第56話 奪われる前に奪え!
主に女子の黄色い歓声と、主に男子の「リア充爆発しろ」の怨嗟混じりの怒号を全方向から受けながら……。
鈴守をお姫さま抱っこした俺は、トラックを疾走していた。
向けられる声援の中には時折、「ゆーしゃ! ゆーしゃ!」ってからかいも混じってるが……。
それ、言われ慣れてるんで気にならん――むしろ馴染む。哀しいことに。
いや、それはいいんだけど……もう俺、この先もアダ名『勇者』で確定だよなコレ。
まったく、何の因果だ……。
――さて、それはともかく……。
「その……ごめんな、鈴守。勝手なことしちまって」
ずっと顔を伏せている鈴守が、もしかしたら怒ってるのかも知れないと思って、そんな風に声をかけると……。
鈴守は、そのままふるふると首を横に振った。
「お、おキヌちゃんの仕業て、分かってるから。それに――」
鈴守は顔を上げる。
そして……多分、今の俺と同じくらいに真っ赤なその顔で――。
優しく、嬉しそうに、はにかんでくれた。
「は、恥ずかしいけど――嬉しかった、から。
手、繋いでくれたんも……こうやって、抱っこしてくれるんも」
「……う、うん……」
や、ヤバい、心臓が止まるかと思った……。
なんてカワイイ顔で、なんてカワイイこと言うんだ……。
こうやってお姫さま抱っこなんてしてる時点で、鈴守のあったかさと柔らかさを直に感じてブッ倒れそうなのに!
一応、異世界で、捕まってる女の子を助けることは何度かあったし、おんぶも抱っこもしたことあるんだけどなあ……。
そのときは、亜里奈にしてやってるのと同じ感じで、まるで気にならなかったのになあ……。
鈴守だとゼンゼン違う――もちろん、良い意味でだ!
心臓が止まるんじゃなきゃ、逆に鼓動が速くなりすぎて破裂しそうだ!
「あの、ほんで……う、ウチ、重ないかな……?」
「そ、それはゼンっゼン大丈夫。余裕。――っていうか……」
これだけは絶対ちゃんと言っておかなければと、重さはキッパリ否定して――俺は足を止める。
舞い上がっていた気分が、すーっと落ち着きを取り戻していく。
「問題は、こっちの方じゃねーかな」
俺たちの前には――。
白組の九人のうち、3年生の女子二人を除く男子七人全員が、般若みたいな形相で立ちはだかっていた。
そいつらは、他の紅組のメンバーには見向きもしない。
つまり……完全に、俺と鈴守狙いってわけらしい。
《おーーーっと、これはぁーーーっ!
白組男子たちが勢揃い、壁となって公認カップルの前に立ち塞がったぁーーっ!
リア充許すまじ、と滲み出るその怨嗟のオーラからして、もはやこれは呪いの壁だーーッ!
――さあどうする、赤宮裕真! いやさ『勇者』よ!
迫る賊どもの魔の手から、愛しの彼女を守り切れるかーーーっ!?》
……おキヌさんがノリノリで実況を入れてくれるが……。
なんかもう、完全に俺たちメインの競技と化しちゃってないか、コレ。
でも、会場すげー盛り上がってるし……いい、のか……?
「赤宮センパイ!」
俺たちを心配したのか、そう声をかけてきてくれたのは――借り物らしいカバンを肩から提げた白城だ。
それに対して俺はただ、アゴで先を示して応じる。
「……俺たちのことはいいから先に行け、白城。
コイツら、こっちにしか興味ないみたいだからな。今なら楽にゴール出来るぞ」
「……その通りだ!
どっちみち、トータルじゃオレたち白組が大量リードなんだからな。ザコには興味は無い。
そんなところを狙ってセコく点数稼ぐぐらいなら――」
「そうだ、赤宮!
リア充のキサマから、そのカワイイ彼女を分捕る方が重要だ! クソったれが!」
おい……血涙流しそうな勢いで言うなよ……。
なんか、ちょっと悪いことしてる気になるじゃないか。
でも――。
「……アホぬかせ……!
