第4話 勇者を女子化(表現的に)させる者
――自分の席でくつろぐ俺のかたわらでは、イタダキとおキヌさんが、俺にとってすっかりおなじみのやり取り(口ゲンカっぽいの)を繰り広げている。
いやー……しかし、平和だなあ。
こうしてお約束のシーンってヤツを眺めてると、いかにも現代日本に帰ってきたって実感がして安心する。
ここだけ見れば、元通りの日常なんだがなあ……。
《まあまあ、そうクサるなよ新兵》
頭の中で、アガシーの声が響く。
今は俺と同化しているため姿は見えないが……。
この口調――恐らく、さぞ男前な笑顔を浮かべてサムズアップしていることだろう。
ついでに、もしも周囲に人目が無ければ、また出所不明のマズいチョコを、レーションなどとのたまいつつ現れていたに違いない。
……ホント、どこで手に入れたんだアレ……。
まあ、それはいいとして(食ってもいいってわけじゃない)――。
昨日の、あの魔獣と魔法少女はなんだったのか……。
俺は、昨夜の出来事を思い出しながら、ポケットからスマホを取り出す。
――あの後、家に帰って早速亜里奈に報告すると、今度遭遇したら写真でも動画でも撮ってくるように、と言われたのだ。
しかし……亜里奈のヤツ、事実確認のため、と言い張ってたが……。
なんか鼻息荒かったし、ありゃ実物の魔法少女を見てみたい、ってのが本音だな……きっと。
アイツ、ああ見えて魔法少女アニメとか観るの大好きだし。
まあ、それはともかくとして――。
実は俺、自慢じゃないけど、電子機器ってマトモに使えないんだよなあ。
小学校のとき、魔法主体の世界で、それについての勉強を必死に頭に詰め込んだせいか、むしろ現代文明に弱くなっちまって……。
スマホなんて、ギリギリ電話とメールで精一杯だ。SNSってなんだよ……。
そもそも……亜里奈のヤツがうちの親に、「お兄ももう高校生だから」なんて進言しなきゃ、スマホを持とうとすら思わなかったぐらいである。
そんな俺に写真とか動画とか、いくら何でも難易度が高すぎるクエストだ。ムリ。
《ま、誰にだってニガテはあるもんさ……それは任せとけよ、な、新兵》
アガシーが、良い笑顔を浮かべながら優しく俺の肩を叩く――みたいに言う。
(…………。
お願いします、サー)
スマホの操作を異世界の聖霊に任せるとか、現代人としてそれでいいのかと思わないでもない。
ないが……この際、仕方ない。
実際問題、この数日で、驚異的な早さでこっちの世界の知識を身に付けているアガシーの方が、俺よりもよっぽどスマホの扱いに慣れているのだ。
まあ……同じぐらい驚異的な早さで、『変さ』にも磨きがかかっているわけだが……。
「……どうかしたん?
スマホ見つめてタメ息ついて?」
そのとき――。
雲間から射す光のように、頭上から降ってきた――可愛らしい関西弁の声に、俺はあわてて頭を跳ね上げる。
いつの間にか、俺のかたわらには……。
小柄で華奢、前髪ぱっつんの黒髪おかっぱな女の子が、ちょっと首をかしげて立っていた。
そう、パッと見は後輩のようでもあるが、れっきとしたクラスメイト――いや、俺にとってはそれ以上の存在でもある子が。
「鈴守……」
「スマホ、壊れたん?」
「え? あ、いや、別に何でもないんだ。
……ともかく、おはよう」
「うん、おはようー」
可愛らしい声で可愛らしいアイサツを返してくれて、可愛らしくちょこんと、俺の隣りの席に座る可愛らしいこの子は――
《ちょ、勇者様勇者様、『ヤバい』の連発だけで会話する人かゴブリンかってぐらいに表現力が低下してますよ〜……って、ダメだ聞いてねえ》
その名も、鈴守千紗。
見た目カワイイ、声もカワイイ、喋り方もカワイイ、仕草もカワイイ、性格もカワイイ、もう構成する要素すべてがカワイイ――
《カワイイカワイイむやみやたらに連呼するな鬱陶しい!
……って、ダメだやっぱり聞いてない……》
そんな鈴守は、なんと俺の彼女だ。
そう――彼女なのだ!
……と、言っても……。
一世一代の告白にOKをもらったのが4月の終わりなので、実質付き合い始めて一週間程度……まだちゃんとしたデートすらしたことないんだけど。
しかし――しかしだ。
たかが一週間、と思われるかも知れないが――。
俺はその間、早速デートでもと期待していたゴールデンウィークに、異世界アルタメアへと喚び出されてしまい……。
結果、デートに誘うのにぴったりの、せっかくの休日をフイにしたばかりか……こちらとは時間の流れの違う異世界で、1年近い時を、世界を救う冒険に費やすハメになったわけで……。
――そうなのだ!
告白にOKをもらったばかりなのに、俺は……!
俺は、体感時間で1年もの間、デートどころか電話もメールも出来ない、超遠距離恋愛状態に隔離されていたのだ!
――ンなバカな話があるか!?
いやあったんだよ、現にココに!
……というワケで……。
ようやくこっちに帰ってきた今、鈴守の可愛らしさが、当社比100倍増しに感じられて表現がやや暴走気味になるのも、致し方ないことなのだ。
「あ……赤宮くん?
なに、なんか泣いてるん?」
「いや、うん、感動しちゃってさー……」
「感動……?
あ、もしかして、思い出し感動……みたいなん?」
鈴守は楽しそうにくすくすと笑う。
「そうそう、そんな感じ。
なんかふっと、色んな記憶が過ぎっちゃってさー……」
ぐしぐしと目元を拭う。
さすがに、『1年間離ればなれだったから』なんて、口が裂けても言えないからなー。
「うん、あるやんね、そういうの。ウチもなるよ、ときどき」
「あー……なんか、分かるな。
鈴守のそういうところ、想像しやすい」
えー? と、鈴守は苦笑する。
もっとも、本気で怒ってないのは一目瞭然だ。
……というか、鈴守が怒っているところなんて――出会ったのは高校入ってからだから、この1年程度のことしか知らないが――まるで見たことがない。
穏やかで控えめだが、だからって自分の意見が無くて言いなりってわけでもなく……かつ、他者には極力、寛大で寛容――。
そんな、聖母級の包容力を持つのが、鈴守千紗という女の子なのだ。
「赤宮くんから見たウチって、そんなんなんや?」
「そだなー、感受性が豊かそう、って意味では」
「――ふっふーん。
豊かと言えばご両人、お腹も心も豊かになる放課後はいかがだい?」
そのとき、唐突に、脇から声が割り込んでくる。
誰かと思えば――おキヌさんだった。