第53話 戦場に集うは――妹に聖霊、そして……?
「いやー……なんだかこっちの方に来るのも、ずいぶん久しぶりな気がしますね!」
お兄の高校に続く坂道を上りながら、アガシーはご機嫌にくるくる回っていた。
あー……そっか、アガシー、『赤宮シオン』になるまでは、聖霊モードのまま、お兄について高校に来てたんだっけ。
なんかもう、早くもこのJS状態が当たり前みたいに感じてたよ。
「――むっ!? 校内の方から銃声がしますよ!
すでに早撃ちで決闘とかしてるんですね!」
「体育祭はそんなウェスタンじゃありません。あれはよーいドンの号砲。
まあ、銃声って言えばそうかもだけど……」
あたしはグラウンドがある方を見上げる。
喚声も響いてくるし、とっくに開会してるのは間違いない。
「――いい? アガシー。あらためて言っておくよ?
楽しいのもはしゃぎたくなるのも分かるけど、大人しくしてなきゃダメだからね?
お兄はまだしも、お兄のクラスの人とか、先生とか、他の見に来た人とかに迷惑かけちゃダメだからね?」
「もう、分かってますよお。
アリナってば、わたしを何歳だと思ってるんですか?」
「精神年齢5歳…………のオッサン」
「まさかの未就学、しかもオヤジ!?」
オーバーアクションで頭を抱えながら、さらにグルグル回るアガシー。
……あああ、だからスパッツ穿きなさいって言ったのに!
スカートでそんなに動いたら見える! 見えるから!
「こらアガシー!
見えちゃうから気を付けなさいって――!」
回りながらも、飛び跳ねるように軽快に坂を駆け上がっていくアガシーを、小走りに追っかけると――。
校門前で、まさに『見ちゃった』らしく、硬直している男の子に遭遇した。
……あれ? っていうか……。
「――朝岡?
なんでアンタがこんなトコにいんの?」
「お、おう? アリーナーも? よ、よう!」
「よう!……じゃない、とりあえず視線を外せ。
――アガシーも! いい加減止まりなさい!」
あたしは、アガシーのふわりと舞うスカートの下に視線が釘付けになってる朝岡に、渾身のボディーブローを食らわせると――返す刀でアガシーの頭を思いっきりはたく。
そして、場が沈静化したところで、あらためて問いかけた。
「で……朝岡。先週といい、あたしたちの行く先々に湧いて出るとか……もしかしなくてもストーカー趣味でもあったわけ?」
「ね、ねーよ!
それ言うなら、お前らがオレの後つけてんじゃねーのかよ!」
「うん、それは無い」「ありえませんね」
あたしとアガシーが真顔で即座に切り返してやると、朝岡は言葉を失った。
……こういうとき、数で上回った女子に、男子が勝てる道理は無い。
朝岡もそのことはよーく分かってるみたいで……安易に逆ギレしないあたり、ホンモノのバカよりはマシってところかな。
「まあ、アンタみたいなおバカにストーカーなんて出来るわけないか。
……で、ホントに、どうしてこんなトコにいるのよ?」
「お前らは?」
「質問に質問で返すな。……まぁいいや、あたしたちはお兄の応援だよ。
で、アンタは? アンタ確か一人っ子でしょ?」
「オレだって応援だよ!
親戚の兄ちゃんがここに通ってて――」
……親戚の兄ちゃん?
そう言えば、この間もゲーセンで別れるとき、そんなこと言ってたような――。
……とか思い出してると、まさにピッタリのタイミングで、朝岡のことを呼びながら校門の向こうから一人のお兄さんが駆け寄ってきた。
その姿を見た朝岡の顔が、パッと輝く。
「――あ、衛兄ちゃん!」
「いやー、裕真に妹さんがいるのは知ってたけど、まさか2人とも、武尊のクラスメイトだったなんてねー」
朝岡の親戚のお兄さん――実はお兄の友達だった、国東衛さんに案内されて、あたしたちは一般来場者用の観覧席じゃなく、お兄たちのクラスの応援席の方に向かっていた。
「あの、えっと……衛さん?
あたしたち、ホントにそっちに行っちゃっていいんですか?」
あたしが恐る恐る尋ねると、衛さんはニコニコと愛想良く「大丈夫大丈夫」とあっさり請け合う。
「さっき、イタダキの妹さんも来てたしね。それに、みんなそういうの気にする方じゃないし。
……っていうか、武尊はともかく、これだけカワイイ女の子が2人も来るとか、うちの連中、テンション爆上がりだと思うよー」
「オレはともかくって、ヒデーな衛兄ちゃん……」
……そっか、見晴ちゃんも来てたんだ。
まあ、あの子結構お兄ちゃんっ子だからね……あたしと違って。
――うん、そう、あたしと違って。ゼンゼンまったく。
「いやー、しかしわたしたちを究極的美少女とか、よー分かっとるなマモルくん!
