第54話 聖霊、山賊応援団長就任決定
「……お頭……現状、我ら山賊団はことごとく討ち死に、敵が圧倒的優勢です」
「ウタちゃん。そりゃあ、ウタちゃんの情報網に頼らずとも、見りゃ分かるってモンだよ」
演劇部の小道具からちょろまかしてきた、毛皮のコートっぽいものを羽織る絹漉あかねは、点数の掲示板を苦々しげに見つめる。
体育祭が始まって、はや数種目が終わったが……点数差は歴然としていた。
単純な勝ち負けだけなら、今のところ全部負けと言い切って間違いない。
「んー……やはり、2年だけじゃなく、1年に3年までも、運動神経良いのが白組に集中してるってのはツラいなー……」
「……さっきの障害物競走のイタダキくんなんかは、良い線いってたんですけどねー」
「アイツ、もともと運動神経は悪くないからな。勝てるハズだったんだよ――」
チッ、とあからさまな舌打ち。
「それをあのザンネン頂点野郎、ぶっちぎりだからって調子乗りやがるから……!」
障害物競走に出場した摩天楼イタダキは、単独1位なのを良いことに、平均台渡りの際、カッコをつけてポーズを取り――。
足を滑らせて股間を強打、転げ回って悶絶するうちに最下位に転落するという、歴史的ザンネンっぷりを存分に披露したのだった。
「……で、マテンローのヤツはどうしてる?」
「現在、妹の見晴ちゃんに付き添われて保健室に退がってます。
ですが、まったくもって大したことなく、すぐにでも戦線に復帰出来そうです」
「アイツ、心身共にムダに頑丈だからなー。
……まあとりあえず、今度同じようなバカやったら、見晴ちゃんだけ没収して更迭だ。
あのほんわか聖女は、ヤツには過ぎたるものよ」
「賛成です。愛くるしい少女は、我らの共有財産であるべきです」
――沢口唄音と絹漉あかねは、改めて固く握手を交わした。
「……ところでお頭。その小道具のコート、暑くないですか」
「うん、ふわもこがめっちゃ暑い。アイス食べたい」
「……ほんなら脱いだらええのに……」
座って二人のやり取りを見ていた鈴守千紗がそう言葉を差し挟むも、額に汗を浮かべた当の本人は大きく頭を振る。
「山賊団の頭領たる者、ふわさしい格好しなきゃだよ!
士気に関わる! 多分!」
「『ふわさしい』って何ですか、ふわもこだからって。暑さでネジ飛んでますよ。
もう、水分補給はちゃんとしてください、士気どころか死期に関わりますから。
――で、お頭、今後の戦略は?」
「まあ……問題無いよ。このままで。
押されてるとはいえおおむね想定内、そもそも『本番』はここからだからね……そうだろう、ウタちゃん?」
「――ですね。トップエース二人の活躍に期待しましょう……」
ニヤリと、いかにも悪人っぽい笑みを浮かべた二人の視線が、なぜか自分に集中している気がして――。
「???」
鈴守千紗は、困惑気味に首を傾げるのだった。
* * *
――2-Aの応援スペースまでやって来たはいいけど、案内役の衛さんは行っちゃったし、さあどうしようかって、アガシーと二人立ち尽くしてたら……。
ワイワイと盛り上がっていたお兄さんお姉さんたちが、こちらに気付いた。
う…………。
面識の無い、しかも年上の人たちの好奇の視線にさらされると、さすがに場違いじゃないかって、緊張しちゃうな……。
番台に座って、お客さんの相手をするのとはまた別だから……。
しかも、助けを期待してさっと見渡しても、そもそもお兄がこの場に……いない。
知り合いのイタダキさんや見晴ちゃんも……いない。
うわ、これはタイミング悪いときに来ちゃったかなー……って思ったら。
「あ! 亜里奈ちゃん、アガシーちゃん!」
まさに渡りに舟、あたしたちに声をかけてくれたのは……千紗さんだった。
千紗さんは笑顔で、怪訝な顔をするクラスの人たちに、あたしたちのことを説明してくれる。
その途端……。
なんだか知らないけど、みんなが大歓声で迎えてくれた。
……なんかその中には、「こんな妹がいるとか、赤宮裕真許すまじ」なんて、怨念じみた声もいくつか混じってた気もするけど……。
やがて、そんな沸き立つお兄さんお姉さんが左右に割れて……。
その向こうから、一人――。
「おおっと、これは……まさかこんな逸材がいたなんてねえ……」
あたしよりほんのちょっと背が高いくらいの、なんか、毛皮のコートっぽいのを羽織った小柄なお姉さんが……近付いてきた。
なんか……エラそう、って言うより…………うん、暑そう。
「お二人さんが、ウワサに聞く、赤みゃんのシスターズだって?
――ようこそ、我ら2-A山賊団のアジトへ!
団員の身内……しかも揃って飛びッ切りの美少女とくりゃあ、もう大大大歓迎ってやつだぜ!
なあ、ヤローども!!」
「「「 いえーーーいっ!!! 」」」
そのお姉さんが音頭を取ると、クラスの人たちが一斉に声を上げる。
……なにこのお姉さん(ちっちゃい)の求心力……。
――あ、そっか。
そう言えばお兄が教えてくれたことあったっけ。
そう……つまり、この人が〈おキヌさん〉なんだ。なるほどなあ……。
「……ったく、赤みゃんも人が悪いぜい。
こんな愛くるしいシスターズをこれまで独り占めしていやがったとは……!
