第59話 頂点に立つオトコと小さな約束
いかに色々何かとザンネンなコイツでも、まさかこんな場所に連れてきて、どつきあいのケンカをしようってわけじゃないよな――。
心なし身構えながら、そんな風に思っていると……。
「ちょっと待ってろ」と、渡り廊下脇の自販機に向かったイタダキは、パックジュースを二つ買い……。
そのうちの一つを、俺に投げ渡してきた。
……甘ったる〜いカフェオレだ。
俺はコーヒーは基本ブラックか微糖なんだが、同時に、むしろ逆方向に大きく踏み越えた、こういうダダ甘いのもわりと好きだったりする。
「……おごりだ」
「おごりぃ~? なんでまたお前が……」
――実はイタダキの家は、高稲で総合病院を経営してるぐらいの金持ちだ。
しかし、摩天楼家の教育方針というか、両親が金銭感覚には非常に厳しいらしく、有り余る小遣いを渡され、湯水のようにカネを使って遊びまくり――というわけにはいかず。
俺たち庶民と同レベルの小遣いの中、いつもカツカツの状態で何とかやりくりしている。
……まあだからこそ、俺のスキを突いて、これ幸いと1000円超えのラーメンをおごらせたりもしやがるわけだけど……。
そんなヤツが、いきなりジュースをおごってくるとは、またなにをトチ狂ったことを――。
なんて訝しんでたらイタダキは、「約束だろ」と、不満そうに言った。
……やくそくぅ……?
何のことだと、首を傾げつつ必死に記憶を洗っていると――。
やがて、しょうがねーな、とばかりにイタダキは大きくタメ息をついた。
「……先に彼女が出来た方に、ジュースおごるって約束、しただろーが」
「は? したっけ?……そんな約束」
「したっつーの! 小学5年の秋!」
ああ~……じゃあ、俺が魔法世界メガリエントに初の異世界召喚を食らうすぐ前、か。
なんせ、異世界で勇者やる――なんて、とんでもないイベントに巻き込まれるのは初めてのことだったし、しかも向こうじゃ、魔法理論詰め込むのに必死だったからなあ……。
うん……完全に記憶の彼方に押しやられてるな。
改めて聞いた今でも、全っ然、思い出せないぐらいだし。
――いや、もちろん俺だって、大事な約束なら覚えてるよ? いくら何でも。
それが、これだけ引っかからないってことは……多分、何気ない会話の中、ノリでしたような、他愛のない口約束ぐらいのものなんだろう。
そもそも、ジュースおごり――だしな。
だけど……。
自然と、頬がゆるむのが――自分で分かった。
「……何年前の話だよ。
でもそう、お前ってそういうヤツなんだよな、ダッキー」
「ダッキー言うな!……って、どんなちっぽけなモンでも約束は約束だ、した以上は守るのが当たり前だろ。
頂点に立つオトコとして、有言実行・約束厳守は当然のたしなみだからな!」
……まったく。
そう、コイツってば……こういうところは、意外にしっかりオトコ前なんだよ……。
「――あ~あ、ちっくしょー……。
どうせなら、焼き肉食べ放題とかにしときゃ良かったよなー」
俺は、わざとらしくそんな悪態をつきながら……カフェオレにストローを刺し、渡り廊下の柵にもたれて座る。
「ふん――ンなコト言ってやがると、今度は、ラーメンどころか回らない寿司でもおごらせっからな」
俺の隣に、同じようにしてイタダキも腰を下ろした。
ちなみに、ヤツのパックは普通の牛乳だ。
ムダに健康志向なところがあるからなコイツ――ガキの頃から。
「しっかし………………鈴守かぁ……」
お互いしばらく無言でパックを吸っていたと思ったら、前を向いたまま、イタダキはおもむろにそう切り出した。
「――何だよ。今さら、『俺も好きだった』とか言うなよ?」
「言わねーよ。……で、いつからだよ?」