ところで――」
……あ、こら、なにその口の利き方!
年上(社会的な)に対する礼儀がなってない――!
ゲンコツ入れて、そう怒ろうとした矢先……。
アガシーは首を傾げてヘンなことを言った。
「……マモルくん、前に会ったこと――あります?」
「……え?」
同じく首を傾げる衛さん。
あたしはアガシーを引き寄せ、そっと耳打ちする。
「……お兄にくっついてこっち来て、見てたからでしょっ?」
「あ、いえ、そういうんじゃなくてですね……」
「あ。ま、まさか……!」
ハッとした表情で衛さんは動きを止める。
え? もしかして、ホントに面識あったの……?
「こ、これって……! いわゆる逆ナン!? しかも小学生から!?」
「ま、マジか!? ぐ、軍曹が……!?」
「……あ、それ絶対違いますからゴメンナサイ」
文字通りに、驚愕の表情を浮かべる衛さんと朝岡に、代わってあたしが丁重に頭を下げておいた。
アガシーはアガシーで、やっぱり気のせいですかー、と早くも納得している。
……にしても、うーん、見た目は結構可愛い系だし、人当たりも良くてスゴく接しやすい人だけど……実は割とザンネンな人なのかなあ、衛さん……。
あたしがそんなことを考えているのを察して、お兄さんの株を上げようと思ったのか、それともたまたまか。
朝岡が唐突に、「衛兄ちゃんはスゲーんだぜ!」と切り出した。
「学校の成績だけじゃなくて、運動神経も良いんだ!
剣道メッチャクチャ強いしな!」
「へぇ〜……」
それは意外だなあ。
ううん、運動神経が特別悪そうって感じじゃないけど、何かのんびりしてて、正直、剣道みたいな勝負事にはあんまり向いてなさそうなイメージだったから。
「……あ、じゃあ衛さん、剣道部なんですか?」
「ううん、帰宅部だよ。
剣道は……中学の頃にやめたからね。向いてないなーって」
「ンなことねーと思うんだけどなー。
衛兄ちゃんが負けるトコ、見たことねーし……」
なおも朝岡が言うと、衛さんは困ったように笑った。
……どうも、この話題はホントに好きじゃないみたいだ。
そう言えば、お兄から衛さんの名前ぐらいは聞いてたけど、剣道の話なんて出たことなかったし……触れられたくない話題なのかも。
話を変えた方がいいかな……と思ってると、アガシーがサッと手を挙げた。
「それはさておきマモルくん、体育祭の方はどうなってるんです?
チームに分かれて争うんでしょう?
……前線の様子は? 兵站は? 死傷者はっ!?」
うん、ナイス、アガシー。
質問の内容は若干おかしいけど、まあ良しとしよう。
「あはは、想像以上に盛り上がってはいるけど、そこまで血なまぐさくないよー。
ただ、今回は、相手チームに運動部のエース級の人材が偏っちゃってさ……まだ始まったばっかりだけど、予想通りというか、押されてる感じかなー」
「へー……」
チーム分けは当日になるまで分からないってお兄言ってたけど、まさかそんな状態になってるなんてね。
……まあ、少なくともお兄は、『不利上等!』って、むしろ気合い入ってそうだけど。
「ほう……いい! いいじゃないですか!
負け戦をひっくり返してこそ、でしょう!」
「おう、そっちのがカッコイイし燃えるよな!
――さっすが軍曹、分かってるじゃねーの!」
「ふっ、アーサー、キサマもな!」
実は学校でも、普段から結構気が合うみたいで仲が良い二人だけど……ここでも意気投合したらしく、軽やかにハイタッチ。
なんか、息もピッタリだ。
……いや、でも……あなたたちが出場するわけじゃないからね?
まあ、応援に熱が入るなら良いことだと思うけど……。
「よーし、じゃ、先にトイレ行っとこーっと。
――衛兄ちゃん、トイレは?」
「ああ、ちょっと遠いから……付いてくよ。
――亜里奈ちゃんアガシーちゃん、僕らの場所、ほら、すぐそこだから」
「え? あ、あのー……」
朝岡に付いて、衛さんはさっさと校舎の方に行ってしまった。
「………………」
「行ってしまいましたね」
あたしとアガシーは、一度顔を見合わせてから、あらためて衛さんに教えられた方を見る。
グラウンドの周囲は、ロープでいくつにも区切られていて……。
そのうちの一つに、あたしたちが目指す『2-A』と書かれた、手作りらしい旗が翻っていた。