第57話 奪われる前に奪え――奪いつくせ!!
「女子を引きずり下ろせばいいだけだ! 慎重に攻めて追い詰めてやれ!」
「「 おうっ! 」」
リーダーを張る空手部部長の指示を受け、残る柔道部の2年男子二人が、俺たちとの距離を詰める。
一方、当のリーダーは……俺たちがスキを突いて包囲を抜け出ないよう、フォローする形で位置取りしていた。
カッとなって団子状態でいっぺんに突っ込んで来てくれた方がむしろ楽だったんだが……意外に冷静でやりづらい。
しかも、俺たちへの攻め手に回っている2年の二人は、どちらも柔道部の実力者だ。
つまり、手を使った差し合いが上手い。
俺が手を塞がれている分、主に対応するのは鈴守なんだが……さすがに苦戦している。防戦一方といった感じだ。
しかし――。
一応俺自身も、体捌きで相手の動きを制限しているわけだけど……。
それにしたって、柔道部の猛者たる男子二人が鋭い動きで掴みかかってくるのを……払い除け、ときには逆に腕を掴み返して体勢を崩そうとしたりと、見事に捌ききっているあたり、鈴守も相当な技量である。
まったく、ドクトルさん、孫娘にどれだけのワザを叩き込んだんだか……。
《おおーーー!! 捌く捌く! すごい動きだ!
このお姫さまもタダ者じゃないぞぉーーッ!!》
おキヌさんの実況に、なんか、キャーキャーと女子の黄色い声援が沸く。
なんだろう……鈴守がカッコ良くて、女子のファンが急増中、とか?
まさかなー……。
――さておき、しかし……どう攻めたものか。
ルール上、俺が鈴守を地面に降ろしたら、その時点で負けなわけで……。
名前こそ『略奪競走』ではあるが、実際、向こうは人間一人を『奪い取る』という無茶はする必要がない。
……というか、さすがに女子にムリヤリ触れるとかアウトだからな。
基本、ヤツらも狙うのは俺の腕の方だ。
まあ、もちろん、せめぎ合いで、鈴守とヤツらの腕は接触するし、鈴守自身がイヤがってない以上、それぐらいは競技でしかたないと目をつむるけど――。
もし、ヤツらがそこのところを踏み越えて、過度に鈴守に触れようもんなら、まず俺がルール無視でブン殴るだろう。
ヘタすると、俺たちの失格理由として一番可能性が高いのはそれなんじゃないかとも思える。
俺が、スタミナ切れで鈴守を降ろすことはゼッタイ無いわけだし。
なので、そうした『事故』を起こさないためにも、さっさと勝負をつけたいところだけど……。
こちらが反撃に転じようにも、相手は二人が二人とも、借り物をジャージの尻ポケットに突っ込んでやがるようで……。
つまり、正面からでは奪うのは難しい。
かといって、コイツらの背後を取るためにハデな動きをすると、それはそれで奥に控える、一番ガタイの良いリーダーにスキを突かれる可能性がある――。
さあ、どうするかと、さらに思考を巡らせていると――。
「――おい! 後ろだ!!」
唐突に、向こうのリーダーの切羽詰まった声が聞こえた。
続けて――。
「ザンネンでした〜、センパイがた。
リア充憎しって気を取られすぎですよー……っと」
そんな得意げな声とともに、俺の視界の端――立ち塞がるヤツらの陰から、メガネの女子が颯爽と飛び出してくる。
両手に持った、制汗スプレーとテニスボールを高々と掲げて見せるその女子は――。
先にゴールへ向かっていたハズの白城だった……!
《おおーーっと、ここで伏兵だぁーーっ!!
1-Aの白城鳴選手、見事な奇襲で、リア充に気を取られまくっていた二人から鮮やかに借り物を強奪ーーーッ!!》
「は? うそっ!?」「マジでっ!?」
信じられない、とばかりに、改めてもう何も入ってないポケットを確認する柔道部の二人。
「うお――ナイス白城! 助かった!