「4月末――だな。ゴールデンウィークの前。一ヶ月は超えた」
「マジか……まあ、ちょっとヘンだなー、って気はしてたけどよー」
「沢口さんなんか、誰にも話してないのに次の日には知ってたぞ?」
「アイツの諜報機関めいた地獄耳は参考にならん」
「まあな……っていうか、ほとんどの女子にはすぐにバレたけどな。
『見てれば分かる』って」
「女子ってのは怖ェなー。
…………ンで――その――どこまでいったよ?」
「お前の想像もしてないレベル」
……あ、牛乳噴きやがった。きったねーなあ……。
「お、お前っ、それは――ッ!」
「……さっきの競技で初めて手ェ繋いだ。そんなとこだ」
「………………」
「………………」
「…………なるほど。
ムカつくが、確かに想像してなかった。――ヘタレめ」
「やっかましい。
……だからおキヌさんたちが、これだけのイベントをやらかしてくれちゃったんだよ」
「あ〜……ま、そりゃなぁ……。
そりゃおキヌにしてみりゃ、やきもきもするかー……」
「なんせあの性分だからな」
俺の返答に、イタダキはなぜか、やれやれと言わんばかりの大きなタメ息をつく。
「まー…………いいや。それならそれで」
「…………?」
なんだ……イタダキのくせして、妙に含みのある言い方しやがって。
「――しっかし、そっか、鈴守かあ…………。
うむ……化粧っ気も飾りっ気も無いし、髪型もおかっぱまっしぐらなシンプルなボブ、服装もおとなしめと、全体的に地味な感じで――。
しかも、さすがに発育不良代表のおキヌよりはマシとはいえ、中学生みたいな体型で、ムネもあるとは言えねーし――って。
おい、裕真、お前ってもしかしてソッチ系が趣味だった?」
「ふん、俺が好きなのは幼女でも熟女でもねーよ。〈鈴守千紗〉だ」
俺がキッパリ言ってやっても、イタダキは特別茶化しも驚きもしない。
「……ま、お前ならそう答えると思ってたわ。
ガキの頃から、そーゆー恥ずかしいセリフ、デロデロ出してたもんなー」
「デロデロってなんだ。そのイカレた言語センスで汚いモンみたいに言うな。
――鈴守はな、お前が想像出来ないほどに可愛くて良い子なんだ、っての」
「……あん? いや、別に悪いって言うんじゃねーよ。良いと思うぜ? 鈴守。
子供体型で地味っつっても、それが清楚な感じでいいってヤツも多いだろうし……もともとの顔立ちとか、実際結構カワイイ方だし。
それに何よりアイツ、すっげーイイやつだもんな。
……正直言って、お前なんかにゃ、ヒジョーにもったいねえ」
「――悪かったな……俺だって、ちょっとそう思わなくもないんだよ」
「そりゃそうだろ。ホンっっトにもったいねーもんなあ……」
「うっさい。
……って、実はそれ、相手が誰でも言ったんじゃないのか?」
「ったりめーだろ?
まず、彼女って存在自体がお前にゃもったいないからな!」
「なんだそれ。ひがみか?」
「甘く見ンなよ。やっかみだ」
「一緒だっての……。
ああ、なら、お前も告白とかしてみたらどうだ?
野上とか山内とか田川とか、お前のこと『悪くない』って言ってたぞ?」
「――ゼンブ小学校のときのクラスメイトじゃねーか! そんとき言えよ!」
「いや、ナイショって言われてたし」
「じゃあ、なおさら今になって言うんじゃねーよ!」
「5年も経てば気の迷いも晴れただろうし、時効かなーって」
「気の迷いってなんだコラ!
だいたい裕真、テメーはなあ――」
……その後も。
俺とイタダキは、バカなやり取りにさんざん花を咲かせ――。
やがて、戻りが遅いのを心配して探しに来た、見晴ちゃんと亜里奈に見つかって。
ちゃんと味方を応援しろ、と……二人揃って、アニキの威厳ゼロでお説教されながら、応援席に戻るハメになったのだった。




