第55話 全校生徒に公言、これが勇者
《――特別ルールを追加したスペシャルエディション!
借り物――ならぬ、『略奪競走』を開始いたしまーすっ!》
おキヌさんのその宣言に――入場門で待つ、まさにその種目に参加する俺たちはどよめいた。
……いったい俺たちは何をやらされるんだ、と。
「あのー、赤宮センパイ。わたしたち、どうなるんでしょう……?」
「……まあ、学校行事だし、そこまでムチャな真似はしないと思うけどなー……」
――困惑しきりといった感じで、ひきつった笑みを浮かべるのは……俺と同じく、この競技に出る白城だ。
一方で俺はと言えば、いい加減おキヌさんのムチャ振りにもある程度の耐性を備えてしまっているようで、わりと冷静だった。
ちなみに白城は1年だがA組なので、組分けは俺たちと同じ紅。
つまりチームメイトである。
――ともあれ……。
果たして、おキヌさんの言う『追加ルール』とやらがどんなものになるのかと、会場が期待に、俺たちが不安に駆られる中……。
グラウンドの競技準備が終わり、俺たちは入場して所定の位置につく。
その間に、本部テントのおキヌさんが、体格差倍近い体育の先生と、なんか取っ組み合いのケンカっぽいことしてたような気もするが……多分、目の錯覚だろう。
なんかいつの間にか、互いに落涙しながらガッチリ握手とかしてるしな。うん。
ついでに言えば……うちのクラスの応援席でも、いつの間にか、見覚えのありすぎる金髪JSもどきが、クラスの旗を振りかざしてる気がするが、これも目の錯覚――
「「「 ジーク、シオン!!! ジーク、シオン!!! 」」」
………………。
幻覚ってことにしよう。うん。
思わず痛くなりそうな頭を振ってると、ブツッ、とマイクのスイッチが入る音がした。
ようやく、ルール詳細の発表か……。
《えー、さて、それでは……皆さま、大変お待たせしました!
借り物ならぬ『略奪競走』、追加ルール発表でーす!》
おキヌさんの元気な声に、俺たちは固唾を飲んで聞き入る。
……それは、要約すると次のようなものだった。
・基本的なルールは『借り物競走』に準ずる。
各自、規定ポイントで封筒を取り、書かれているものを調達、または観客を含む誰かに借り受け、それを持ったままゴールを目指す。落とした場合は失格。
あと、借りた物はレース後ちゃんと返すこと!
マジに分捕ると犯罪だぞ!
・ただし――同時にこれは、『略奪競走』である。
借り物を得て、ゴールを目指す間――敵チームの借り物を『奪う』ことを許可する。
奪われた者は当然失格、ゴール出来ず点数は無し。
逆に、奪った者は、その分だけゴール時の点数が加算される。
《……以上! とはいえ、当然、暴力は無しですよ! ダメゼッタイ!
では皆さん、山賊精神で乗っ取り――もとい、スポーツマンシップに則り、正々堂々、クリーンな略奪行為に勤しんで下さいねー!》
『スポーツマンシップに則ったクリーンな略奪行為』とか、なんかとんでもないパワーワードをブチ込んできてるが、会場は大盛り上がり。
……まあ、それはそうだろう。
言い方はともかく、相手の点数を奪えるってことは……明らかに戦力で劣っている紅組が、広がる一方の点差を一気に縮められるチャンスなんだから。
もちろん、逆も然り――決定的に水を開けられる可能性もあるんだけど。
しかし、そういうチャンスがある方が、やはり大会として盛り上がるのは間違いない。
しかもそれが、純粋な体力勝負じゃない競技となればなおさらだ。
先生や運営委員も、それが分かっているからおキヌさんの、この土壇場での無茶な変更を呑んだんだろう。
…………多分。
いや、おキヌさんのことだから、すでに根回しをしていた可能性も高いけどな……。
……まあ、とりあえず、とんでもない無茶苦茶を言ってるわけでもないし……。
勝利に近付く大きなチャンスとなれば、出場するこちらのやる気も上がるってもんだ。
「上手くすればチャンス、ってわけですね。
……頑張りましょう、赤宮センパイ!」
「おう! 一気に差を詰めてやろうぜ」
突き出された白城の拳に、コツンと、俺も自分の拳を合わせる。
競技の参加者は、全学年、それぞれのクラスから代表者が出ているので、総勢18人。
つまりチーム的には9対9。
本来なら、学年ごとに分けて3回戦――ってところだが、この変則ルールでは、バトルロイヤル的に1回全員参加式でいくらしい。
まあ、ルール上、ただのレースじゃないぶん、時間かかりそうだからな。
あと、ポイントとしては……ゴールまでにトラックを2周しなければならないところだろう。
つまり……もともとの1周だけなら、『略奪ルール』が追加されていようと、走力に物を言わせてぶっちぎってしまえば個人として勝つことはカンタンだが……。
借り物を得てからゴールまで、トラックをもう1周する必要があるということは――走力で敵わない周回遅れの参加者でも、『待ち伏せ』が出来るということになる。
……そう、山賊といえば待ち伏せだ。
走るより奪え――まさしく山賊的ルール。
とにかく、追う立場にある紅組としては、一つでも多く奪ってゴールしたいところだな……。
そんなことを考えながら俺は、マラソンのように18人が一団となった中で、スタートの合図を待つ。
やがて――。
「位置について。
よーい………………スタートッ!」
鳴り響く号砲。沸き起こる歓声。
同時に――やはりというか、白組の運動部の猛者が一足早く抜け出た。
その先頭集団を追う位置をキープしつつ、俺もまずはお題の封筒が置かれた、長テーブルに向かう。
まず最初の問題は……ここで何を引き当てるか、だ。
小さい物なら奪われにくいし、逆に奪う上でも、邪魔にならなくて有利だ。
そう、ペンや消しゴムあたりなら、借りるのも容易だしベストだろう――。
「よーし、来いよ、小さいの……!」
俺は、先に到達した連中が、封筒のお題を見て行動し出すのを尻目に、適当に取った封筒を開ける。
中の紙に書かれていたのは――。
『 彼 女 』
「おう、確かに鈴守は小さいよな――――って、はあああッ!!??」
瞬間――今の今まで意識の隅に追いやられていた、おキヌさんたちの企みのことが思い浮かぶ。
反射的に、すぐそこの本部テントの方を見やると――。
最っっっ高に悪い笑顔を浮かべたおキヌさんが、俺に向かってサムズアップしていた。
……やりやがった……!