アンタらはもちろん、仮に魔王やら神サマやらが出てこようが、鈴守は渡さねーよ!」
俺と、壁を成してる野郎どもの間で、火花が散る。
「――ってことだから、行け白城。
で、ついでに、出来れば先を行ってる白組女子二人に略奪かましておいてくれ」
「……分かりました!」
ためらうのもわずか、うなずいた白城は――すぐさま、俺の前に立ちはだかる連中の脇を抜けて走り去った。
合わせて、様子を見ていた他の紅組の面々も、一様に先を急ぐ。
それを見送った俺は、鈴守と視線を交わし――笑い合った。
「さーて……やるか鈴守。
ちょーっと無茶しちまうかもだけど……いいか?」
「ええよ、大丈夫。
要は――『借り物』のウチが、地面に落ちへんかったらええんやんな?」
さすが鈴守、良い度胸だ――ますますホレちまうよ。
「――んじゃ、逆転劇の始まりだ……!
テメーら、俺と鈴守の前に雁首並べて立ち塞がったこと、後悔させてやるよ!」
「それはこっちのセリフだ!
調子に乗ってこんな場所でイチャついたこと、後悔させてやらぁっ!」
白組男子の一番奥に控える、借り物の竹刀をハチマキで結んで背負った、ガタイの良い3年生――確か空手部の部長さんだったか。
その指示で、まず1年生と2年生の二人が左右から同時に摑みかかってくるが――。
「……その文句は、本部テントのちんちくりんに言ってくれ――よ、っと!」
それを寸前まで引きつけたところで、俺は一気に地面スレスレまで姿勢を落としつつ……退がるのではなく逆に、二人の腕をくぐるように前進。
そして、間をすり抜けざま――鈴守が素早く、二人がジャージのポケットに適当に突っ込んでいた、借り物の定規と文庫本を奪い取った。
「――え?」「は……っ?」
《……ハぁイ、そこの二人!
借り物奪われたら失格ですよ~っ! ほら、どいてどいて!》
おキヌさんの放送と同時に、近くにいた係の生徒が、困惑する二人を退場させた。
同時に――場内に、大歓声が沸き起こる。
だが……なんの。まだまだここからだろ!
さらに、俺たちの一瞬の早業に度肝を抜かれている1年生二人に、こちらから一気に近付くと――。
出し抜けに鈴守が身を乗り出し、右の1年生の目の前で、パン!と両手を打つ。
いわゆる『猫だまし』ってやつだ。
1年生がそれに気を取られた一瞬のうちに俺は――。
鈴守のヒザ下を支えていた方の腕を、俺自身のヒザを上げて入れ換えざま、前に伸ばし――握っていた絵筆を奪い取った。
「――――あっ!?」
左の1年生も一瞬は驚いたようだが、すぐさま、俺の手から絵筆を奪い返そうと肉薄してくる。
そこに――。
カウンター気味に、その1年生が右手で握る借り物の小型の水筒を狙い……鈴守が抱っこされたまま足を伸ばしていた。
そして――ピッタリのタイミングで、水筒の底を爪先でソフトに蹴り上げる。
すぽんと1年生の手を抜けて、宙に舞い上がった水筒は――
1年生の反撃を、身を翻してかわした俺たちの手元へ……落下した。
「「「 ぅおおおおーーーーーッ!!! 」」」
さて、これで――四人。残りは三人……!
《おおーーっと、なんと、一瞬で四人から強奪ーーーっ!!
この山賊カップル、奥手のくせして手が速い! 手グセが悪いッ!!》
「――やかましいわ! 人聞きの悪いこと言うな!
そもそもこのルール決めたのアンタだろーがっ!!」
……思わず俺は、おキヌさんの放送にツッコんでしまう。
しかし――さすがにもう奇襲も効果が無いだろう。
さらに、残るはリーダー格の3年に、確か、柔道部の猛者の2年二人――。
むしろ、本番はここから――ってわけだな。