……けど、追っかけてくれって頼んだ白組の女子二人は――」
俺の問いに、白城は奪った制汗スプレーでトラックの先の方を指し示す。
そこには……。
ガックリとヒザを突く、白組女子二人の姿があった。
「……お見事……すでに略奪済み、ってわけだ」
「赤宮センパイたちがハデに目を引いてくれてましたからね。
あのセンパイたちも、先行しながらもやっぱり気を取られてて……案外カンタンでしたよ。
それに、わたしも――メガネっ娘ですけど、鈴守センパイほどじゃないにしても、ワリと運動神経には自信ありますし?
小さい頃からウェイトレスして鍛えてるのはダテじゃないってことです!」
フフン、と胸を張る白城。
鈴守も、「すごい!」と手を叩く。俺もまったく同感だ。
しかし――
「クソっ……! だが――オレのはカンタンに奪えねぇぞ?
それにお前、女子一人抱えてんのも、いい加減、腕が限界だろ?
つまりは……そこの1年の持ってるモンも含めて、オレが今から奪い返せば、一気に再逆転ってだけだ!」
白組最後の一人……リーダーを張ってた空手部部長は、気落ちするどころか戦意を新たにみなぎらせ、俺たちへと向き直る。
……まあ、その自信も当然だろう。
本人は180センチを優に超える長身、しかも借り物の竹刀はハチマキを使って、忍者みたいに背中に括り付けられているのだ。
つまり、前からはもちろん、背後から奇襲をかけても、一瞬で抜き取るのは難しい。
さらに言えば、竹刀のツバが邪魔だ。下へは、引き抜こうとしても、これが引っかかってしまう可能性が高い。
結果として、キレイに抜き取るには、『上へ』抜く必要があるわけだけど――なにせ相手は、先に言ったように俺たちよりはるかに背が高いときた。
――パッと見た感じは、俺たちの『詰み』だ。
向こうも、それが分かっているからこそのこの自信なのだ。
もっとも、俺の腕力に関しては完全に計算違いなんだが……それでも、こちらに攻め手が無いのは事実だろう――。
そう――正攻法では。
「……どうします? 赤宮センパイ。
もう、ムリはしないで、ゴールまで逃げちゃいますか?」
白城のその問いには答えず、代わりに俺は、腕の中の鈴守に目配せする。
そして、「大丈夫」とばかりにうなずいてもらうと――。
「よし、行くぞ鈴守!」
「うん!」
一気に、こちらから、残るリーダーへと突っ込んでいく。
「――え!? ちょ、センパイっ!?」
戸惑う白城の声を聞きながら、俺は鈴守の身体を、俺と向かい合わせになるように抱え直した。
さらに、両腕を鈴守のヒザ裏と足の下にずらし、そして――。
「行っ――けぇっ!!」
思い切り、ブン投げるように高々と持ち上げる。
その勢いに合わせて――鈴守は飛び上がった。
俺の腕を蹴り出し、宙へと……背を反らし、走り高跳びの背面跳びの要領で。
「――は?」
完全に虚を突かれたリーダーは、呆けた顔で、驚愕に立ち尽くすのみ。
そんな彼の肩にトン、と両手を突き、華麗に飛び越えざま――鈴守は。
ものの見事に、鮮やかに……括られた竹刀を抜き去る。
そして、そのまま落下してくるのを――。
上方に気を取られるリーダーの股下を、スライディングで潜り抜けた俺が――。
……しっかりと、元通りのお姫さま抱っこで受け止めた。
――呆気に取られたのか、静まり返る場内。
そこで、俺が本部テントの方を見やり、鈴守が奪った竹刀を突きつけて……
「――これでどうだっ!」
と言ってやると……。
《…………っ!》
思い出したように、最っっっ高に良い笑顔を浮かべたおキヌさんが――。
マイクを握り直して、興奮そのままに猛々しく吼えた。
《ぅぅぅ奪っっっったああああぁぁーーーーッ!!!!
なんとなんと、白組……全滅ーーーッ!!!
紅組の…………完っ全勝利だぁぁーーー!!!》
「「「 ぅぅおおおおおーーーーーっっっ!!!! 」」」
続けて……静寂を突き破り、爆発的に沸き起こった歓声が――会場中を包み込んだ。