第58話 策士、策に溺れてどざえもん
――借り物……ならぬ『略奪競走』が終わって応援席の方に戻ると、案の定というか、大変な騒ぎになった。
そもそも女子には、俺と鈴守が付き合ってるのはバレバレだったそうなので、「よくやった」とからかわれるぐらいだったが……。
クラスの独り身の男子どもからは、「死ね」だの「爆発しろ」だの「絶交だ」だのとボロクソに言われながら、一発ずつはたかれた。
ただ――どいつもこいつも笑ってくれていた。それは純粋に嬉しかった。
いや、うん、嬉しかったんだけど……。
競技中はアツくなっていたからそうでもなかったが、いざ冷静になってくると、とんでもないことをしたと、やたら恥ずかしくなってくる。
そしてそれは、鈴守も同様らしい。
戻ってきてからこっち、お互い目が合うと、何を言ったらいいか分からず、つい目を逸らしたりしてしまう。
……で、そのさまに、また周囲からはボロクソにはやし立てられるのだ。
まあ……覚悟してやったことだし、今さらどうしようもないんだし、慣れていくしかないんだけど。
イヤな気分――ってわけじゃないし……さ。
もっとも――
「ヘタレ新兵にしては良くやったと言ってやりたいが、この程度で満足してどうする!
もっと、公衆の面前にもかかわらず、こう……なんか、いわゆるPTAの紳士淑女が目を覆わんばかりの痴態とかいうのをだな――!」
……とか、フンスと鼻息荒く、堂々と公序良俗に反しようとする(しかし恐らくノリだけで意味はほとんど分かってない)JS擬態聖霊は、実力行使で黙らせた。
――俺じゃなく、亜里奈が。
ちなみに――。
俺と鈴守のことを、乱暴に祝福(?)してくれる男子どもの中には、俺を、一発どころか、二発三発どついてくるヤツもいたんだが……。
その理由を問うと、むせび泣きながら、その亜里奈やアガシーの方を指差していた。
……そうか――うん。
武士の情けだ。深くは問うまい。
――さて、そんな、いつの間にかやって来ていた亜里奈やアガシーだけど……。
早くも、すっかりクラスに溶け込んでいた。
アガシーは……さっき入場門の方からも見えていた通り、クラスの応援団長に納まっている。
おキヌさんに見初められたらしいが……さもありなん。
しかし微妙に、うちのクラスの応援団というより、アガシー個人の信者集団に見えるときがあるのは気のせいだろうか……。
まあ、見た目はぶっちぎりの美少女だし、ムダに求心力はありそうだからな……。
一方亜里奈は、特に女子に可愛がってもらっているようだ。
しきりに、自分の妹になれとお誘いを受けている。
まあ、亜里奈だって、アガシーとは方向性が違うが、見た目は十二分に美少女だ。
その上、どうやら家事全般も万能ってことが知られたみたいだから、まさに『良く出来たカワイイ妹』として、一家に一人ってな感じで引く手数多なのもうなずける。
ただ女子よ、俺の恥ずかしい話を根掘り葉掘り聞き出そうとするのはやめてくれ……。
……それから、衛の従弟だっていう小学生とも知り合った。
しかもその彼――朝岡武尊は、亜里奈たちのクラスメイトで、ちょくちょくうちの銭湯にも来てくれていたらしい。
俺はうちの手伝いをするにも、もっぱら裏方なので知らなかったが……。
世の中は、なかなかに狭い。
しかし、それにしても――だ。
まったくおキヌさんも、とんでもないタイミングで、とんでもない企画をブチ込んでくれたものである。
まったく、怒るべきなのか、呆れるべきなのか……。
――感謝? もちろんあるが、それはその後だ。
ヘタに調子に乗せると、今後どんな風にエスカレートさせるか分からないからな……。
刺すべきクギはちゃんと刺しておかないと。
……と、いうわけで……。
「やあやあ、赤みゃんにおスズちゃん!
――さっすが、我が山賊団の、勝手に認定トップエースの二人!
よくやってくれたよ〜! 狙い通りの戦果で、もうほっくほくだぜー!」
本部テントでの仕事を終え、腹心みたいに沢口さんを従えて、意気揚々と引き上げてきたふわもこコートの我らがミニマム頭領、その前髪を上げたつるりと広いおデコに――。
俺は、心の赴くままデコピンを食らわせた。
「ぶみゃっ!? 赤みゃん、い〜た〜いぃ〜……!」
「悪いけど脊髄反射だ。
……それと、俺も色々言いたいことはあったんだけどな……」
俺は、ちらと後ろを振り返る。
そこには――。
「おキヌちゃ~ん?
ちょーっと、向こうでお話しよ?……な?」
俺ですら背筋が薄ら寒くなりそうな――『満面の笑顔』を浮かべた鈴守がいた。
「ひ、ヒィッ!? お、おスズ――ちゃん……!?」
「……ま、こういうわけだ。あとは鈴守に任せるよ。
女子同士の方が、遠慮無くものが言えるだろうしなー……」
「み、みぎゃあああぁぁ~…………!」
ネコみたいな悲鳴を棚引かせつつ、鈴守にがっしと襟首を掴まれて、いずこかへと連行されるおキヌさん。
……それをみんな、決して止めることなく、敬礼で見送ったのだった。
――で、そのあと。
校舎のトイレへ行き、応援席に戻る途中で俺は……保健室に行っていた、イタダキと見晴ちゃんの兄妹に出会った。
「あ〜、亜里奈ちゃんのお兄ちゃん~! さっきの見ましたよ~、お姫さま抱っこ〜!
いいなあ、ステキだったなあ〜……!」
ふんわりとした、大変清らかな笑顔をくれる見晴ちゃん。
「ああ、ありがとう見晴ちゃん」
出場してたのは、『略奪競走』なんて血なまぐさい名前の競技だけどな……。
でもそれも、このコの心洗われる笑顔の前では『りゃくだつ☆きょうそう』なんて、ファンシーでピースフルな響きに変わるような気がする。
まったくもって一種の才能だなコレ……。
その一方――。
イタダキは眉間にシワを寄せて、ニラむように俺を見ていた。
あー……コイツ、もしかして怒ってるかな。
結局、鈴守と付き合ってることを今まで言わなかったのが、こんな形でバレちまったわけだからなあ……。
いやでも、言わなかっただけで、別にウソついてダマしてたわけでもないし、コイツが鈴守を好きだったのを横から奪った――とか言うわけでもないから、コイツに怒られる理由なんて、無いと言えば無いんだけど。
しかしまあ、なんせイタダキだからなあ……。
『この頂点に立つオトコを差し置いて彼女持ちとか許されん!』
なんて、大マジに言いかねないからなあ……。
「……見晴。兄ちゃん、ちょっと裕真と話があるから、先に戻っててくれ」
イタダキの指示に、見晴ちゃんは不思議そうに俺とイタダキの顔を見比べたあと……それでも、「は~い」と素直な返事を残し、応援席の方に立ち去っていった。
それを見送ってから、イタダキは無言で、付いてこいとばかりに先に立って歩き出す。
向かう先は……学食の裏手、体育館の方に通じる渡り廊下だった。
こんなときだと、さすがに人気なんてまったくない。
グラウンドの方の喧噪も、同じ敷地の中、そんなに離れてるわけでもないのに……なんだか遠くに感じる。
さて……。
イタダキのヤツ、こんな場所に連れてきて、何のつもりだかな……。