あ、いや――でも待て?
俺がこの封筒を選ぶなんて分かりっこないハズだし、全部が全部同じ内容にするわけにも――。
「あ、赤宮くん、そのお題の紙、ちゃんと最後まで読んで下さいね」
困惑する俺にそう声をかけてきたのは、この長テーブルのところで係員として立っていた男子生徒だ。
……ん? なんか見覚えあると思ったら、彼は確か、俺と同学年の……。
そう、手品同好会所属で――去年の文化祭で、プロ顔負けのマジックを披露していた……。
――って! 手品師ぃっ!?
はたと気付いた俺に、マジシャンの彼は穏やかに笑ってみせる。
その笑顔がすべてを物語っていた。
やられた……おキヌさんめ、ここまで手を回していたとは……!
……っていうか、まさかこのタイミングでブチ込んで来るかよ……!?
俺はなんとも複雑な思いで、マジシャンに促されるまま、改めてお題の紙に目を落とす。
『借り物としての彼女も、当然、地面に降ろしてはならない。
運ぶ際はお姫さま抱っこが望ましい。
なお――「いない」というなら、この封筒を借り物としてゴールしても良い。
ただしその場合――
「彼女なんていない」ことを、ゴール時にハッキリと公言すること』
「ンなっ……!」
な、なんて恐ろしい真似をしやがる……!
悪魔か、絹漉あかね……!
これ、恥ずかしさに負けて一人でゴールしようもんなら、間違いなく鈴守との仲が終わるじゃねーか!
しかも、言うに事欠いて、『お姫さま抱っこが望ましい』ってなんだ!
悪ノリし過ぎだろ! 女子一人抱っこしてトラック走るとか、もはや修行だぞ!?
常識的に考えてムリ――と言いたいが、そうか……!
あのドクトルさんとの腕相撲勝負で、俺、案外パワーがあるってことになってるみたいだからな……。
加えて、この間のデートの、ケンカの話も乗っかったんだろう。
つまり、結果として俺は――実は運動能力は高スペック、という位置付けにされていたわけだ、おキヌさんたちにとって。いつの間にか。
まあ……実際問題、一応勇者の俺にとって、鈴守を運ぶぐらい何の負荷にもならないけど。
……って。
いやいや、いやいやいや、問題はそこじゃないだろう、俺!
どうする……?
これはつまり、全校生徒に加え観客の前で、「付き合ってます」と公言するわけで……。
鈴守巻き込んで、そんな無茶は……。
いや――――違う、か。
そうだ。だからこそ、だ。
やり方こそムチャクチャだが――。
自分を追い込め、覚悟を決めろ、腹ぁ括れ――と。
おキヌさんたちが言いたいのはそういうことだろう。
なら――やることは一つだ!
普段はヘタレでも、やるときはやるってところを見せるしかない!
――覚悟を決めろ、赤宮裕真!!
俺はお題の紙を手に、クラスの応援席に駆け寄ると――。
それを高々と掲げ、声を張り上げて鈴守を呼んだ。
「――は、はいっ!」
律儀に返事をして、恐る恐る駆け寄ってくる鈴守。
俺が改めて意を決し、その小さな手を取って引き寄せると――。
そこで、狙い澄ましたように、おキヌさんが放送を差し挟む。
《おおーーーっと、借り物のお題が『彼女』という2-A赤宮裕真選手、クラスメイトの鈴守千紗さんの手を取った!
つまり……そういうことでいいのかッ!?――いいんだな少年ッ!?》
「――当ったり前だぁっ!!!」
声を張り上げて返事をしながら、俺は……。
小柄な彼女の、ヒザ下と肩に腕を回し、ひょいと――要求通りのお姫さま抱っこで抱え上げた。
「他も代わりも、今もこの先も一切無いっ!
俺のたった一人の『彼女』――鈴守千紗は、確かに頂戴したぁっ!!!」
なかばヤケクソ気味に、俺がそう思いっきり宣言してやると……。
《――良くぞ言ったぁっ!!
少年、お前こそ…………『勇者』だぁぁーーーッ!!!》
「「「 ぅぅおおおおおーーーーっ!!!! 」」」
――会場中から、すさまじい歓声(主に女子)と怒号(主に男子)が巻き起こったのだった。