら、この騎馬戦は引き分けぐらいに出来たら充分なんよね。
それやったら、個々の運動能力は紅組より高い人が多いわけやし、ヘタに攻めて反撃されるより、密集してスキを無くして、制限時間いっぱいまで守りに徹するのが、勝ちを得るための最善手――。
向こうが、そんな風に考えてもおかしくない。
「おいおい、マジかよ……クソつまんねーこと考えやがンなー。
ンなセコいやり方で取った頂点になんの意味があるってンだよ、ったくよー」
「……『いかなる手段を用いようと、頂点に立った者が正義だ!』――なんて、しょっちゅうぬかしてやがるお前が言っても、説得力なさすぎるけどな……」
イタダキくんの不満に、呆れたみたいな声で赤宮くんが応じる。
「でも、確かに有効な手段ではあるよね……戦闘能力の差で、1対1なら向こうはそうは負けないんだから、包囲されないようにすればいい。
逆に、こっちが焦って突出したら、それを包囲すればカンタンに潰せる。
そして、それを恐れて手を出さずにいれば、どのみち向こうの思惑通り……と」
……国東くんのその分析は正確やとウチも思う。
それに、ウチもおばあちゃんにさんざん鍛えられてるから、腕の差し合いやったらそうそう負けへん自信はあるけど……なんせ身体が小さいから、そもそものリーチが無い。
だから、向こうの防御を切り崩そうと思ったら、人一倍接近せなあかんわけで……包囲される危険も高い。
逆に言えば、そうやってウチが敵を数騎引きつけて、その間に味方に攻めてもらうって手もなくはないけど……。
考えながらウチは、ちらっと、おキヌちゃんの方を見る。
……腕組みしたおキヌちゃんも、何かを考えてるみたいで、難しい顔をしてた。
白組の大将騎に比べて、明らかに前のめりの位置にいるおキヌちゃんは、多分、初めから囮になるつもりやったハズ。
白組がおキヌちゃんを狙って中央突破を仕掛けてくるのを、3年生に止めてもらいながら徐々に退がって、相手を引き込み……そこを、ウチら左右両翼が側面を突く。そんな戦術のために。
でもまさか、向こうがここまでガチガチに防御を固めた、籠城戦みたいな手段に訴えるやなんて、さすがにおキヌちゃんも思ってなかったみたい……。
「うーん……けど、どうすんだ。
やっぱ、引きこもったヤツらを引きずり出すとなると――『挑発』とかか?」
「やめとけ。ガチの戦ならともかく、体育祭の一種目なんだからな。
悪口だのなんだの並べ立て始めたら、一気に空気が悪くなるし、歯止めが利かなくなるに決まってる。
……最悪、反則食らって失格とかになりかねないぞ」
イライラしてそうなイタダキくんを、赤宮くんが冷静に抑え込む。
でも多分、同じように思ってる人は少なくないはず……。
……どうしよう……?
このままやったらラチが明けへんし、やっぱりウチが囮を買って出て切り崩しにかかった方がええかな……。
そんな風に、ウチが決心しようとしたそのとき――。
「――1年、先陣を切って突撃しますッ! みんな、行こう!!」
右翼の方から、そんな元気の良い声が響いて――。
右手を大きく挙げた白城さんの騎を先頭に、1年生の3騎が、無謀にも見える突撃を仕掛けた。
それも、普通のハチマキの取り合いって言うより、敢えてムリヤリ敵陣の奥にまで突っ込んで、陣形を崩すのを優先するみたいな――!
「――あ! 後輩ちゃん、ムリするなっ!」
「ボス、俺たち3年はどうする? 援護に向かうかっ!?」
「それはダメだ! こっちがガタガタになって、あのコたちの行動が完全にムダになる!
焦らずに、このまま距離を詰めて――」
「!――白城さんっ!!」
――そのとき、ウチは思わず声を上げてた。
おキヌちゃんが冷静に3年生に指示をする中、ウチは見たから――。
白組に取り囲まれた1年生……その中の一人が、騎馬を崩されて派手に落馬するのを。
「――おキヌちゃんッ!! 白城さんが!!」
場所が悪いみたいで、審判役の先生が気付くのも遅れてるし、そもそも混戦地帯やから、自力で脱け出してくるのも難しそうで――。
ただでさえ、落ちるときにどっか打ったかも知れへんのに……他の騎が足を取られたりする可能性もあるし、このままやと、騎馬の子らも含めて危ない……!