――あ、アタシはこの2−A山賊団の頭領やってます、絹漉あかね。
おキヌって気軽に呼んでくれればいいよ。
それと、実家は名前の通りに豆腐屋なんで、そっちもまとめてよろしく!」
おキヌさんは、スッと名刺みたいに豆腐屋さんのチラシを渡してきた。
えーと、なになに……?
『このチラシをご持参いただくとお会計5割引!
さらに! お好きな豆乳ドリンクを2つプレゼント!』
……か……。
――ここで営業挟んでくるのもスゴいけど、そもそも、メチャクチャお得だよコレ……!
うん、今度、絶対寄らせてもらおう……。
そんな大変お得でありがたいチラシを、大事にポケットにしまったあたしは……。
さっき一応千紗さんが紹介してくれてたけど、あらためてちゃんと自分からもおキヌさんに自己紹介をする。
……で、アガシーにもさせようとしたら……。
「………………」
「………………」
アガシーとおキヌさんは、無言でしばらく向かい合い……。
そして、そうかと思うと――いきなりガッシリと握手を交わした。
……え? ちょっと待って?
なに二人とも、その『分かり合った者たち』みたいなさわやかな笑顔……。
「アガシー君、キミのような逸材を待っていたのだ……!」
「わたしも、居場所を見つけたような気分ですぜ、お頭!」
二人は握手をしたまま、首脳会談みたいなポーズでみんなに写真を撮られてる。
…………なんだコレ。
やがておキヌさんは、貫禄たっぷりにアガシーの肩を叩いた。
「……アタシは頭領として、皆を鼓舞する必要があるんだけど……。
ザンネンながら、競技にも出なきゃだし、解説者として本部テントにも行ったりしなきゃだしで、わりと忙しくって……常にここにいるわけにはいかないんだよね。
そこでだ、アガシー君――。
キミをアタシの代わりとして、我ら2-A山賊団の応援団長に任命したい!
どうか、そのムダにみなぎるエネルギーで、うちの連中を奮い立たせてやってくれまいか!」
山賊団の応援団長って……『だんだん』言っててなんかややこしいなあ……。
しかも、ムダってキッパリ言われちゃってるよ、アガシー?
まあ、うん、まさしくその通りなんですけどねー……。
「……謹んで拝命いたしやす!
このアガシーにお任せあれ、お頭ぁ!」
でも当のアガシーは、意気揚々とその提案に乗っかっていた。
……まあ、見た目も性格的にもひたすら目立つアガシーが来るって時点で、なにか起こるだろうなー、とは思ってたけど……。
まさか、こんなことになるなんてねー……。
本人は楽しそうだし、別にいいんだけど……。
お兄はまた苦労が増えるなあ……。ご愁傷さま。
……その後すぐ、「アタシ次、競技の解説だから」と、忙しそうに駆け足で立ち去っていくおキヌさん。
代わって、早速アガシーは、クラスの人たちと気炎を上げ始めた。
「ぃよーし、者どもー!
お頭より託されし、この赤宮シオンに続けぇーーーいっ!!」
「「「 うおおーーーっ!!! ジーーーク、シオンッ!!! 」」」
……うわあ……なに、このノリの良さ……。
思わず圧倒されて、ぼーっと様子を見ていると……。
すごい申し訳なさそうな顔で、千紗さんが謝ってきた。
「……ゴメンな、亜里奈ちゃん。
おキヌちゃん――ううん、みんなもか、今日はまた一段とテンション高くて……」
あー……そう言えば、千紗さんとおキヌさんって特に仲が良いんだっけ。お兄情報によると。
「ううん、大丈夫です。
……っていうかむしろ、アガシーのこと受け入れてもらえて、ホッとしてます。
えっと、ほら……あのコ、なんて言うか――変わってるから」
「あはは、それは、まあ……。でも、スゴいええコやと思うし」
優しい笑顔で言って、優しい目で……はしゃぐアガシーを見る千紗さん。
その横顔は、本当に優しくて、あたたかで……すごい可愛い。
……あー、これは……お兄が惚れちゃうのも分かるなー……。
「あ……そう言えば千紗さん、お兄、どうしたんですか?
今やってた競技には出てなかったみたいですけど」
「赤宮くんやったら、次が出番やから、入場門の方に並んでるよ」
あたしの問いに答えて、千紗さんは、ハイ、とジャージのポケットから出したプログラム表を渡してくれる。
それによると、次は……どうやら、『借り物競走』みたい。
「借り物競走かー……」
ふとつぶやくあたし。
すると、それに続くみたいに、競技案内の放送が入った。
《では――続きまして!
次のプログラムは借り物競走――》
あ……この声、おキヌさんだ。ホント忙しい人なんだなあ……。
《――と、なってますが………………ンなモン、生ぬるいっ!
借りるってなんだよ! 甘ちゃんか!
欲しいモノは力ずくだ! 盗れ、奪え、かっさらえ者どもッ!!
……と、いうわけで……。
特別ルールを追加したスペシャルエディション!
借り物――ならぬ、『略奪競走』を開始いたしまーすっ!》
「…………え?」
思わず目を瞬かせるあたし。
今の、聞き間違い……じゃないよね?
一方、「面白い!」とばかりに会場は大盛り上がり――。
「まーたおキヌちゃん、ヘンなムチャ突っ込んだんやな……?
もう……お遊びで済んだらええけど……」
対して隣の千紗さんは、困ったように引きつった笑みを浮かべていた。
そして……なぜだろう。
なんだかあたしは、そのとき千紗さんに――
『他人事じゃないですよ』
……と、言いたくなったのだった。