――そう思ったウチは、とっさにおキヌちゃんに叫んでた。
先生に訴えて全体を止めてもらうより――正反対の位置におるウチらが向かうより、ゼッタイそっちの方が早い!
そして、さすが、おキヌちゃんはウチの思いをすぐに理解してくれたみたいで……。
こっちに小さくうなずくや否や、戦術をかなぐり捨てて指示を飛ばす。
「3年生すまん、前言撤回! このまま1年生の救援に! ソッコーで!!」
そしてそのまま、自分の騎で先陣切って右翼の方へ駆け付けていった。
「――鈴守、白城が落馬したのか!?」
「うんっ! でも、それが――っ」
ウチは思わず、赤宮くんの両肩に置いた手に力を込めて――見たままを、答える。
そう……ウチには見えてん。
白城さんのハチマキを取った、3年生。
その騎馬が、明らかにやり過ぎな体当たりで、白城さんの騎馬の子を崩して……。
しかも騎手の人は、それでも立て直そうとする白城さんをさらに追い詰めるのに、メガネだけを狙って、思い切り平手で弾き飛ばすところを……!
混戦やから審判してる先生からは見えへんかったやろうし、顔をぶったりしたわけちゃうから、手が当たっただけって言うたら、厳密には反則ちゃうんかも知れへん――。
……でも……。
それがワザとなんが、ウチには分かった。
騎手の3年生は、『借り物競走』のとき、白城さんに借り物を奪われてた人やったから。
明らかな敵意が見えたから。――1年のクセに、みたいな。
もちろん、意趣返しの気持ちはあっても、ケガさせようとか、そこまでのつもりはゼンゼンなかったと思う。
つい、アツくなって、力が入って……そうなってもうただけやと思う。
1年生の予想外の行動に、ついつい焦ったってだけやと思う。
それでも――。
……やり過ぎは、やり過ぎ……。
やったらあかんことは――――あるっ!
「……よっしゃー!
後輩ちゃんのサルベージは完了したぜおスズちゃんッ!! 無事だー!!」
向こうで、おキヌちゃんが大きく手を振って報せてくれる。
白城さんが無事なんは良かったけど……今度は競技的に、おキヌちゃんが危険になった。
陣形を崩し、大きく突出した大将騎なんて良い的やから――これまで防御に徹してた白組の注意が、一斉にそっちに向けられる。
そう――ウチらとは、完全に反対側に。
さすがにちょっとカチンときてたウチは……こちらから注意が逸れたその瞬間を狙って、立ち上がり、赤宮くんの肩に足をかけた。
「赤宮くんゴメン、ウチ……」
「いいよ大丈夫、任せなって。
要は――『俺たち騎馬が崩れず、騎手も地面に落とさなきゃいい』んだろ?
結果として、白城たち1年が身を挺して開く形になった血路だ……センパイなら、活かしてやらないとな」
ウチが何をしようとしてるのか、すぐに察してくれたらしい赤宮くんは、ウチを見上げてニッと笑ってくれた。
「――イタダキ、衛!
お前らが脱落しても終わりなんだ、死ぬ気で付いて来いよ!!」
「あぁん? 何する気か知らねーが、この頂点に立つオトコが、テメーごときに付いていけねーわけねえだろーが、ナメんなっつの!」
「僕もだね。ナメてもらっちゃ困るってもんだよ、まったくね!」
「よーく言った……それじゃ、行くぞ――鈴守ッ!!」
「うん、みんなありがとう! ほんなら――」
――キッと、前を見る。
ウチの返事に合わせて赤宮くんたちがダッシュをかけたから、白組の騎馬が――右翼側に向かおうとするその背中が、一気に近付く。
そこで――。
「……行きますっ!!」
距離を見計らったウチは――。
赤宮くんの肩を蹴って――思い切り宙へと飛び出した。